春霞と流れ星


額が、ひんやりと冷たい。

微睡みの縁で、明るい鳥の唄が聞こえて名前は目を覚ました。
開いた瞼に光が眩しく、目の奥がきゅうとなる。

それを遮って、額にかかる影。
開いた瞳に気がついた大倶利伽羅が、名前の顔を覗きこんでいたのだ。

ぱたりと視線が交わって、驚いた名前が飛び起きる。

「〜っ!?」

大倶利伽羅は、起きたのかと言葉にする瞬間、視界に星が飛ぶのを見た。

がつん。という鈍い音。

ぶつけた額が痛いと思った時には、すでに二人してうずくまっていた。

「っ…。」
「いたっ…わ、ご、ごめんなさい!」

ごめんで済んだら検非違使は要らない。
痛い。生理的に涙が浮かぶほど。

「…。」
額を抑えて俯いている大倶利伽羅は無言だ。なんという不意打ち。さっきまで、起きたら何を話そうと考えていたことさえ、流れ星と一緒に大気圏の外まで飛んで行ってしまった。

ただただ額が痛い。しかし眼に浮かぶ涙を見られるわけにはいかない。ましてや相手は好きな女の子で、大倶利伽羅、彼もまた伊達男なのだから。

「ひ、冷やすもの、持ってくる…!」
慌てて立ち上がろうとする名前の腕ががしりと掴まれる。
はあ。と盛大なため息が吐かれた。

「…あんたは急に立ち上がるのをやめろ。」

飽きれたような声と気遣わしげな眼差しのちぐはぐさに、名前は一拍あと、自分がさきほど立ちくらみで意識を失ったことを思い出した。

思い出して、膝枕をされていたという事実に赤面し、さらに、労わるように撫でられていたことに脈が上がり、その上で強烈な頭突きをお見舞いしたことに青ざめた。

百面相という言葉を映像化したら、きっとこのような有様なのだろうな。というくらい雄弁な表情の変化だった。

膝枕されてました。撫でられてました。頭突きをしてしまいました。という一連の出来事が、痛いという感情の向こうから次々とばつが悪そうな顔をしてやってくる。

うわあ…。と名前は本日何度目かのやらかした感におそわれる。1度目の一番でかいやつは、彼女の記憶にはもう無いのだけれど。

「ほんとにごめん…。」
しゅん、と小さくなって名前が言う。
大倶利伽羅は、悪さをした犬か…?とその姿の既視感を探りながら、勤めて穏やかな声を出した。
「…別に、怒ってない。」

と、ここでまたインターホンが鳴る。

綺麗な場面転換だ。
さすが。空気の読める伊達男。

訪問のタイミングも華麗に決めてこそ、…っだよね!!

扉の向こうから漂う、眼帯をした身内の気配を察知したのか、大倶利伽羅がすっと立ち上がる。

「俺が出る。あんたはここに居ろ。」
「うん。…………え?」

大倶利伽羅の動作があまりにも自然すぎて、名前が、ここ私の家なんだった。と気付いたときには、大倶利伽羅はすでに玄関先に向かっていた。

…まあいいか。

貧血のせいなのか、膝枕のせいなのか。それとも頭をぶつけたせいなのか。彼女はぽやんとしたまま、大倶利伽羅の背を見送って額に手をやった。

そういえば、伽羅くんの手はすごく冷たかったな。

大倶利伽羅が刀の付喪神だなんて夢にも思っていない彼女は、手が冷たい人は心があったかいって言うよね、と見当違いなことを考えている。





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