だるまさんがころんだ



監査のため本丸へ訪れた山姥切長義を出迎えたのは山姥切国広だった。長義の脳裏を会議での記憶が掠める。苛立ちがこみ上げたが、顔に出さぬよう静かに飲み込んだ。

僅かな沈黙のあと、山姥切国広が口を開く。

「この本丸に監査とは、政府の考えていることはよくわからないな。」
「理解する必要はないよ。……ところで、君かな?俺の資料に妙な戦績表を紛れ込ませたのは。」

山姥切国広は、しばし黙り込む。被った布の奥の、自分と瓜二つのかかんばせに僅かに動揺が読み取れた。翡翠色の瞳が僅かにゆれて、それから、不可解なことに安堵の笑みを浮かべた。

「……よく気付いてくれた。まずは本丸を案内させてもらう。」

言いながら、山姥切国広は布を翻して歩き出す。その表情の意味をはかりかねながらも、長義は後に続く。これまでいくつもの本丸を調査してきた経験がある。わざわざこいつに訊ねなくとも、異常があればすぐに見て取れるだろう。

馬小屋、畑、時空間転移装置と本丸の外周を辿り、鍛錬場、広間、果ては湯殿まで丁寧に案内される。敷地内の空気は淀みなく澄んでおり、神気の乱れも感じない。特筆すべき不審な点などない、が、些細な違和感がいくつかあった。

厨で燭台切光忠が料理を焦がしていたことや、今剣が乗った馬が落ち着きをなくしていたこと、畑では歌仙兼定が秋田藤四郎に種の撒き方を指導していたこと……など。
懐疑的な眼差しで見なければ、ただの個体差とも言えるほんの僅かな違和感。しかし、個々の刀剣の特徴からすると少し妙である。いずれも人の身に不慣れな印象を受けたのだった。

長義の頭の中を件の戦績表の数値が過ぎった。通常ありえない回数の刀解と顕現。まさか、本当に刀解と顕現を繰り返しているのか?……もしそうだとして、そんな不効率なことをする理由はなんだというのか。

本丸内の視察を終え、客間へと通される。
長義は探るように山姥切国広を見る。が、写しの表情は凪いだ水面のように、ただ静かだった。

「茶を持ってこさせよう。ここで待て。」
「…ふん、俺の機嫌をとったところで、監査の結果は変わらないけれどね。」

山姥切国広が立ち去ったあと、長義は障子の向こうに広がる中庭へと視線を移した。季節に合わせて変化する景趣は、いつどこの本丸で目にしても箱庭のそれとは思えない美しさだ。桜の蕾が膨らみ、のびやかな鳥の囀りがほのほのと春の訪れを歌っている。平和そのものと思えるこの場所で、いったい何が起きているのだろうか。

心地よい風が白金の前髪を揺らしたところで、中庭を横切る。二振りの刀剣男士の姿が長義の目に止まった。
遠くからでもよく目立つ、あれは鶴丸国永と鶯丸だろう。

本日は監査初日、規定により出陣は許可していない。表門から中庭を抜けて蔵の方へと向かっている。察するに遠征から帰還したと思われる彼らは、それぞれ手に刀を持っていた。
長さからして当人の依り代とは別の……おそらく脇差、短刀と思しき刀を二口ずつ。

明らかな違和感に、長義は眉根を寄せた。遠征先で刀剣男士の依り代を手に入れることなどできないはずだ。わざわざ別の刀が本体を彼らに預けたのか?本丸内で?その可能性は極めて低いだろう。

違和感同士が結びつき、点が線になる。やがて星が星座を描くように繋がりかけたとき、縁側から声がかかった。視界を遮って、ふわ、と翻るマント。前田藤四郎が茶を運んできた。

「お待たせ致しました。茶を………何かありましたか?顔色が優れないように見えますが。」
「ああ、いや。……何もない。ありがとう。」

そうですか、と頷いて前田が入室する。盆にのせた湯呑みを持ち、机に置こうとした瞬間の出来事だった。

−−−−かちゃん、と。

長義にはそれがひどくゆっくりと見えた。前田の全身から力が抜け、風にくゆるマント、伸ばした手が空を掻く。すり抜けるように落ちた、前田藤四郎の刀身。

がつん、と湯呑みが机にあたり、中の茶が溢れる。

何が起きたのか、山姥切長義の聡明な頭脳を持ってしても状況を理解するのに数秒を要した。
机の上を這うように茶が広がり、ふちをしたたり落ちる。畳の上、沈黙する短刀。

目の前で、前田藤四郎の体が消えた。

長義は絶句し、自らの目を、耳を、疑った。頭の一部だけが心を離れて冷静に、恐ろしい早さで現状を理解してしまう。

この本丸の審神者は……顕現の継続が、できないのか…?

先ほど中庭を歩いていた二振りが運んでいたものは、遠征先で刀に戻ってしまった仲間の刀身だったのではないか。姿を消した前田藤四郎に伸ばしかけたままの手が、まるで人のように震えた。長義は、近付く足音にも気付くことが出来なかった。

「……物音がしたが、なにか……」

姿を見せたのは山姥切国広だ。長義は自らを取り繕うことさえ忘れて、声を荒げた。

「この本丸はどうなっているんだ!……一体なにが起きている。すべてを話せ。」

山姥切国広の視線はまっすぐに本歌を見据え、それから畳の上横たわる前田藤四郎の刀身へと落ちた。やがてゆっくりと屈み、その依り代を拾い上げる。長義は彼の一挙一動を取りこぼさんとばかりに睨めつける。こんなことには慣れていると言わんばかりの、ひどく余裕のある写しの態度に何度目か、苛々がつのった。

山姥切国広はフードを引いて踵を返す。どうやら長義の質問に答える気はないらしい。

「すまない……俺からは話せない。明日、出陣同行の折に主との面会時間を設ける。気になることはその時、主に直接聞いてくれ。」

背中を向けたままで、一方的に話される言葉。山姥切国広は振り向くことなく、今日はもう帰れ、と言い残して立ち去った。

写しの刀が放ったその声は、情けないほど震えていた。



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