万屋からの帰り道、突然の夕立に降られて、山姥切国広とあなたはバス停の軒先へと逃げ込みました。

心許ないトタン屋根を絶え間なく雨粒が叩いています。
屋根のふちをすべり落ちた水滴は、ぽたぽたと忙しなく、二人の足元へ水玉模様を作りました。

はあ、と息を吐いて空を見上げた山姥切の鼻先にも、ちょん、と雫が落ちます。

「…じきに止むだろう。」

ざあざあと大げさな音を立てて降る雨の中でも、山姥切の声は凛としてあなたへ届きます。

滴る水滴を手の甲で煩わしそうに拭う仕草はどこか子供っぽくて、あなたは微笑みながら、ハンカチを取り出しました。そして、濡れちゃったね、そう言いながら、水分を含んでぺちゃりとした彼の前髪、額を優しく拭いてあげました。

山姥切は長いまつげを瞬かせ、あなたを見返すと「俺はいい。」にべもなく言って、あなたの右手を捕らえてしまいます。

はた、と視線がかち合って、ほんの一瞬のこと。

あんなにもけたたましく降り注いでいた雨音が、ピントをずらしたように遠のきます。

握られた手首が、あつい。
そう思ったときには、もう、所在なさげなハンカチもろとも、軽々くいっと引き寄せられて、きゃという短い悲鳴ごと、山姥切に抱き寄せられてしまいました。

見上げたら、普段は伏せられがちな翡翠色の眼差しがまっすぐにあなたへと向けられています。

土砂降りの雨の中で、一瞬、突き抜けるような晴れの日を瞳のなかに見つけて、あなたは息を忘れそうになりました。

ぽた、前髪を伝って落ちた水滴に誘われるように山姥切は身をかがめて、二人の耳へ雨音が戻る頃。

あなたが思わず飲みこんだ息ごと食べるみたいに、はくりと唇を塞がれてしまいました。

ちゅう、と彼の柔らかな唇が、あなたの唇を挟んで、柔く吸う。

伏せられた金色のまつ毛を気持ちよさそうに震わせて、山姥切はあなたの唇を味わいました。

そして、それはそれは名残惜しそうに離れて、再び視線が合う。

山姥切は自分でしたことに、一番驚いたというような唖然とした表情になって、みるみるうちに頬を桃色に染めてしまいました。

その彼の表情が、たまらなく愛おしく思えて、考えるよりも先に、地面から、浮かんだかかと。
あなたは思わず背伸びして、山姥切にキスをしてしまったのです。

一度離れた唇が再びまたくっついて、山姥切は僅かに目を見張ったものの、すぐにゆるりとその美しい瞳を伏せました。

あなたから寄せられた唇が、山姥切は嬉しくて、胸の柔らかいところがぎゅうっと絞られました。
どうして、こんなにも嬉しいのに、こんなにも胸が痛んで泣きたくなるんだろう。

縋るような彼の腕が、あなたの手首を締め付けます。もうひとつは背中にまわって、ただあなたがここにいることだけを確かめるみたいに抱き締めました。
それはそれはゆっくりと、不器用なまでの強かさで。

ぴた、ぴた、と水分を含んでくっつき合う唇。

震える心をどうにかして伝えようとするように、何度も何度も口付けが落とされます。

慈しみ、愛おしむようなキスの雨に誘われて、すき、とあなたの唇が、言葉の形になりました。

「……俺も、すき、だ。」

山姥切は確かめるみたいに繰り返すと、困ったように、それでいて、安心したように、ほんの少し微笑みます。

それから、手首を握っていた指先を解いて、あなたの髪を撫でました。

頬を滑る水滴さえも眩しく見えて、山姥切国広は、あなたを伝う全てが愛おしいということを知ります。

腑に落ちたというような緩慢な動作で、あなたの首後ろを支える手のひらも、少し屈んだ広い背中も、あなたのよりずっと大きくて、彼は紛れもなく男の子なんだと思い知らされるようです。

そしてまた、唇が塞がれました。

がぶりと噛みつくように覆われた唇は荒っぽいのに、そうっとしのばされた舌はため息が出るくらいに、優しい。

あなたの舌を舐めとって、甘く吸い付く、触れ合った口内は好きで溢れて苦しいほどです。

は、と口付けの隙間で彼の吐いた息が唇にかかると、熱に当てられたみたいに、あなたの瞳はふやけてしまいます。

知らず、もっと、と唇を合わせているうちに雨は上がって、夕陽が姿を見せました。濡れた小道も、トタンの屋根を滴る雫も、何もかもが橙色を吸ってまばゆくひかりを反射します。

ちりばめられた光の粒に隠れるようにして、繋がったままの二人の影は、甘やかにとろりと水たまりへ溶けるのでした。


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