日だまりに消える

出陣部隊と同じ机でオムライスを食べながら、報告を受けた。
刀装もほとんど壊れることなく、練度80オーバーの彼らにとってはかなり軽い出陣だったようで、同田貫に至っては物足りなそうにしていた。

出陣先と部隊構成にはじまり、刀装損壊状況、部隊員の怪我や疲労状態を記入していく。記入先は例の端末。テンプレートに付属のペンで書くだけなので、なんと楽なこと。

食後のコーヒーをお供に、膝に乗っかってきた五虎退の虎を撫でながらの片手間で完了してしまった。
さすが、ながら作業ができてこその刀剣乱舞である。

次なる審神者チュートリアルは演練だ。

こんのすけの話によると、演練場へは付き添いの刀を一振り伴って、審神者自ら赴くらしい。

ランチタイムを終えて、人もまばらになりつつある広間で、「誰を付き添いにするか?」という話題が出た。
とたんに俺が僕が私がと、立候補者が多数の騒ぎになったが、名前が思うダチョウ倶楽部のお約束のように、「どうぞどうぞ。」とはならなかった。

誰も一歩も譲らぬ中で、厳正なるあみだくじの結果選ばれたのがこの刀。

「やはり俺か。演練場にはどんな驚きが待ち構えているのか楽しみだな!主、きみは大舟に乗ったつもりでいてくれ。」

リアルラック高すぎ刀剣、鶴丸国永である。

有人本丸と無人本丸では、それぞれ別に演練相手のマッチングが行われるため、他本丸の審神者と会うのもこれが初めてだ。
鶴丸国永はまだ見ぬ演練会場にわくわくと胸を高鳴らせている。

また、付き添いの刀剣とは別に、演練に参加するための部隊を組んでおく必要があるらしい。

初めての演練である。部隊構成はコミュ力最優先で決めた。
浦島虎徹、獅子王、愛染国俊、秋田藤四郎、燭台切光忠、次郎太刀だ。

「よし、これで準備は大丈夫?あっ、服装とかもこれでいいんかな?正装とかある?」
「普段の服で問題ございません。ジャージで来られる審神者さまもおられるくらいですので…。」

名前の疑問に答えたのは政府に解雇されこの本丸で働く運びとなったこんじろう君だ。こんのすけとの差別化のために、色変えの術でしれっと黒色になっててびっくりした。彼は有人本丸のあれこれにも詳しい。

「ジャージ…。」
いいなあ。と名前は思いかけた。

昨日は着物に袴だったが、本日は清光プロデュースのもと、濃紺の可愛いらしいシルエットをしたシャツワンピースを着ている。
さすが、可愛さへの探求怠らぬ加州清光の見立てだけあって、シンプルな服装ながら髪留めやアクセサリー、靴までバランスよくコーディネートされており、派手でもなく暗くもなくノーブルにまとまっている。今風でありながらお育ちの良さを感じさせる、お手本のようなワンピーススタイルである。すごい。

ジャージ…魅力的な言葉だ。名前が、おしゃれするも人並みに好きだけれど、楽な格好も好きなんだよなあ。と、ジャージに思い馳せていたところで、はた、光忠と目が合う。

「今日の洋服も君によく似合ってるね。ふふ、可愛い。」
「あー、あはは、うん。ありがとう。」

人好きのするそれはそれは素敵な笑みでもって、にっこり笑いかけられる。する、と耳にかかるゆるいおくれげを指の背で撫でる仕草は、どう考えても百戦錬磨のそれだった。
名前は思う。みっちゃんならバチェラーなれそう。バチェラー知らんけど、と。

名前は空気を読めないほうじゃあない。
それに、こんな風に褒めらるのはやっぱり素直に嬉しくて、見た目の気も抜けそうにない。どうやらジャージはしばらくお預けのようだ。

「よし、それじゃあ主が光坊に口説き落とされる前にいくとするか。」
「鶴さん…!そんなんじゃ…!」
「ははは!わかってるわかってる。冗談だ。」
「はあ。もう、鶴さんたら。…僕らは演練で使う合戦場からの合流になるみたいだから、それまで主と、二人っきり、で、ゆっくり、過ごすといいよ。」

二人っきり、とゆっくり、をいやにはっきり言われる。光忠だって、揶揄われてばかりのみつ坊ではない。たまにはお返しも必要だ。

「はは!そうさせてもらうか。ありがとな。」

反撃もなんのその。へらりと笑って答えていた鶴丸が、ふと真面目な顔になってこんのすけのもとへしゃがみ込む。

「しかし、二人での出発か…大外の門から行くのかい?」
「いえ、ご心配なく。こちらへついて来てください。」

先日のあれは政府の暴走だったとはいえ、本丸の敷地内にも敵が現れる可能性がある以上、名前を危険に晒しかねない。
警戒心をあらわにした鶴丸国永に対し、こんのすけとこんじろうはしゃんと胸を張る。

「それじゃあいってきます!」

皆の見送りを受けながら、こんのすけとこんじろうに付き従い、名前と鶴丸は歩いて行く。

「はー、審神者ってどんな人たちなんやろう。仲良くなれるかなぁ。」
「きみならだーいじょうぶだ。いざとなれば俺がすべらない話でもしてやろう。」
「へえ、国永鶴丸のすべらない話?」
「ああ。俺はツルでもそうそうすべらないぜ。」
「駄洒落やん。…っふふ。」

そうこうしながらこんのすけが案内してくれた先は、本丸の裏手に広がる畑の向こう。
畑当番がよく休憩に使っている腰掛け岩を横目に少し歩いたところに、人の手が加えられた形跡のない木立ちがあった。

見上げるほどの大きな木々が枝葉を茂らせているが、一本一本が広い間隔で生えているため鬱蒼とはしておらず、広く明るい陽だまりがうららかに落ちている。

「鎮守の森か?」
「はい。この奥の御神木を利用し、ゲートを開きます。」
「ほう、裏口ってわけだな。」
「…なんで裏口?」
「大門まで移動するリスク回避という点もございますが、政府から提供される霊力によって時空間移動を行う大門と違い、こちらの御神木には主さまと同じ霊力が流れております。それゆえ、お体への負担も少ないかと。」

「…………へぇー。なるほど??」
「きみって結構適当だよなあ。」

よくわからんけど、とりあえずわかったと返事をしたのをしっかり見抜かれている。しかしわからないことだらけなので、いちいち突っ込んでたら喉もボキャブラリーも保たない。なので名前はこんじろうの色変えの仕組みも思考停止でスルーだ。まず管狐という存在からして深く考えていられない。

こんのすけとこんじろうは名前たちに向き直ると、小道の両端にぺたりと座る。その様は狛犬のようにも見えた。そして、振り返るようにして木立ちの中へ続く道に視線を投げかける。

「ここから先へはお二人でお進みください。入り口は見れば分かるようになっておりますので。」
「ああわかった。見送りありがとな。」
「うん、ふたりともありがとう。じゃあ行ってきます。」
「ええ、いってらっしゃいませ。」
「お戻りをお待ちしております。」

森の中へ足を踏み出すと、ひんやりとした風が肌を撫でる。木立ちの中の空気は、まるで打ち水をしたあとのように静かに澄んでいて、息をすると、体の中が洗われるようだった。

厚みの違う木漏れ日が、幾重にも折り重なるベールのように差し込んでいる。木々は高く、粛々と立ち並んでおり、名前はまるで自分たちが海底の小魚にでもなったように思えて、心細くなった。

名前が隣を歩く鶴丸を見上げると、どうやら表情だけで不安を察してくれたらしい。

「ふ、いよいよ静かで逢瀬らしくなってきたな!手でも繋いでおくか。」

静けさの重みはどこへやら。からりと笑って差し出される手。

「逢瀬ではないけど…。」
「手は繋いでくれるんだな?…もしかしてきみ、怖がりか?」
「こわいっていうか…なんか静かすぎて。」
「ああ、確かに。」

言いながら、上を見上げてふ、と鶴丸は黙ってしまう。

聞こえるのは、穏やかな風によって僅かに擦れる葉音。それから、ざ、ざ、と草根を踏みしめて歩く二人の足音だけだ。

静かだ。とてもとても大きなものにすっぽり覆い隠されてしまったようにさえ思える。

名前は繋がれた右手をきゅっと握り直した。

「……。」
「…………。」

「……………わっ!!!!」
「ひゃあっ!」
「ははは!驚いたか!」

まさに不意打ち。

沈黙を破ったのはもちろん鶴丸国永である。予想できた展開だったのに、すっかり油断していた…!まんまと驚かされてしまった名前は悔しそうだ。

「あーもう!びっくりするやん!やめてー!」
「はっはっは!こりゃあ夏が楽しみだな!」

「…夏ってなんで?」
「やるだろう?肝試しだ。」
「え!ぜっっったいいやや!」
「だーいじょうぶだ。この本丸できみを驚かそうってやつは俺ぐらいだからな。」

なにがどう大丈夫なのか名前にはさっぱり分からなかったが、鶴丸は言いながら、繋いだ手を楽しそうに揺らしている。

名前が、む、と不満を滲ませた抗議の眼差しで見つめると、にひ、と笑い返される。
愉快そうに細められた金色の瞳はどことなく得意げで、それは悪戯に成功した子どもみたいな笑顔だ。

鶴丸の無邪気な表情に、名前の毒気はすっかり抜かれてしまう。もう、ずるいよなぁ、と釣られて笑ってしまった。

知らぬ間に、彼女を萎縮させていた静けさは霧散して、足取りにはまるでただの散歩のような軽さが戻る。
明るくなった名前の表情を横目に、鶴丸はやはり愉快そうだ。

「お、見えたぜ、あれが裏口だ。」

鶴丸の視線を追った先に、注連縄が巻かれた二本の樹があった。

幹は名前が抱きついても腕が回りきらないぐらい太く、高さは4メートルほどもある大木だ。力強く隆々と伸びた枝からは、過ぎ去った幾年分もの時間が脈々と渦巻いて流れる音さえ聞こえそうなほど。

注連縄は二本の大木を繋ぐように巻かれていて、さながら大きな鳥居のようにもみえる。
これはいかにも、時空、超えそう。

「黐の木だな。」
「もちのき…。」

対になって生えた黐の木のむこうには、これもまた立派な桜の木がこちらを見下ろしている。
静かで厳かな雰囲気は、まるで神社の中のようだ。名前はしばし、ほうと息を吐いてこれらの木々を見上げた。
木は囁くように枝葉を揺らし、桜の花弁がはらはらと、差し込む光をすべるように降りてくる。見惚れてしまうくらい、美しい光景だ。

「この木に充てられた言葉は"時の流れ"だそうだ。」
「…言葉って、花言葉みたいなこと?」

「ああ。言い得て妙というか…。元々この木にそんな力があったのか、はたまた人々の言葉がこの木をそうさせたのか。面白いだろう?」
「そうなんや…不思議やなぁ。」

まあ歌仙の受け売りなんだが。と鶴丸もまた木々を見上げながら言う。

どのくらいそうしていただろう。

ざあ、とひときわ強い風が吹いて、注連縄から垂れた紙の垂を揺らし、桜の花弁が吹き込んでくる。

「…さて、そろそろ行くかい?」
「これくぐるだけ?」

名前の問いかけに、鶴丸が頷いてみせる。
繋いだ手をそっと引かれて、ゆっくりと歩み出す。

どこでもドアみたい、と名前は静かに胸が高鳴る。iPadでできる出陣と報告書とのギャップよ。断然こっちのほうがかっこいい。

これまで、謎原理のできごとを思考停止で流し続けてきた名前だったが、"時の流れ"を司る木の間をくぐり、どこか遠くへ向かうこと。
その物語的なおもしろさに、一瞬、これは現実じゃないのかも知れない、とさえ思った。

歩を進める。
桜の木から強く吹いた、一陣の風とすれ違う。

そしてまばたきひとつの間に、名前と鶴丸国永、二人の後ろ姿は森の中から跡形もなく消えてしまった。

桜の花弁だけが境界をいとわず、眠たげな木漏れ日と踊るように、はらはらと降り続けている。


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