長谷部の機動を目の当たりにする


『やってみせ、言って聞かせて、させてみて、ほめてやらねば、人は動かじ。』
とは有名な昔の軍人さんの言葉であるが、なまえはしみじみと、長谷部動きすぎやなぁと思う。

自身が褒められて伸びるタイプであるので、なまえは刀たちを惜しみなく褒める。強くなったなぁ、これからもよろしく!遠征大成功やって、すごい!今のかっこよかった!なにそれ、可愛いなぁ。助かる、いつもありがとう。

たくさんの褒め言葉は、彼らを慈しみ、育て、彼らの成長の糧となる。
なまえに貰った言葉は、彼らの誇りとなり、刀剣男士たちは一層、なまえの抱く思いに応える。そうして、彼女の刀らしくなっていくのだった。

「主、先月の資材の消費量を元に、それを賄う遠征計画を作成致しました。ご確認ください。」執務室、へし切長谷部が得意げになまえの元へ資料を差し出す。2016年仕様のパソコン。いまや表計算ソフトも、なまえ以上に使いこなしてみせましょうな長谷部がここに居る。
「え、もう出来たん?長谷部早い!ありがとう!」なまえが答える。

長谷部に任せると、なんでもすぐに終わってしまう。それはこのところ、特に顕著だ。

「主、次は何を致しましょうか?」
なまえの笑顔を見て長谷部はふふん、と一層嬉しそうに言う。
「次は、うーん、今のところ大丈夫!長谷部は適当に休んでて。」

長谷部は働き者なので、休んでと言っても休まないことがしばしばある。なのでここ最近は、こまめに休憩させることにしている。長谷部の長谷部による主のためのセルフブラック勤務、笑えない。

「かしこまりました。では、お茶を入れて参ります。」どうせ休むのならなまえと一緒がいい、長谷部はなまえの姿を目に映す。
主が仕事に勤しむ姿を、好ましいとおもう。だがそれ以上に、まったりと寛ぐ主を見ていると、心を許してもらえたような気がして、長谷部は胸が暖かくなるのだった。
「うん、じゃあ一緒に休もっか。」
返事をして、長谷部の退室を見送り、なまえは資料に目を落とした。

資材の減り具合がなだらかになっている。しかし出陣回数と使用刀剣の刀種は一定のはずなのだけど、どういうことだろう。これは、手入れに使用する資材の量が減っている…?なんで…?

思考を遮り、襖が開いた。
「お待たせ致しました。」
長谷部である。
「え、ぜんぜん待ってない。」
お茶ってそんなすぐ沸くものやったっけ?なまえははてと首をかしげる。

長谷部はにこにこと嬉しそうになまえの側までやって来る。
「茶菓子も用意致しました。主、お召し上がりください。」
盆の上には、急須と湯飲みと一緒に、いつもよりかなり分厚いカステラが二つ乗っている。

「おやつのカステラは二切れまでだよ!」と光忠に言われたのを、「ふん、分かっている。」とかわして、主のおやつは厚切り長谷部。
悪い癖だ、長谷部の餌付けは物量に訴える節がある。主は甘いものが好き。甘いものをたくさんお渡しすれば、主は喜んでくださる。
例えば恋敵が想い人に薔薇を一本贈ったら、長谷部は百本贈るタイプである。そういうことじゃないとスティーブ・ジョブズも言っていた、テンプレ通りの不器用さである。

「美味しそう。ありがとう。」
お茶の用意が早過ぎることに違和感を覚えつつもなまえが礼を言うと、「当然のことをしたまでです。」と返答が返ってくる。
ドヤ感滲む笑顔の奥で長谷部の心中は桜吹雪だ。主に喜んでいただけることは、彼にとって最上の誉れである。
しかし長谷部が切ってくれたカステラは、厚さ10cm近くある。もはやシフォンケーキやん、となまえは声に出さずにそっとつっこんだ。意外にも長谷部は甘いものが好きなので、お腹空いてたんだろうか、と思案する。

机の上をさっと片付けて、お盆が置かれる。
行儀よく隣に正座した長谷部に、なまえが声をかける。
「食べよっか!」
と、フォークを取って気付く。一本しかない。前にもあったぞ、こういうこと。となまえは状況に既視感を覚えた。たしかあの時は傘が一本しかなかったような。
天然で忘れているのか、抜かりない長谷部のことだ、これもあの日と同じような、無言の訴えなのだろうか。
手を止めたなまえを見て、長谷部はふんわりと首を傾げた。
「どうぞ、お召し上がりください。」
長谷部としては、もちろん二つとも主のために切ったものである。少々厚く切りすぎたので、自分は食べない心づもりでいた。主に少しでもゆっくりとしてほしい、喜んでほしい。いや、何気ない時間を一分一秒でも長く、自分とともに過ごしてほしい。
業務の時間が足らぬようであれば、その分自分が主命を賜われば良いこと。まさしく死角なし一石二鳥の策である。長谷部の軍略(物理)だ。どおりで妙なところで歌仙と馬が合うはずである。

まさかとは思うけれど、まさかなのか長谷部?これは通常のふた切れのつもりなのか。なまえは長谷部の中の自分の認識を疑った。どうやらそうらしい。しかしこんなにたくさんお腹に入らない。否、入ったとしても、夕ごはんが入らない。
「長谷部のフォークは?」
「主が全部お食べください。」
きりり、とまっすぐに目を見つめて言われる。凛々しい。

えええ、やっぱりか。となまえはたじろぐ。曇りなきまっすぐな好意は、時として相手を追い詰める。
主、嬉しいですよね!という長谷部の視線。さあ、なまえはどうする?

1.こんなに食べられへん。
2.一緒に食べた方が美味しいよ。
→3.とりあえず食べる。

長谷部の好意を無碍にしないで、全部食べなくて済む方法。
長谷部は落ち込むと自己嫌悪が激しいので、その辺が面倒くさいのである。なんだこの攻防は、こっちに糖分を使ってどうする。冷静な自分を横目に、なまえはふむ、と思案した。

何か思いついたのだろうか。
なまえはフォークを置いて、パンを食べるがごとくカステラを指先でちぎり取って食べた。
いささか行儀が悪くとも、長谷部がなまえを咎めることはない。さすがは俺の主、豪胆な方だ…と長谷部は感心さえしている。どうしても主の好感度が下がらない。長谷部の中の主フィルターは少しおかしい。誰か言ってやれ。

ふんわりとした生地は存外しっとりと水分を含んでいる。噛めばもちもちと柔く底のざらめががりりと奥歯に心地よい。
「ん、美味しい!」
「それはよかったです。」
柔和に笑む長谷部の顔をひとつ見て、なまえはもうひとくち分、カステラをちぎる。そうして、長谷部の口元まで手を伸ばした。
「あの、主…?」
長谷部が目を丸くして、なまえを見返す。
「はい、長谷部も食べて。」
「いえ、俺は…。」
戸惑い、眉尻を下げて身を固くした長谷部に、なまえは勤めて尊大な態度で言ってみせた。
「ご褒美。受け取ってくれへんの?」
「…!!」

これでどうだ、となまえは悪い笑みを浮かべる。褒美をとらせようぞ、と、さながら悪代官である。茶菓子を食べてる雰囲気じゃない。
それを受けて長谷部は言い知れぬときめきを覚える。主が、とても主らしく、主然りとしておられる…自分に褒美をくださるなんて…寵愛を頂いていると言ってもよいのではないだろうか…!ときめくツボも完全におかしいことを誰かご指摘願いたい。ツッコミ不在の空間がとてもつらい。

「…ありがたき、幸せ…っ。」
熱い耳も頬も隠せぬまま、長谷部が震える唇を開いた。
「はい。」
「むぐ…っ。」
カステラを長谷部の口に突っ込みながら、なまえは心のなかでガッツポーズをした。
むぐむぐと口いっぱいのカステラを頬張りながら、長谷部は胸までいっぱいに満たされてゆく。そんなにも幸せならば、もうなにもいうまい。

そうこうしながら、なんとか全て食べ終えてなまえが指先を払っていると、頬を紅潮させた長谷部が立ち上がった。
「手拭きを持って参ります。」
すくっと立ち上がった長谷部を見上げて、なまえが言う。
「うん、頼んだー。」
恭しく礼をした長谷部が退室し、一拍あとには、襖が開く。
「お待たせ致しました。」
「!?」
え。さっきより早ない?
お茶とカステラないにせよ、めっちゃ早ない?

なまえの中の疑惑は、いよいよ確かな形を持ち始める。長谷部、絶対機動上がってる。

手拭きを受け取って、指先を拭う。
机の端に避けた資料が目に留まって、はたと考えが浮かんだ。

もしかして:高速槍の機動ぬいてる。

やばい。なまえは回想した。
そういえば、長谷部を褒めるとき、早いなあー!としか言ってなかったような。
このままいったら、長谷部が視認できなくなるのも時間の問題だ。

長谷部はふよふよと浮ついた雰囲気を身に纏って、なまえの傍に控えた。
「主、次はなにを致しましょうか?」

彼は、なまえが日に日に立派な主と成る姿を見られることが、幸せでならない。
願わくは、ずうっとお傍で、彼女の幸せをお守りしたいものだ、と長谷部は藤色の瞳をきらきらと瞬かせた。

その日の夜、なまえは「だるまさんがころんだ」と読み上げて振り返ったすぐ目の前に、いい笑顔の長谷部が立っている夢を見て魘された。




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