御手杵と蜻蛉切と夜食を食べる


熱い、熱い炎の夢だ。
どんどん視界が暗くなって、息が苦しい。
誰か、誰かいないのか、そうしていつも思い出す。ああ、この夢の中じゃあ、俺はいつも一人きりだったな。

「…おい、おい!御手杵!!」
揺り起こされて、目が開いた。

「…ん…ああ。蜻蛉切か、ありがとう。」
視界をしめるのは同室の蜻蛉切。またやってしまった、起き上がって額の汗を手のひらで拭う。
御手杵は大きな背中を丸めて、はぁぁ、と長い息を吐く。汗のついた手のひらを見た、周りを見渡した。いつもの部屋、いつもの自分だ。ちゃんとここにいる。それがわかって、彼はようやく安堵した。

蜻蛉切が心配そうに眉根を寄せて、様子を伺うように問いかける。
「…ひどく魘されていたが、またあの夢か?」
「ああ…あんたまで起こしちまって悪かったなぁ。」
「なに、謝ることはない。俺のいびきも大概のものだろう。お互い様だ。」
蜻蛉切が不器用に笑う。
御手杵もまた、困ったような蜻蛉切の笑顔につられて笑みを返した。
いびきが煩いのを否定しないが抗議もしない、御手杵は正直ないいやつである。
蜻蛉切は、冗談のつもりでいったのだが、そうか、俺はやはりいびきをかいていたのか、とふんわり気にする。気遣いの人、蜻蛉切。

「ありがとな。はぁ、水飲んでくるかぁ〜。」
御手杵は、ぎゅうう、と伸びをする。しっとりと首筋にかいていた汗に風が通って、悪夢は燻る火のごとく少し遠のいた。

長い廊下を辿るように歩いて厨へ。
ゆったりとした歩みだが、いかんせん足が長いので、すぐに着く。彼自身は、あまり自分の身体に頓着はないらしいが、そのスタイルの良さは本丸で一二を争うほどのものだ。

厨へ着く。戸口から漏れる灯に、御手杵は誰か先客がいるらしいと察する。
開けっ放しの戸、掛けられた暖簾の梁に頭をぶつけないようにそれをくぐった。
過去何度たんこぶを作ったことだろう。
明るい光に目を細めて、そこに見えたのは自分よりも随分小さな背中だった。
「…んあ?主か?」
背後から突然掛けられた声にびくうと肩を竦ませてなまえがおそるおそる振り向く。
「びっ……くりした。御手杵か。よかった…。」

ぐつぐつと立ち上る湯気、どうやら小鍋にお湯を沸かしているようだ。
「こんな夜中になにやってんだ?」
御手杵が言いながら近付くと、なまえは少しばつの悪そうな顔をして懐から袋麺を取り出した。
「いやぁ、その…お腹空いてん。御手杵も一緒に食べる?」
「あんたって小さい割にはよく食うよなぁ。」
傍にやってきた御手杵がぐしゃぐしゃの寝癖頭をそのままに首をかしげる。
いやいや、私が小さいんじゃなくて御手杵がでかいねん、と、自分より随分上にある顔を見上げてなまえは思った。
っていうか、
「人を大食いみたいに言わんといて。」
「…晩飯食ったんだろ?」
「今日はみんなより早めに食べちゃったから、その…たまにはいいかなって。」

いやしかし見つかったのが御手杵でよかった。なまえは安堵のため息をついた。
来たのが歌仙や光忠だったらこのチープで懐かしい袋麺は、かきたま春雨スープやミネストローネになっていたことだろう。
いつも健康に気を遣った手料理を振舞ってくれる彼らには頭が上がらない。どれもこれもが美味しいというのもありがたい話だが、ときどき無性に、このインスタントな味が食べたくなるのだ。

「みんなには内緒やで。」
「んー?なんで内緒なんだ?」
なんでだろう?なんとなく?いや、答えは思いの外すぐにでた。
「内緒で食べたほうが美味しいからかな。秘密の味。」
「…ふーん、秘密の味かぁ。」
秘密の味、その響きに御手杵は興味をそそられる。

ぐつぐつとお湯が湧いてきたところを見計らって、ぺりりと袋麺の口を開ける。粉末スープを取り出して、御手杵を見上げた。
「御手杵も食べる?」
「ああ、食う。」
それならば、と二つ分の麺を投入する。ぷくぷくと泡を立てて、固形麺が鍋に浮かぶ。菜箸を取り出して、わしゃわしゃと麺をほぐすようにかき混ぜる。
ほぐれてゆく麺に注がれるなまえの視線は真剣そのものだ。それを見下ろして、御手杵は感心するように口を開いた。
「へえ、器用なもんだな。」
なまえは、ふっと吹き出す。
「いやいや、これ作られへん人はおらんやろ。」
「そうなのか?」
「そりゃあそれが即席ラーメンの存在意義やろうし。」
「俺でも出来るか?」
もちろん。なまえは御手杵を見上げて、自信たっぷりに頷く。
「美味しく出来るよ。」

麺がほぐれたので、粉末スープを投入した。ひと混ぜすると、湯気がほわりと匂い立つ。ふわわ、と、なまえの鼻先をひと撫でして、御手杵の鼻もくすぐる。
「「お腹すいたなぁ。」」
かぶるのも致し方あるまい。
あったかくて美味しい匂いがする。すんすんとこれを嗅いで、頬が緩むのを二人して堪える。油断をすれば、よだれが出てしまいそうだ。

「御手杵、卵取って。」
「おう。」
すっと手渡されたその二つ。コンロの火を止めて、ぱきゃりと鍋に割り入れた。
そこで、隣の御手杵がぱっと振り向く。
暖簾をくぐり顔を覗かせたのは蜻蛉切だった。
「御手杵?ずいぶん遅いがなにを…む、主、どうされました。」
つられて振り向いたなまえが、見つかっちゃったと笑った。
「蜻蛉切も食べる?」
聞いたものの、これはもはや決定事項だ。こんな誘惑を前にして、食べないなんて選択肢はない。食べるよな。鍋の中たゆたう卵を、お箸で割いてかきたまにした。

「こんな夜分に、料理ですか?」
蜻蛉切が逆となりにやってくる。
御手杵となまえがにんまりと顔を見合わせた。
「蜻蛉切、これは秘密だぞ。」
「そう。秘密の代わりに、一緒に食べよう。」
くつくつ、解かれた卵が麺に絡み、とろりと浮かんでいる。
刻みネギをぱらぱらと散らして、できあがりだ。

さて鍋を運ぼう、と鍋つかみに手を伸ばしたところを蜻蛉切に制される。
へ?となまえの瞳が所在なく揺れる。まさか!お預けとか無いよなあ!いくら節度正しくしゃんとした蜻蛉切でも、食べたらあかんとか言わんよなあ!?
そんななまえの心を見透かしたのか、蜻蛉切は照れ臭そうに笑った。
「主が火傷をしては大変です。ここは…共犯者である自分にお任せを。」
なまえは一瞬目を丸くして、ふふ、と笑んだ。
「よし、まかせた!」

「蜻蛉切ってよぉ、なんつーか洒落が効いてるよな。」
御手杵が嬉しそうに、お椀を三つ机に並べている。
「そうか?お前には洒落が通じんとばかり思っていたが。」
現に、つい先ほど投げかけた自虐ネタを完全スルーされたところである。おかげで明日からの自分のいびきに気を使うはめになった。
「ええ!俺ほど洒落が通じるやつもいないぜ?」
「御手杵は洒落っていうか天然枠やと思う。」
「自分もそう思います。」
「いやあ天然じゃないだろ、槍なんだから人に作られたに決まってる。」

なまえと蜻蛉切が顔を見合わせた。
「そういうとこな。」
「うむ、そういうところだ。」

お椀に三等分、ふわふわとした湯気を囲んで三人が輪になる。
「では、いただきます。」
「「いただきます。」」
ふうふうと、息を吹きかける間も惜しい。ちゅるりと麺を啜ったら、湯を吸ったインスタント麺は柔く、口の中にすぐ消える。ネギと卵が浮かんだスープを掬って、一口飲むと、お腹の中からほうと暖かなため息が出た。

なまえが食べ始めたところで、御手杵も同じように口をつける。
「あちっ。」
言いながらも豪快に、ずずっと麺をすする。ちゅるんと喉に流れたそれは温かく、美味しい。食べれば食べるほど、お腹が空いていたことを知る。

「美味しい?」
聞かなくてもわかるけれど、あんまり一生懸命に食べているので、なまえは面白くなって問いかけてしまう。
「ああ、うまい。」

お行儀よくするすると麺を口に運んでいた蜻蛉切も、湯気の向こうで顔を綻ばせた。
「秘密の味とは、かくも美味なるものなのですね。」
「ね。分けて食べたらさらに美味しい、あったまるなぁ。」

あっと言う間に平らげて、三人はふくふくとした表情でお腹をひと撫でした。
「あー。満足したぁ。」
御手杵と蜻蛉切は、満腹には少し物足りなかったが、満足、その言葉に異論はなかった。
夜中にひっそりと食べるインスタントラーメンの味を、自分たちはきっとまた思いだして食べたくなるに違いない。

後片付けを手早く済ませたら、それぞれに別れて、自室へと戻る。
「おやすみ、また明日。」
交わして、ひっそりと。

再び布団に横たわった御手杵は、悪夢のことなどもうすっかり忘れている。
お腹の中でいつまでもうずくまるあたたかなスープの湯気が、じんわりと体を満たしている。

目を瞑ると、なまえと蜻蛉切の笑った顔がすぐに思い出される。
人差し指を立てて、しーっ、っといたずらに笑う二人に誘われるまま、心地よい眠りへと落ちてゆくのだった。




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