執務がひと段落ついたところで、へし切長谷部が茶菓子を運んで来てくれました。

盆の上にはチョコレートと、ふわふわの泡が乗ったカプチーノ。ぷわりと香るコーヒーの匂いだけで、背骨がたわんで、あなたはそっと息をつきました。

チョコレートを摘んで口に運ぶと、表面の薄い膜はぱきんと割れて、中からとろりとした生チョコレートが溢れてきます。甘くて、美味しい。あなたが顔を綻ばせる様を、長谷部は愛おしさのにじんだ瞳で見つめています。

その視線に気付いたあなたが、長谷部にも、とチョコレートを摘んで差し出すと、ひとたび遠慮したものの、長谷部は控えめに、あなたの手首を掴みます。
あなたの指先に、薄く開いた長谷部の唇が寄せられて、はむ、とチョコレートが攫われていきました。

さらりと流れた前髪と、伏し目にされた藤色の眼差し。その一連の動作の艶やかさに、あなたの胸がとくとくと音を立て始めます。
チョコレートを口の中で溶かして、「美味しいですね。」と長谷部は微笑んで、それから、どうしてか、切なげに眉根を寄せました。

「あるじ。」

幾度も呼ばれたその言葉が、なぜでしょう、色を持って溢れて、それだけで、あなたには長谷部の気持ちがすっかり解ってしまいました。

「お赦しを。」

掴まれたままの、あなたの右手。長谷部はチョコレートの滲んだその指先を口に含んで、れろりと舌を這わせます。

にゅる、とした長谷部の舌の感触を指先に感じて、あなたの頬も耳も、じいんと痺れたように熱を持ちます。はくはくと言葉を紡げずにいると、長谷部は上目遣いにこちらを伺って、ちゅうと名残惜しそうに、口を離しました。

唾液がついたままのあなたの手を、手袋をしたままの長谷部が掴んで、頬をすり寄せます。

なにかを堪えるように目を瞑った、長谷部のその表情にどうしようもなく絆されて、あなたは親指でそっと、彼の頬を撫でてあげました。

ゆらゆら、惑うように開かれた長谷部の瞳に、あなたがたったひとこと、はせべ、と彼の名前を呼んだら、長谷部もそれだけで、あなたの気持ちを理解したようです。

頬へと伸ばされた、彼のもう一方の指先はまるで壊れ物を扱うように、そのままあなたを優しく引き寄せます。
手袋越しに触れた、あなたの頬の柔らかさに、長谷部はどうしてか泣きたくなりました。

あまりに切ない顔をするものだから、あなたはこわばった長谷部の手に、擦り寄って、その腕のうちで、憩うようにゆっくりとまばたきをしてみせました。

絡んだままの視線を、とろんと溶かして、長谷部はあなたの唇を見つめます。滲んだ藤色の美しさに見惚れているあいだに、ちゅう、と唇が奪われてしまいました。

あなたを気遣い、うかがうように、くっついては、離れきる前に、またくっついて、ぷにゃりとした感触がどうしようもなくくすぐったくて、あなたは微笑んでしまいます。

それから、大丈夫、と伝えるように、左手も添えて彼の頬をその両の手で包んであげました。

途端、深くなる口付け。

ちゅーっと長谷部の唇を押しつけられて、息苦しさに開いたあなたの唇の隙間から、彼の舌が侵入します。

絡めとられて、ちゅう、と吸い出されたあなたの舌を甘噛みするように長谷部の歯が挟むと、味わうようにねぶって、今度は押し入った長谷部の舌があなたの歯列をなぞりました。

うわずったあなたの息も、否応なしに溢れてしまう唾液も余すことなく舐めとって、長谷部はぜんぶ飲み込んでしまいます。

ちゅぷちゅぷと粘膜が触れ合う音と、くぐもった吐息。

長谷部は震えるあなた睫毛を盗み見て、ああ、このどうしようもない想いを抱いているのは、自分一人きりだけじゃないんだ、とそんな思いがこみ上げて、孤独にあいた胸の隙間が、ぎゅうとあついもので埋められたような気持ちに、たまらなくなりました。

恋、焦がれていた思いが溢れて、思考まで焼き切れてしまったみたいです。

長谷部はもう、考えることを手放して、ただ愛しいばかりのあなたのことだけを、つぶさに、鮮明に、覚えていたいと祈るのでした。



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