左文字兄弟とほのぼのする


ミーンミンミンミーん
蝉がないている。魂をじりじりと焦がすような、夏の音。

山から涼しい風が下りてくるので、なまえが過去居た夏よりも、幾分か涼しい。りりん、と風鈴揺れる縁側から草履を引っ掛けて畑へと歩き出す。

「小夜ちゃーん、宗三さーん、江雪さーん。そろそろ休憩しよー。」

左文字一家はああ見えて畑好きだ。
世話をすればするだけ、返事をするようにすくすくと育つ作物たちは微笑ましく、接していると穏やかな気持ちになった。

体を動かして育み、命の糧とすること。
空の高さを思い知ったし、土の柔らかく湿った感触もまたその身に新しく馴染んだ。ここにいると、息衝く命のリレーのバトンを担っているのだと感じられる。

なまえは背の高い高いトウモロコシ畑の中を行く。がさりがさり。
作物を踏まないように、実を落としてしまわぬようにと気を配りながら三人を探す。

視界は若草色一色だ。なまえは、こんなにもトウモロコシに囲まれた経験など未だかつてない。緑の世界で、まるでひとりきりになったようだ。
かさりと葉の触れ合う音がして振り返る。
「小夜ちゃん?」
そよそよと細長い葉が揺れている。
風か…。と視界を元に戻した瞬間。
「わっ!!!」
「うわあああ!!」
目の前に鶴丸が立っていた。
眼前に顔が迫って、情けない悲鳴を上げてしまう。とっさに二、三後退った足がもつれて、転ぶ…!と思った矢先、とすっと誰かに支えられた。

頭上から落ちてくるため息。
「…まったく。貴女は相変わらず鈍臭いですねぇ。また畝を踏んづけて、僕に叱られたいんですか?」
宗三左文字だ。
初めて畑に行った時、知らず足元に気を配ることができなかった苦い思い出をつついてくる。
「…宗三ぁー。ごめん、びっくりした…。」
びっくりした。鶴丸は透明マントでも持ってるのではないか?
思いながらなまえは宗三左文字を見上げる。このアングルから見ても、傾国の美人は美人のままである。すごい。

「ははは!いやぁすまんすまん。主を見ると、つい居ても立っても居られなくなってな。驚きを与えなければ落ち着かないんだ。」
どんな精神状態なんだ鶴丸国永。
「それはそれは…。とんだ特異な体質ですねぇ。突飛なあなたには、よくお似合いですよ。」
はんっ、と宗三左文字が息をするように毒をはくが、鶴丸はむしろ誇らしげである。変な方向に懐が深いので、彼に嫌味の類は通用しない。

はぁ、ともう一つため息をついて宗三はなまえの体を起こしてやる。
「…主、貴女もいい加減慣れてはどうです。」
「慣れたいけどむり…。もう!鶴丸、驚かすのはいいけど、もうちょっとゆっくりやって。」
「ゆっくりな驚きか?それは難題だ「わっ!!」…っ!?!?」
言葉が遮られて、鶴丸がびくっと全身を震わせる。
彼の後ろからひょこっと青い髪が覗いた。

「…復讐だよ。」
「小夜ちゃん!」
「おお!小夜か!ははは!こいつは驚いた!」
鶴丸国永は、とても嬉しそうだ。
「なんで喜んでるの…。」
呆れた視線を鶴丸に送る小夜左文字。
一同同感である。

するりと鶴丸の傍を抜けて、小夜左文字はなまえの元へやってくる。

「ねぇ、…怪我はない?」
きりりと尖った眼差しで、上目に問うてくる。初めこそ、この視線に貫かれるような気持ちになったが、今ではこんなにも可愛く映るのだから不思議だ。
「うん!ないよ。ありがとう、小夜ちゃん。」
「別に…。」
ほんわかする。ほんわかする!
なまえは、しゃがんで視線を合わせた。

「あ、土ついてる。」
ぷにぷにとした頬についている土を指で払う。小夜左文字は、物静かで言葉少なだが、それは決して冷たいのではない。人のことをよく見ているし、気遣いの出来る子だ。
歌仙といるときなど、小夜のほうがお兄ちゃんに見えることもあるくらいだ。

「…はい、とれた。」
じっ…と見られている。目を合わせて笑いかけると、おろした拳をきゅっと握って、拗ねるように視線が逸れる。
「…ありがとう。」
「うん、どういたしまして。」
可愛いなぁ、和むなぁ。

「…ちょっと、僕の弟をにやにや見るのはやめていただけますか。」
「やめられへん。」
即答である。決して邪な視線ではないので許してほしい。
「微笑ましいじゃないか。さて、いい驚きもあったことだし、俺は新たな驚きを探しに行ってくるぜ。主、あまり陽に当たりすぎるなよ。」
「はーい。」
驚きに呼ばれ驚きを与えて驚きを求めて歩き出す。これぞ驚きの権化。さらさらと緑の中に姿がとけて、揺れる葉音だけが残った。さながら風のようである。

はぁ。呆れたようなため息だ。左文字兄弟のため息には表情がある。
そのバリエーションたるや、燭台切のレシピに引けを取らない。
「ところで貴女、何しに来たんです…?今のところ邪魔にしかなってませんけど。」
「ひどい!そろそろ休憩しよーって、三人のこと呼びに来た。」
言って、からころと氷の鳴る水筒を見せる。
「ふふ、冗談ですよ。休憩…ですか。では江雪兄様を呼びに行きましょう。」
冗談に聞こえない冗談はやめてほしいものだ。

立ち上がろうとすると、とすっと頭になにかを被せられた。
「…これ、あなたがかぶってなよ。」
小夜左文字の麦わら帽子だ。夏の内番用にと、全員に支給したものである。
「え、いいよ!小夜ちゃんが被っといて!」
なまえが慌てて帽子を取ろうとすると、ぐぐっと頭を押さえつけられた。
容赦はない。宗三左文字の手だ。

「…あなたが倒れたら、僕は太陽に復讐することになるんだからね。」
小夜左文字がしれっと言う。
太陽に復讐。自分のせいで太陽系が消滅してしまうのはさすがに居た堪れない。
「うっ…でも。」
沈んでいた視界がふっと軽くなって顔を上げると、今度はとすり、宗三左文字から小夜左文字に帽子が被せられた。

「兄様…?」
「僕は要りませんよ。ちくちくするんですよねぇ、それ。」
いいながら踵を返してさっさと歩き出してしまう。

さっきまで素直に被っていたくせに。
「なにをぼんやりしているんです?僕は喉が渇きました。ほら、行きますよ。」
素直じゃなさすぎて、逆に素直だ。

「宗三、ありがとう。」
「ふん。僕が帽子を渡したのはお小夜ですから、兄として当然のことですよ。貴女は弟の優しさを、ありがたく受け取っておけばいいんです。」
斜に構えるにしては、優しさがはみ出しすぎだ。
「ふふ、そっか。小夜ちゃん、ありがとう。」
「…僕は別に…。足元、転ばないよう気をつけて。」

さくさくと、トウモロコシ畑を抜けてしばらく歩く。
畑のために裏山から引いた水の音が近付いてくる。
その涼やかなせせらぎに聞き入るように、江雪左文字が居た。

「おや。主、貴女までどうしたのです。」
「兄様、休憩ですよ。」
「おつかれさま、江雪。」
江雪左文字は、宗三、なまえ、小夜と順に視線を動かした。
静かに頷いて、麦わら帽子を宗三にかぶせる。
「あの、兄様…?」
さっきのデジャビュだ。
これが和睦というものか。
「私は、平気です。あなたが被っていなさい。」

兄弟っていいものだ。この本丸には何組か兄弟刀がいるけれど、案外一番似たもの同士なのは左文字かもしれない。

「よかったね、宗三。」
なまえが言うと、ふいと顔を逸らされた。照れ隠しだ。
「…冷やした野菜、とってくる。いつもの木陰で先に休んでて。」
小夜左文字が小川の方に駆けていく。

「小夜ちゃんってさ、すごいイケメンやんな。」
木陰へと移動しながら、なまえがふとこぼす。
「はあ。僕の弟を変な目で見るのはやめてくださいと言っているでしょう。」
じとっとした視線で宗三に睨まれる。
「変な目で見てないって!」
「…いけめんとは、…どういうことですか。」
いけめんとは?
「なんていうかな、気遣いが細やかで、優しい。さっきから普通にきゅんってする。」
「ふ…今ごろ気づいたんですか?お小夜は出来る子ですよ。」
「ええ…。あの子は優しい子です。」

無口で優しく、気遣い上手でぶっきらぼう。思いやりも気概もある。
将来が楽しみだ、なんて思いあたって、なまえは思わず口をつぐんだ。
将来ってなんだ。何年後も何十年後も、彼らは変わらない、変わらないままなのに。

「貴女が急に黙ると気持ち悪いです。ほら、着きましたよ。」
「気持ち悪い!?日に日に宗三の詰りきつなってない!?…うわーん江雪〜。」
「…。」
なまえは江雪に泣きつくが、見事に無言である。
「ふっ、嘘泣きが下手すぎて同情の余地もありませんねぇ。兄様から離れなさい。」
肩にぽんと手が置かれて、おもむろに江雪がかがむ。
「……これを、差し上げましょう。」
江雪は懐から、黄色い小さな花を取り出す。被った帽子の下、耳の上の髪にそっと花が活けられた。
なまえからはどのような花なのか見えない。
「お花貰った!似合う?」
「ええ…。」
「その花のおかげで、すこしは女性らしくなったんじゃないですか。その花のおかげで、ですけど。」
「あはは、じゃあずっと付けとこ。」

そうこうしているうちにいつもの木陰へ。畑を耕す時に出てきた石が椅子のように置かれている場所。もっぱら畑当番の休憩所である。
とことこと芝生の上を駆けて小夜左文字が帰ってくる。

「おかえり。」
「…ただいま。」
小夜が下げている籠にはきゅうり、トマト、茄子などの色とりどりの夏野菜。川にさらしていたのだろう。みずみずしく光っていて、美味しそうだ。
「はい、お茶とおにぎりどうぞ。」
「「「いただきます。」」」
三人そろって礼儀正しい。大きさの違うそれぞれが、並んで一同に返事をするところは、見ていてなんだか可愛い。

おにぎりを頬張って、お茶を飲んで、めいめいに野菜を手にとって、かじる。お味噌や塩だけで、こんなにも美味しい。
ぷりりと身の詰まったトマトは、夏を煮詰めたように甘く、じゅわりと口に広がる。
「わ、美味しい。」
「ええ、そのトマトは僕が育てたんですから、当然です。」
「すごい自信だ。」
「ふふ、頬についてますよ。」
「え、どこ?」
てんで見当違いなところを探っているなまえに、隣から手が伸びる。
「…ここだよ。」
小夜左文字がひょいっと米粒を摘んで、ぱくりと食べた。なまえは思わず固まった。生まれて初めてひょいぱくされた。いまの見た!?という視線を宗三に送るが、呆れたため息で返事をされた。

小夜左文字、恐るべしイケメン力である。もっとも、とうの本人は全く気にしていないが。
「その花…。」
「ん?これ、さっき江雪がくれた。」
じっ…と視線が送られる。
「カタバミ、だね。…あなたによく似合ってる。」
いって、珍しくふと笑った。
ほっらやっぱり!これめっちゃモテるやつやん!となまえは心底思ったが、ピンクの兄の視線に牽制されて、
「ありがとう。」
と照れ笑いするしかなかった。

「戻ったら、歌仙に花瓶借りよう。」
「…そうだね。」
「枯れんかったらいいのになぁ。」
「…枯れぬ花は、花ではないでしょう。」
「皮肉ですねぇ。まるで僕たちです。」

枯れぬ花は、花ではない。
死なぬ人は、人ではない。

「…ねぇ、あなたも、いつか死ぬの?」
小夜左文字の瞳が揺れる。
この瞳に、嘘はつけない。
「うん…いつかね。」
「それだけ図太ければ、あと100年は生きながらえそうですけど。」
宗三左文字のいつもの軽口さえ、どことなく憂いを帯びている。

「あはは、なるべく長生きして、みんなと居たいなあ。」
「…100年なんて、短すぎるよ。」
小夜左文字の小さな声をかき消すように、蝉がじんじんと鳴いている。命の音が切なく強く響く。
じりじりと灼ける太陽も、なまえも、耳に飾られたカタバミの花も、同じにいつかここを去る。

「…人は、死んでも生まれ変わりますから。」
江雪の粛々とした声が、落ちた三人の視線を上げさせる。
「生まれ変わり?」
「ええ。縁があれば、巡り巡ってまた逢えるでしょう。」
「じゃあ、生まれ変わっても逢えるように、折れやんといてな。」
「貴女こそ。せいぜい犬畜生にならぬよう努力してくださいね。」
「すぐに…会いに来てよ。」

君たちの永遠からみれば、とてもささやかな命だ。
それでも、こうして逢えたことは、ずっとずっと消えない。

「忘れやんといてくれる?」
「貴女みたいな人、忘れろというのが無理な話でしょう。」
「それ良い意味?」
「さあ?自分の胸に聞いたらどうです?」
「うわーん宗三がいじめる!」
「ねぇ…泣いてるつもりなの?」
「…嘘は…いけませんよ。」
「ごめんなさい。…ふふ。」

風が花を揺らして、耳がくすぐったい。
命の声がくすくすと、笑った気がする。
そうだ、あとで歌仙に花言葉を教えてもらおう。

「帽子、自分のも買おうかな。」
「はあ…気付くのが遅いんですよ。」

たくさんのそれからと手を繋いで、君と過ごす明日を想おう。

私たちには、今が在るから。



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