「でーきた。」

加州清光は満足そうに笑うと、「じゃー次は服選ぼっか。」そう言って紅を塗ったばかりの爪に触れないよう、優しくあなたの手を引きます。

今日は二人揃ってお休みをもらったので、久しぶりのデートに行く約束をしていました。秋は徐々に深まり、もうすぐ冬になろうという頃。お揃いのマフラーを選ぶのもいいかもしれない、なんて、あなたはこの日を楽しみにしていました。

部屋に設えたウォークインクローゼットの中で、加州は服を選んではあなたに当てて、こっちも捨てがたいよなー、なんて、とても楽しそうです。その姿が可愛くて、あなたはふんわりと頬が緩んでしまいます。

あなたが柔く笑んでいるのに気がつくと、加州もまたくすぐったそうに笑います。

「なーに、可愛い顔して、どしたの?」

服を手放して、とん、と顔を覗き込むように詰められた距離にあなたは驚いて、思わず加州の胸に手をつきそうになりました。
胸の前に広げた手のひらを加州は優しく捕らえると「動かないで。爪紅、せっかく可愛く出来たのに、よれちゃうでしょ。」とあなたを言い含めるように囁きました。

胸の前で合わされるように握られた手。あなたの華奢な指の間に、加州の指が絡まって、よく手入れされた彼の指が綺麗で、あなたはほんのりと見惚れてしまいます。

降りた沈黙の中で、真紅の瞳と視線が交わると「ねえ、…キスしてもいい?」とねだるような問いかけが降ってきます。
キス、と言う言葉に、思わず加州の唇を、それに色っぽく寄り添うほくろに視線が吸い寄せられて、あなたはそれを隠すように頷きました。

美しく弧を描いた加州の唇がちゅ、と軽く触れたと思うとすぐに離れてしまいます。
それが寂しくて、意図せず縋るような色を見せたあなたの視線を読むと、加州は嬉しそうに口角を上げて「なあに、物足りなかった?」なんて、したり顔で、あなたの返事などなくとも再び唇を合わせました。

そうっと詰められた距離に、握られた掌は肩口へ。背中には壁沿いに掛けられた服が触れて、あなたは逃げ場がないことを知ります。いっそう近くで香った、加州の甘いかおりに酔ってしまいそうです。

触れ合った唇をそのまま、すべらせるように角度を変えると加州はあなたの唇を舌先でそっと撫でました。口を開けてと強請るようなそれに誘われて、惑うように開いたあなたの口内にちろりと加州の舌が入ってきます。

加州の薄い舌が、あなたの口のなかをひと舐め。甘えんぼの猫みたいにあなたの舌に擦り寄ってぺとりとくっついて、甘く吸い付きます。
彼の蠱惑的な舌の動きに、上顎をきゅうと押されると、うわずった声があなたの鼻からくうんと溢れて「かわいいね。」と唇に吹きかけられる言葉。

真っ赤になったあなたをちらと見遣った加州は、口付けを深く深くしていきます。それはまるで、翻弄されるあなたのことを、かわいい、いい子と、撫でるみたいに。

気持ちよさそうに閉じられた目蓋の奥で、加州の真っ赤な瞳はワインみたいにくらくら、揺れて、あいしてる、その気持ちだけが香り立つように頭の中をとくとくと満たしていきます。

きれいに整えられた爪があなたの手の甲にやわく、食い込む。

美しくもしっかりと固い加州清光の手のひらに、握り合わされたあなたの手は湿っていて、こちらまで溶け合うように、ぷちゅりとくっついて、赤に彩られたそれは、まるでひとつの蕾みたいに。

色とりどりのクローゼットの中で、二人きり。もうすこしこのままでいたいと囁き合う二人だけが、いっそう赤く熱を帯びて、口付けに酔いしれるのでした。


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