未知との遭遇



「ただいま。いろんな人と話せて楽しかったー!みんなもおつかれさま。ありがとう。」

演練を終えて、本丸へと戻ってきた名前が部隊に声を掛ける。

「楽しかったですね、主君!僕もお土産話がたくさんできました!兄弟たちに話したいなぁ。」
「おー秋田!たしかお前のにーちゃんたち、国行と同じ畑当番だったよな?一緒に行こうぜ!」

短刀たちの元気は底無しなのか、むしろ演練へ出発する前より活きいきとしている気さえする。秋田藤四郎と愛染国俊は、「では行ってきます!」「またあとでなー!主さん!」と言って駆けていってしまった。機動が高い。

「主さん主さん!俺の活躍、見ててくれた?」
「うん!すごかった!なんかこう、浦島くんが居るとその場がぱっと明るくなるよなぁ。相手の人たちとも仲良くしてくれてありがとう!」
「っへへへー!いつでも頼ってよねー!俺もすっごーく楽しかったしっ!」

「浦島いきいきしてたもんなー。にしても審神者っていろんな奴が居るんだな!なかなか濃い時間だったぜ。」
「獅子王くんもいろいろ気遣いありがとう。疲れてない?」
「おう!大丈夫だ!主も一旦休憩挟めよ、そろそろおやつの気配もするしな!」

浦島虎徹と獅子王が連れ立っておやつの催促してくる!と厨の方へ駆けて行った。すごく眩しい。太陽属性がとどまることを知らない。

二人を見送る名前の背中にでれーんとしなだれかかったのは次郎太刀。幸い体重はかかっていないが、頭の上から間延びした声が落ちてくる。

「アタシはなーんか、一仕事終わってお酒飲みたい気分!主もどうだい?」
「いや、まだいいかなぁ。めっちゃ昼やし。」
「なーんだつれないねえ。さっき別の次郎ちゃんに教わったおつまみ作って飲んでるからさ、飲みたくなったらいつでもおいで。」
「それは美味しそう!飲み過ぎなや〜。」

別本丸の次郎太刀と楽しそうに話していたのはお酒のアテのことだったらしい。
海苔、ちーず、明太子、ちくわ、とうきうき口ずさみながら、長い手を振って歩いていった。

「次郎さん!明太子とたらこを間違えないようにね!…と、鶴さん?なんだかいつもよりおとなしいみたいだけど、どうかしたかい?」

燭台切光忠が、次郎太刀の背によくとおる声を投げかけながら、なにやら覇気のない鶴丸国永を気遣う。

「いや…驚ききれなかったが故の自己嫌悪ってやつだ。」
「ああ。最後の彼、なんだかすごかったもんね。」
「むしろなぜ君らは通常運転なんだ。」
「ははは。まあ、趣味は人それぞれだから。」

最後の彼、は確かにすごかった。
名前とてあんなオープンドMを間近で見たのは初めてだった。でもなんというか、オープン過ぎて最終的にはいっそ清々しくも思えてしまったのである。

はじめての演練は、獅子王も言っていた通りとても濃い時間だった。
記憶を辿る。すこし時間を巻き戻そう。

まず名前が驚いたのは、演練では刀剣たちは傷つかないということだ。

ゲームの方の演練の描写では、ざしゅっとかいう戦闘そのもののSEでもって互いに『重症』なんてなるものだから、てっきり斬ったり斬られたり(にっかり)して傷ついたあと政府によって手入れされるのだとばかり思っていた。

ところが実際は集団手合わせと言った感じで、刀を交わすことあれど本気で斬りつけ合うことはなかった。
互いに陣形を組んでぶつかり、その時に有効な攻め口の判断や立ち回りを実戦さながらに行うというものだった。

勝ち負けの判定は、AIによって戦況の優勢劣勢の判断がされて、それに基づいて決まるようだ。だからこそ、同程度の練度の者たちがマッチングされるのだろう。

この演練のやり方はどうやら無人本丸同士の頃から同じらしく、名前の部隊のみんなが相手にいきなり斬りかかるなんてことはなかった。自分だけ思ってたのと違う(よかった)と湯呑みを握り締めながら、ゲームでの演出は戦闘シーンの使い回しだったのか、と運営の怠慢を感じた。

一戦終えるごとに、演練部隊の刀剣たちは互いの審神者がいるあのロビーに転送され、そこで交流が行われる。
先の演練での戦術に関して意見を言い合ったり、互いの本丸の兄弟の話をしたり、晩ごはんのレシピの相談をしたりと、話の内容は様々で、皆楽しそうだった。

「不思議な組み合わせの部隊ですね。」
と首を傾げる沙和さんに、
「コミュ力の練度で編成しました!」と意気揚々と返事して笑いを取り、名前は拳を握った。
互いに本丸の連絡先となる、通信IDを交換して、二人と彼らの部隊がまたも空間の奥へと消えていくのを見送った。

見送った、と思ったら、またもりりりりという鈴の音が聞こえて名前と鶴丸は顔を見合わせた。

案の定というべきか、次の演練相手である審神者と近侍が現れて、それを計五回繰り返して本丸に帰還した。初対面の人×5だ。人見知りの歌仙なら赤疲労待ったなしの、一晩置いたシチューみたいな時間となる。

問題無く、五つの本丸との演練を終えた名前。
そう。問題は、無かったのだが。
それよりもめちゃくちゃびっくりしたことが、ひとつあった。

見たこともない刀剣男士が居たのである。

齢7歳だというツンデレ少女審神者の小夏ちゃんと共に現れたその男士は、亀甲貞宗といった。

この時の名前の心境を代弁させていただくと、えっ…チラ見せなし???である。審神者にはこんなちっちゃい女の子も居るのか…という最初に抱いた所感を吹き飛ばした新刀剣の衝力。
眼鏡!!明石に続く眼鏡男士である。突然の全身公開はほんと心臓に良くないのでやめてほしい。

名前はアンチネタバレ勢ではないものの、心の準備が必要なタイプだ。

頼むから本人と会わせる前に紋とか見切れた思わせぶりな位置をドアップで写したブロマイドをテレポーテーションさせてくれないかと願った。
もちろんそんな名前の願いが届く事はない。

どうやら時の政府は、そこまで考慮してらんねえからガンガン行こうぜという姿勢であるらしかった。ドリンクバーの年代合わせるよりもこのへんの情報統制に力を入れてほしいですって署名集めたい。

ひえ〜〜〜と刀剣乱舞箱推し審神者の名前が頭から湯気を出している傍で、驚きを得た鶴丸国永はまさしく水を得た魚のように活き活きとしていた。

「亀甲貞宗さん、初めてみました…。」
名前が、小夏と名乗った少女審神者に尋ねたところ、彼女はずいぶん大人びた様子で「まあ、実装されたばかりだし、持ってる審神者はそんなに多くないかな。」と答える。ふふん、と得意げな様子はなんだか微笑ましい。

普通に『実装』って言ってたことからして、顕現される新刀剣は有人本丸でまず試験的に運用開始になるようだ。

それで問題が無ければ無人システムでも顕現可能になるのかな…なんて考えつつ、名前が小夏にソファを勧めると、亀甲貞宗がしゅたっとソファに横付けするように空気椅子をした。

やにわに時間が止まる。

「えっ?」
「こりゃすごいな一発芸か!?」
「さあご主人様!!僕のお膝にすわ「らないから。」ああっ!…くっ、はあ、っはあ…!さすがはご主人様だ…!」
「えっ……え?」
「…こりゃあ…すごい…な…?」

空気椅子の状態から膝を着いて天を仰いだ亀甲貞宗は、眼鏡を抑えて頬を上気させ、ハアハアと息を荒げている。
戸惑いを隠しきれない名前と鶴丸に対して、なんでもない様子で小夏が声をかける。
「ああ、無視して大丈夫だから。」
「その冷たい視線……ったまらない!」
シルエットとかチラ見せとか言ってる場合じゃない。個性の放出がハイドロポンプ並みである。

亀甲貞宗の挙動は斜め上すぎて、その対応力に定評のある鶴丸国永の驚きスキルさえ軽く凌駕していた。

一歩引いた鶴丸が、ちょん、と名前の袖を握って引き寄せる。未知との遭遇にびびる鶴丸国永、とんだレアケもあったものである。その人あなたの身内のお兄ちゃんなんですよ、という情報はきっとまだ受け入れられないだろう。

亀甲って…かの有名な縛りと掛けてるってことなのか?名前の中で点がつながりはじめる、連想ゲームにも等しかった。そして立てられた仮説。…えっ、亀甲って名前だから亀甲縛りしててもおかしくない感じの付喪神ってことなのか??だからドM??

打刀における個性の殴り合いはもはや壮絶な異種格闘技戦と化している。
こりゃ試験運用要りますわ。名前は息を飲んだ。ほんと、先輩審神者には頭が上がらない。

小夏ちゃん、いや、小夏先輩は丁寧に亀甲貞宗がドロップするという江戸時代の遡行軍討伐おすすめ巡回部隊まで教えてくれて、最後には「まあ、わからないことがあれば教えてあげても良いけど。」と、つっけんどんな態度で連絡先を交換してくれた。なんやかんやいい子である。「ああっ!…放置プレイだね!ついには視界にも入れてくれな…「いろいろありがとう!頼りにします小夏先輩!」と手を握った名前に「ふ……変なの。」と言って笑った顔には、ようやく子供らしいあどけなさが見えた。「ああっ!僕を差し置いて見ず知らずの他人に微笑むなんて!……っイイ!!」

彼女の近侍である亀甲貞宗さんは一貫して放置されていたけど、本人はすごく嬉しそうだったのでなんかもういいやって感じだった。

こうして怒涛の演練は完了し、冒頭の台詞に戻る。

毎日これがあるのかと思ったらさすがの名前も震えた。武者震いということにしておきたい。

「いやいや光坊、人それぞれって言ってもなあ…。」

鶴丸国永は名前を見る。

「…ん?」

鶴丸は、亀甲貞宗がこの本丸に顕現してアクセル全開で名前に絡んでいくのを想像した。どう制したものか。対応に困るし、名前の教育にもよろしくない。

もちろん名前とていい大人であるから多少のスルースキルは身につけているし、この本丸にいつぞや顕現する亀甲貞宗は表向き常識ある立ち居振る舞いをすることで自分を高める玄人ドMであったため、鶴丸の杞憂に終わるのだが。
…それはまだまだ先の話だ。

「…いや、少々風呂に浸かってくる。」
「んー?いってらっしゃい。」

首を傾げる名前の隣で、光忠が可笑しそうに言った。

「ふふ、鶴さんって意外とピュアだよね。」
「たしかに。」

それから午後の出陣部隊を組んで、出陣先を選ぶ。時刻は15時を回る頃だ。

一日はあっという間に過ぎ去っていく。



前のページ/次のページ


表紙に戻る
一番最初に戻る
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -