光忠がお出迎え


12月26日

華やいだ街が目に染みる。疲れた体に喧騒は降り注ぎ、じわじわとなにかを蝕まれているような心地にさえなった。

遅くなった。
だから、
「あ、おかえり。随分遅かったね。」
誰かがそこに居てくれることは、心底意外で。玄関先、ほうと吐いた息がきらめいた。

橙の光のよく似合う、燭台切光忠に笑いかけられると、とても暖かいなにかに抱きしめられたみたいな気になる。
「…ただいま。」
灯されたあかりの優しさ、ぬくぬくと暖められた部屋の空気が、ひんやりとした頬をふわふわと甘やかす。

「ごはん出来てるよ。さ、手を洗っておいで。ああ、コート、掛けておくね。」
なんだろう、霜焼けになりそうだ。さっきまで凍えていた胸がじゅわりと溶け出す。寒かった、疲れた、…寂しかった。突然緩んだ感情の枷から、抑えていた弱音が溢れ出して、ようやく自分の人恋しさに気がついた。

泣くまいと口を結んで睨むように光忠の喉仏を見た。彼が話すたびに、ぽこぽこと動くそれに、意識をどうにか逸らそうと務める。

暖かい空気に、鼻をすんとすすったら、光忠は全て察したように、重たい鞄をさらってしまう。なされるがまま、手持ち無沙汰に突っ立っていると、光忠が両腕を広げてくれる。
「おいで。」
なんでこの人はこんなにも、甘やかすのが上手いのだろう。気付いたときにはぎゅうとその大きな体に抱きしめられていた。
「…みつただ。」
「うん、よく頑張ったね。おかえり。」
おかえり、お帰り、お還りなさい、ほんとうの自分に、おかえりなさい。

「ただいま。」
暖かい腕の中で深く息をして、丁寧に洗われたシャツの匂いを吸い込んだら、やっと、ヒールの靴もお化粧もまとめた髪も、ぜんぶぜんぶ疎ましかったことを思い出した。

背中を撫でてくれる手に、一枚一枚と要らない鱗が剥がされていくようだ。

光忠の腰に回していた手を奪われて、胸のそばで指を絡められた。
「こんなに冷たくなって。」
はあと吹きかけられた息は甘く、視界の隅で窓がゆっくりと曇ってゆく。

柔く細められた光忠のひとみは、じりじりと蝋を溶かすキャンドルのように、暖かく優しく、そこにあるのだった。


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