バレンタイン企画 | ナノ



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大倶利伽羅にチョコレート

裏庭に面した縁側、空は夕焼け。手許の小さな小箱を弄んで、ため息をついた。もうすぐ、今日が終わってしまう。

「はぁ。」
バレンタインだって、浮き足立つ世の中に見事乗せられて、しっかり用意してしまった。好きな人に、チョコレートを贈る。そんな甘い口実にまで手を伸ばしてしまうなんて、いよいよどうやら本当に、この気持ちは恋らしい。

とはいえ相手は大倶利伽羅だ、馴れ合わないって突っぱねられたらどうしよう。恋心とはかくも情けなくもろいものなのか。マイナス思考は止まらず、未だ大倶利伽羅を探すことすらしていない。

いっそ捨ててしまおうか、自分で食べてしまおうか。そんな思いに駆られても、結局指先は、てっぺんのちょうちょ結びさえ解けずに、優しく行き場を失うのだ。
箱に詰めて、包装紙でくるんでも、漏れ出す甘い甘い匂いは、隠しきれない自分の恋心そのもので、どうしても無碍に出来ない。

「はぁぁ。」
「…おい、さっきから何をしてる。」
「っうわあああ!」
振り返ったところ、柱に寄りかかって腕を組む大倶利伽羅が居た。やはり底の見えない、凪いだ表情の穏やかな瞳と目が合った。
「大倶利伽羅…いつから…?」
「あんたが暗い顔でここに来たんだろ。」
つまり冒頭以前から居たという。…いったいどれだけ思考に浸かってたのだろう。変なこと口走ってたらどうしよう。内心ひやひやとしながら記憶を辿れど、ほとんど無意識だった。可能なら時間遡行したい。

大倶利伽羅が、おもむろに隣へ腰掛けた。ふわりと香った石鹸の匂いにまで、過剰に反応して、馬鹿みたいに頬が熱くなる。体の右側に神経が集中したようになって、心臓がうるさい。香り立つ恋心を悟られぬようにと、慌てて視線を逸らした。

「それが悩みの種か。」
大倶利伽羅の視線の先は、手のひらの中の小箱に留まる。返す言葉に惑っていると、何を悩んでる?と言う代わりに横から顔を覗き込まれる。

大倶利伽羅が受け取ってくれるか悩んでいたと、本人に言えと?…言えるわけがなかった。そもそもそれを言える程肝が据わっていれば、このチョコレートはとっくに手元からなくなっている。
「…渡してもいいか、悩んでる。」
ぼかして答えたけれど、大倶利伽羅が眉を寄せたのを見て、口ごもってしまう。面倒くさいやつだ。と、思われただろうか。

誰に?と聞くことなく、大倶利伽羅から落ちて来たのはため息だった。
「悩むくらいなら貸せ。」
「えっ。」
言うが早いか、持っていた小箱が奪われる。龍の尾を纏った大倶利伽羅の手が、いとも簡単に、しゅるりとリボンを解いてゆく。あっけにとられて見ている間に、包装紙までぺりぺりと剥がされる。丁寧な仕草に、落とされた視線に、その横顔に、どうしようもなくときめいてしまうのは、仕様のないこと。

一切の躊躇いなく、ぱかりと、とうとう蓋が開けられた。まあるいチョコレートが顔を覗かせる。
そこでちらりと、大倶利伽羅が視線を寄越す。…止めなくていいのか?ということだろうか。こちらとしては大倶利伽羅のために用意したものなので、ぜひ食べていただきたいのだが、ここまでしておいて今更…とも思ってしまう。
大倶利伽羅は今日この日の、バレンタインにチョコを贈る意味を知っているのだろうか?
知っていてほしいような、知らないでいてほしいような、複雑な心境だ。

やがてふいと視線が逸らされて、拗ねるような声色が言う。
「勝手に貰うぞ。」
「う、うん。どうぞ…。」

大倶利伽羅がひょいと指先でチョコレートをつまむ。ふうん、とその色形を確かめるように視線に翳したあと、ぱくりと口に頬張った。
もぐもぐと咀嚼している横顔に、変化はない。
甘すぎはしないだろうか、光忠の料理の味見担当をしているのはもっぱら彼なので、きっと舌は肥えているはずだ。
口に合わなかったらどうしよう、と情けない気持ちが込み上げてきたところで、こくっと大倶利伽羅の喉仏が動いた。

「…悪くないんじゃないか。」
その一言に、詰めていた息が溢れる。
「よかったぁぁ。」
胸がすくような心地だ。こんなに緊張したのはいつぶりだろうか。

渡せたといって良いのかわからない状況だけど、食べてもらえたことに変わりは無い。関係が進んだとも言えない状態だけど、うん、まあ満足だ。と胸を撫で下ろしたところで、大倶利伽羅がチョコレートの箱に蓋をする。
蓋をして、器用にリボンを結びなおしてしまった。
そして、ずい、と箱がこちらに差し出される。

え、ひとつ食べておいて返すってどういうことだろう?と首を傾げていると、
「…あんたが渡すんじゃなかったのか。」
まっすぐな金色の瞳が、挑むようにこちらを見据えた。
「えっ、え??」
大倶利伽羅の真意が掴めない。味見だったのか?自信を持って、私が誰かに渡せるように?

そのまま貰ってよ、と言いたい、…言えない。いったいいつのまに、こんなにも好きになってしまったのかと、自分の気持ちの重たさに、息が苦しくなる。

あっていた眼が伏せられて、はあ。と気怠げな溜息をつかれた。なぜだかそれが涙腺に刺さって、意思を置き去りにしたまま涙の膜が張る。だめだ、だめだ。泣いてしまったら、いよいよ見捨てられてしまう。
止まれ止まれ、と念じている最中に、大倶利伽羅がぽつりとこぼした。

「そんなに思い悩むほど、俺は分かりにくいか?」
今度はどこか窺うように、あげられた眼。
分かりにくいというか、意味が解らない。

まったく要領を得ないこちらを差し置いて、むくれたような声で大倶利伽羅は言葉を重ねる。
「あんたの気持ちなんだろ。」
くい、と顎で示されたのは紛れもない、手元のチョコレートだ。
「俺がもらう。」

真摯な眼差しに射抜かれる。
足りない言葉も、ぶっきらぼうな態度も。そのすべてが可愛く思えてしまうほど、大倶利伽羅の頬が、耳が、赤い。

それはつまり、それは、つまり?
「…大倶利伽羅も私が好き…?」
「ふん。」
ようやくわかったか、と言わんばかりの態度だ。鼻で笑われた。

「なにそれ、分かりにくすぎる。」
安心したら、思い出したように泣けてきた。ぐずりと鼻をすすって、文句を言う。なのに幸せで、笑いまで込み上げてくるのだから、この気持ちは本当に目まぐるしい。

「あんたが鈍いだけだ。」
つっけんどんに言いながら、掌の上、恋心のようなチョコレートを包むように、大倶利伽羅の左手が重ねられた。
空いたほうの手は、そっと頬に伸ばされる。ひどく優しい指先でひと撫でされて、触れたところから、痛いぐらいに気持ちが伝わってくるのだからたまらない。

夕陽を遮るようにして、されるがまま、目尻にちゅう、と口付けられる。
ぺろりと涙を舐めとって、離れてゆく大倶利伽羅の瞳には、確かに同じ色をした、甘い甘い恋慕の情が揺らいでいた。



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