大包平と鶯丸と学パロ

「……。」
「…暑い。」

季節は7月。夏休みまであと一週間。
放課後の教室はクーラーが切れていて暑い。委員会の招集に行った鶯丸を見送って、大包平と二人、だらだらと待ち惚けている。

じーんじーんと眩しい窓の外は蝉の大合唱だ。肌に張り付いた制服のシャツがうっとおしくて、リボンを外した。

机に突っ伏している大包平の背中は広くて、カッターシャツがぴんと両肩に引っ張られている。
私だって暑いけれど、この大きな体は、おそらくもっとたくさんの熱を持て余しているのだろう。

視線を動かすと、誰かの机の上に進路調査票が置きっ放しになっている。
あともう半年で、私はこの制服を脱がなければいけない。
鶯丸も大包平も、私より勉強が出来る。三人で歩いていると、ちょうど頭ひとつ分くらい、上を見ないといけないのと同じだ。
たぶん、春には別々の道へ行くことになる。

いつもは待ち遠しい夏休みが、来なければいいのに、と思う。そしたらずっと三人で、明日には忘れてしまうような馬鹿なことに、かまけていられる。

「…購買部はまだ開いていたか?」
うつ伏せたまま、大包平がふいに口を開いた。

こうばいぶ。あいていたか。
大包平は、きちんとした単語を話す。育ちがいいのだ。
粗暴な立ち振る舞いに眉根を寄せる子も多いけれど、私は、彼のこういうところを好ましく思う。定規で測らないと切れないような不器用な実直さが、とても彼らしい。

「たぶんまだ開いてたと思う。」
「アイスクリームを買って来い。」
前言撤回だ。別に好ましくなかった。
この坊ちゃんは、人を使うのに抵抗がなさすぎる。
日頃から使用人に囲まれすぎて、感覚が馬鹿になってるんだ。私は友達だぞ。君と対等な立場に居る。

「なんで私?大包平が買ってきて。」
「……。」

大きな背中に向かって言う。冷たくて甘いアイスさえ食べられたなら、このうっとおしい暑さにも、よく分からないセンチメンタルにも、抗えるような気がした。

「ねえねえ、アイス食べたいよー。アイスカネヒラー。」
「…うるさいぞ。」
「大包平の買ってきたアイスが食べたいなぁ。大包平のセンスで選ばれた、美味しいアイスが食べたいなぁー。」
「はあ。」

これはわかりやすいもうひと押しのサインだ。大包平はとてもちょろい。こういうところをもっと見せたら、たぶん人気者になれるのに。私と鶯丸しか知らないことを、少しもったいなくも、誇らしくも思う。

アイスを選ぶのにセンスも何も要らないのだけど、体を動かさなくていいのなら、口はいくらでも動く。大きな背中を揺らす。これくらいの甘えを許して、叶えてくれるような頼もしい背中を。

「大包平、おおかねひら、オーカネヒラー。」
「…まったく。仕方のないやつだな。」

がたり、と大包平が立ち上がると、私の顔に影がかかる。大きいのだ。
ときどき不思議になる。指の大きさも、歩幅も、ご飯の量も違うのに、私たちは仲が良い。不思議に思って、そのあとには、なんとなく嬉しくなる。こんなに違っているのに、一緒に笑えるんだよ、と、声を大にして自慢したくなる。

「大人しく待っていろ。」

わざわざ言われなくても待ってるよ、アイスを。とは言わない。
「ありがとうございます。」
彼の数珠丸先生に対する態度を真似て、仰々しくお辞儀をしたら、ふん。と満足気な笑い声が落ちてきた。

大包平は、やっぱり面白い。



しばらくして大包平が戻ってきた。
「ほら。」
そう言って差し出されたのはホームランバーである。

「……。」
アイスを買うのにセンスは要らない。という認識を、私は改めなければならないらしい。

私にはホームランバーを渡しておきながら、大包平自身はハーゲンダッツのストロベリー味をぱかりと開封した。
…これはずるい。
ハーゲンダッツを買って来いとは言わない。が、そこはせめてスーパーカップぐらいはくれても良いのではないか。

「格差社会を垣間見た…。」
「なんだ?不満か?」
大包平が勝ち誇った顔でこちらを見てくる。不満である!とふくれっ面で応えると、ふはは、と笑った。ますます不満である。

「…仕方ないな。ひとくちやろう。」
「え!いいの?」
「いいだろう。」
こちらにアイスを乗っけたスプーンが差し出される。ハーゲンダッツを購入した者にのみ与えられる、プラスチックで出来た、良質の格差スプーンである。

あー、と口を開けて待ち構える。
しかしハーゲンダッツは私の口内に入ることなく、大包平がぱくりと食べてしまった。
…謀られた。
「ふ、間抜け面だな。」
「大包平のばか!」
以前、鶯丸にも同じことをされたのを思い出す。くっそう。こいつら変なとこ似てるんだった。同じことをされたのに、大包平にされると三割り増しでイラッとするのはなぜだろうか。

「それを食い終わってからな。」
ひょい、と顎で私の持っているホームランバーを指す。

ふん。そっちがその気ならば、受けて立ってやる。私だって君の弱点を知ってるんだからな。

「……。」
「………おい。」
「んう、らに?」
「…その食べ方をやめろ。」

効いている。
やはり初心オブ初心の大包平。
いやらしくアイスを舐めるだけで、このピュアカネヒラのMPは確実に減っていく。
ぺろり。唇の端についたアイスを舐めとったら、にやりと抑えきれない笑みがこみ上げてくる。

「その食べ方って、何?…わかんないなぁ。」
言って、つうう、と下からアイスを舐め上げた。
「貴様、わざとだろう…!」
大包平は真っ赤になっている。その様子を見ていると、からかったことを後悔させてやるぜ!とますます楽しくなってくる。

ちゅぷり、とアイスの先を口に含んで唇でぬぐうように舐めとる。
ちら、と上目に見上げた大包平は、わなりと口を開けて何か言いかけては、むんずと睨み返してくる。

「…は、は、はしたないぞ!」
「これを食べろって言ったのは、大包平でしょ?」
アイスに舌を這わすのを!私は!やめない!これは言葉なき戦争である。
大包平に買ってもらったアイスだということは、今はさておき、だ。私は徹底的に抗議させていただく。今後カップアイスを所望する!

とどめを刺すかのごとく、むぐり、アイスを咥えたら、顔に影がかかった。
呆気にとられた私から、大包平がアイスを奪いとるのと、教室のドアががらりと開くのが同時だった。

「待たせたな。」
鶯丸が戻ってきた。

アイスでべたべたの口を、ぽかんと開けた私と、棒アイスを振りかざしている大包平。
ははん。と言う鶯丸の笑い声で、時間が動いた。

「おやおや。俺がいない間に、大包平が無体を働いたらしい。」
「な…!これはこいつが…!!」
鶯丸と目が合う。ぜんぶわかってからかっている顔だ。
これには全力で乗ったもん勝ちである。

「大包平が、これを食えって、むりやり…。」
しおらしい顔をしてみせると、大包平はいっそう慌てる。
「おい!違うだろう!…っくそ、謀ったな!」
いよいよ真っ赤な顔で、声が大きい。

あまりに一生懸命なものだから、笑いを抑えられなくなってしまった。
「っふふ。ごめんごめん。やりすぎた。」
返して、とアイスに手を伸ばしたけど、ばくりと大包平が食べてしまった。
「え、え。」
私のホームランバーが、消えた。なんやかんやで美味しかったのに。

「これは食わせない。こっちをやるから黙れ。」
よくわからないまま、ハーゲンダッツをずいと手渡された。
「なんで?どういう心境の変化?」
「うるさい。帰るぞ!」

言って、大包平はすたすたと教室を出て行く。いちばんうるさかったのは大包平だけど。
やわく溶けかかったハーゲンダッツに視線を落とす。とろりと美味しそうに、なめらかな表面を、夕陽が泳いだ。

「…意味わかんない。」
スプーンで一口掬ったら、鶯丸が寄って来て、ん、と口を開ける。
「はい。」
仕草を汲んで食べさせてあげると、少し目を細める。長い睫毛が、小鳥の羽のように瞬く。
「…甘いな。」
「抹茶しか食べないと思ってた。」
「そんなことはない。いつも通りだと思っていた事が、変わる瞬間もある。」
「ふーん。」
鶯丸はときどきよくわからない話し方をする。大包平のきちんとした単語と同じくらい、鶯丸の謎かけのような言葉も好きだ。

いつも通り、がいつもじゃなくなるとき。そんな日が来ることを、知っていて、見ないふりをしている。

私は臆病者だろうか。

開いたドアから入った風が、ふわり、誰かの進路調査票を舞いあげて、ぴらり。
簡単に翻って、落ちてしまうような軽さで、私たちの未来は変わっていく。

床に落ちたそれから、目をそらして立ち上がった。

「私たちも帰ろう。」
ああ、と答えて歩き出した鶯丸が口を開く。
「大包平をからかうのは良いが、あの手のいたずらは俺が居る時にしろ。あいつは堪え性が……いや、まあいいか。」
切られた言葉の真意がわからずに、鶯丸を見上げるけれど、その表情は前髪で隠れていて読めない。歩く足を止めないまま、階段へ差し掛かる。
「え、なに?言いかけてやめるの、やめて。」
「…。」
「なにをしている、早く帰るぞ!」
大包平が階段の踊り場から吠えている。ほんと、大型犬に見える。
タイミングがいいのか悪いのか、うまいことはぐらかされてしまった。二人は妙なところで連携をとってくるからずるい。

結局、このとき鶯丸が何を言いかけたのか知らないまま。大包平の想いも、わからないままだ。

履き古したローファーが、足に馴染むように柔らかく変わってゆく。
確かな変化にさえ、愚かな私は気付けないんだ。

ただ三人で居られることが好きで、曖昧な私たちの友愛は、夏の夕空のような橙色。

「夏休み、勉強がんばらないとな?」
「…え?」
「お前の今の偏差値では、俺たちと同じところへ来れないだろう。」

「…うん?」
「安心しろ。茶でも飲みながら教えてやるさ。」
「いじりがいのある奴がいなくては、面白くないからな。」

変わらないものもあると信じる勇気は、ポケットに突っ込んだリボンみたいに、忘れられながらずっとそこに在ったらしい。

「なにそれ。……いじってくれる奴、の間違いじゃない?」

でこぼことした3つの影は、地面に沿うように、伸びて、縮んで、姿を変えながらついて来る。言葉にならない想いは、曖昧なピンク色を作りながら、ゆったりと溶け合ってゆく。

毎日は、アイスのように甘くて、イチゴの粒がときどきとても酸っぱくて、たまらなく美味しい。

免罪符のような制服が着れなくなっても、私たちは、まだ一緒に居られるのかもしれない。
くだらないことで笑って、からかいあってすぐに忘れて、大人になれないまま、お互いを好きでいられるのかもしれない。

夕焼けが地平線の蜃気楼に滲んで、涙の膜を張ったみたいに揺らいでいる。
曖昧な空が、いつまでも暮れなければいいのに。



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