君はひとりだけ


午後の出陣部隊を見送って、ふう、と息をついた名前に声が掛かる。

蜂須賀虎徹と歌仙兼定だ。

「主、おやつはいかがかな?」
「今日はいちご大福だよ。」
「食べるー!わああ、美味しそう。」

ちょうど小腹も減る時間。ゆるりと優しい声で、歌仙と蜂須賀に微笑まれるととても落ち着く。うん、実家のような安心感である。

「僕はお茶を淹れてくるよ。」と歌仙が去って、「ならこちらで食べようか。」と蜂須賀に連れられてやってきたのは縁側。

ちょうど休んでいたらしい加州と陸奥守がこちらに気付いて手を振ってくれる。彼らもまたいちご大福を手にしていて、おやつの時間を満喫していたらしい。加州の膝にはちょこんとこんのすけが乗っかっている。

「主さま、おかえりなさいませ!」
「おー!主!帰ってきとったんか!」
「おつかれさまー。主もおやつ?」
「ただいま。うん、一緒に食べよー!」

加州の隣に腰掛けると、逆の隣に座った蜂須賀がお皿に乗ったいちご大福を渡してくれる。拳ほどもある大福、とても立派である。

「さあ、どうぞ召し上がれ。」
「ありがとう、いただきます。」

はむっと大福にかぶりつくと、もちちと薄皮が破れて、ちゅわりとした苺の果肉に程よい甘さの餡子が口いっぱいに広がる。

「ん〜〜、おいひい!」
「それは良かった。」

もっくもっくと大福を頬張っている名前の横顔を見つめて、蜂須賀はほっとしたように笑った。
彼は時折こうしてお菓子作りに参加するのだが、やはり虎徹の真作として大福ひとつにも妥協を許さぬ性質なのである。

蜂須賀はそっと微笑みながら、名前の口角についた大福の粉を、てぬぐいで拭いてやる。大変お育ちがよろしいということが、佇まいから溢れている。
名前は目をまあるくしつつも、恥ずかしそうにはにかんでお礼を言った。

縁側には桜の花がうらうら揺れて、ささやかなお花見のようである。

ひょこっとこちらを覗き込んだ陸奥守が名前に声を掛ける。

「演練はどーじゃった?こじゃんと友達できたがか?」
「うん、みんないい人たちやったよー!この調子で友達百人目指そうと思う。」
「まっはっは!そりゃあまっこと愉快じゃのう。」
「主は人見知りしなさそうだよね。歌仙と違って。」
「おやおや、加州は僕をお呼びのようだね?」
「…謀ったかのようなタイミングだな。」

加州が歌仙の名前を出したところで、ちょうどお茶を淹れてくれたという歌仙が山姥切とともに顔を覗かせる。
手伝ってくれてありがとうね、と歌仙が山姥切に声を掛けているから、どうやら厨で居合わせたらしい。

盆に乗せられた湯呑みは六つ。初期刀メンバーfeat.こんのすけとのおやつである。

「っわ、びっくりしたー!歌仙、山姥切も、お茶ありがとう。」
「どういたしまして。で、誰が人見知りだって?」
「もー、ごめんって!いいじゃん、いまは慣れたんだからさ。…怒ったの?」
「ふふ、いや?怒ってないよ。」

加州と歌仙のやりとりに、
「彼が怒ってたら加州は今頃手入れ部屋だね。」
とは蜂須賀。
「歌仙は拳で語る男じゃからのう。」
「文系は拳でも語れるのか、恐ろしいな。」
と陸奥守に続いた山姥切。

「なにせ雅を愛するものだからねぇ。」
と悪役さながらの笑みを浮かべた歌仙に
「でたよ雅パンチ。ほんと文系ってなんなの?」
と加州がからかい半分で返す。

いじりいじられるやりとり仲良しかわええ〜とぬーるい視線を送っていた名前だったが、何か思い当たったようだ。

はた!と加州の膝上で寛ぐこんのすけを見遣る。きちんと整え爪紅を塗られた指先で額をなでなでされて、実に心地良さそうである。

「そういえば、見たことない刀剣男士と会って…もともと無人で運営されてた本丸では新刀剣の実装時期が違うんかなーと思ってんけど、うちの本丸はどういう扱いになるん?」

「おや、新たな刀かい?」
「贋作ではないだろうね?」

興味津々といった様子で、歌仙と蜂須賀が身を乗り出す。贋作ではないと思うけど、また違ったベクトルで尖ってるというかすごいドMというかなんというか。名前は言葉を濁した。

名前の言葉を聞いて、ほえー?と寝ぼけ眼のこんのすけだったが、ややあって、とりなすように居ずまいを正す。

「そのことで…主さまにお伝えしておかねばならぬことがありまして…。」
「やっぱり?」
「はい…実を申しますと、本日先程、刀剣男士の顕現を禁ずるというお達しが政府よりございました。なにぶん、イレギュラーな状況ゆえ、許可が降りるまでは今ある刀剣たちの練度を高めることに尽力せよとのことです。」

こんのすけは、しょーんと耳を垂らして言いにくそうに名前へと伝える。聞かれなかったら伝えるのを忘れてそうなタイミングになってしまった。
この本丸のこんのすけは報連相に関してややうっかり気味なのである。

「なんじゃあ、それ。つまらんのう!」
「なんかそんな気はしててんけど、お預けかあ…。」

あからさまに肩を落とした陸奥守と名前に変わって、歌仙が問いかける。

「その許可というのは、いつ降りるんだい?」
「それもはっきりとは申し上げられません…。ただ政府の信頼を得た暁には…とのことです。」
「ほう…?それは、僕たちの主が信頼に足りぬという戯言かな?首を落とそうか。」
「ひえっ!」

「歌仙歌仙!大丈夫やから。まあ、今の状況で、新しい子を連れてくるのもややこしいやろうなーっていうのはなんとなく分かるし…。」

文系ゆえ力任せに首を落とそうとする歌仙を名前が宥めたところで、口を開いたのは意外にも山姥切だった。

「…信頼がないというのなら、勝ち取ればいいんだろ。」
「おっ、山姥切かっこいいこと言うね。俺もさんせー。主がすごい人だよってこと、見せつけちゃえば?こんな濃い奴ら、まとめてるんだからさ。」
「ほうじゃほうじゃ!じきに向こうから頭下げてきよるぜよ!」
「…あはは、みんなありがとう。じゃあとりあえずの目標として、今居るみんなの練度をカンストさせよっかな。」

カンストさせよっかな!っと語尾に星がつきそうな軽やかさで名前が言う。さらっと恐ろしいことをおっしゃいます…とこんのすけは青ざめたが、刀剣たちは臨むところだというように頷いてみせた。やってやるぜよー!の流れである。

さすが政府より初期刀に据えられた顔ぶれとだけあって、目標への推進力がすごい。
彼ら五振りは、主の想いに応えたいという気持ちがとても強い。それぞれに思うところあれど、打刀の中でも根が前向きで素直な性格なので、彼らが居ることで初期の本丸運営が安定するのである。

「時にこんのすけ。」
「は、はい!」
「顕現なしってことは、日課の鍛刀任務は免除ってことでいいんやんな。」
「…は、はい…?おそらくは…。」
「うん。じゃあその分の資材を手入れにまわせるから…一日の出陣を4回にして、土日は休もう。したら、一週間で20回の出陣で、一日あたり2.8回。休みつつ平均のノルマは超えれるよな。」

効率のよくレベリングできる合戦場も先輩審神者方に聞けばよかったなぁ、昼戦三回と夜戦一回でバランス見ながら云々…と思案している名前。

その隣でまだ鍛刀任務免除という確証はないのですが…と言いたげなこんのすけを制するのは五振りの刀剣男士の眼差し。
主になにか文句でも?といった顔である。
加州の微笑んだ顔、陸奥守の疑いない視線、蜂須賀の柔和な表情、山姥切の迷いない眼差しは、まだ可愛いの範疇だ。だが歌仙のにっこりとした満面の笑みは正直こわい。
圧力がすごかった。目は口程にものを言うとはよく言ったものだ。

これだから中間管理職はつらいのである。油揚げがないとやってけない。そんなこんのすけの心労もどこ吹く風で一人と五振りは話を進めている。

「はっちもごめんな、お兄ちゃん連れてくるのまだ先になりそうやし…。」
「!?…お、俺はあんな贋作!会いたいとも思わない!!」
「はいはい、ツンデレごちそうさまー。」
「加州!贋作は嫌いなんだ…!本当によしてくれ!」

蜂須賀虎徹、否定すればするほどながしょね兄ちゃんへの憧れが透けて見えてくるんだから不思議である。

「となると、もし実装されたとしてもオーカネヒラとか貞ちゃんとかもまだ先になるのかぁ。…みんなにも謝らないと。」
「そう気落ちすることもないさ。待っている時間にしか味わえない趣きもある。会えたときの喜びも、ひとしおに育つものだよ。」

「歌仙が主に会うたときみたいなもんぜよ。」
「あの時は泣くほど喜んでいたからね。」
「…洗面所が水浸しだったな。」
「冷やしタオル作ってあげたよね。」

歌仙がんんん、と咳払いして、名前が嬉しそうにはにかむ。

顔を見合わせて笑い合う誰しもが、春の日差しに似つかわしい、優しい眼差しをしている。こんな日が続くのだろうか。…続けばいい。

そんなこんなで審神者名本丸の日々のルーティンが徐々に確立されていく。

朝食後、一回めの出陣。のち遠征と内番を回しつつ、帰還した部隊の報告を受けながら昼食をとり演練、午後に二部隊を出陣させ、夕食、夜戦部隊の出陣。

内番には掃除当番と料理当番も追加して、負担が偏らないよう六人一組で動けるようにシフトも作成する運びである。

かくして、目まぐるしい日常の幕開けと相成った。



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