人生には驚きが必要だ。そうだろう?

ある日、近侍を務めた鶴丸国永は思案していた。
あぐらをかいた膝の上に頬杖をついて、じっと不満げに審神者の現し身を見据えている。

「なあきみ、退屈じゃあないか?」
もちろん答えは返らない。
「俺は退屈だぜ…。」
きみと話せたならどんなにいいだろう。

鶴丸国永は人の身を得て、それはそれは幸せだった。自分の思い通りに動かせる身体があること。この上ない自由。
旧知の刀はもちろん、この本丸には50振りほども刀剣男士がいる。鶴丸は本丸にいるあいだじゅう、その身の自由を謳歌している。ようだった。

よく笑い、よく食べ、よく遊ぶ。
いつだってその生を楽しんでいるような彼の心に、ひと匙の憂いが潜んでいるなど、ここにいる刀剣の誰一人として考えもしなかった。

鶴丸の憂い。
それはひとえにこの動かぬ主のことだった。

もうあの頃とは違う。
鶴丸はもう自分の思うまま、好きなところに行けるし、なににも囚われないし、誰かに奪われることもない。
思うままに動く身体があるその喜びを、誰よりも感じている彼だからこそ、願わずにはいられなかった。
ここに、主が居たらいいのに。主と言葉を交わし、心通わせることができるなら、これ以上のことはない。

皮肉なもんだな。
こうして人の身を得たと思ったら、今度は主がモノになってしまうとは。
いつだって、いつまでも、付喪神と人は相見えることができないのか。

道理、宿命。
だがどうも納得できないのは何故だ?

他ならぬ主は居る。
この傀儡の向こう、時の隔たりの向こう。それを超えて、俺を振るっているんだろう?

鶴丸は問う。
道理?宿命?はたしてそうだろうか?

…いや、違う。
いま置かれているこの状況は、時の政府…その囲いのなかで定められた、主と刀剣の関係性に甘んじているにすぎない。
道理や宿命なんて大それたものじゃあない、ただ勝手な人の都合だ。

そんなのに縛られてやる義理はない。

戦のために、人の身を与えられたとしても、その身には心もまた宿る。
それは誤算だったろうか?
どうあがいても、誰にも心は縛れない、操れない。そのことを人はついぞ忘れてしまうのだ。

「予想しうる出来事だけじゃ、心が先に死んでゆく。」
心が無ければ、身体があったって死んだも同じ。逆もまた然り。心あれど、身体が無ければ存在しないも同じ。

心を殺してしまわぬように、楽しみの種を蒔いて、退屈と戦い続けるのだ。

鶴丸はふっと笑む。
頬杖をといて、己の両手を翳して見やった。

この身体はなんのためにある?
そんなのは簡単だ。
もうとっくに答えは出ている。

「俺は、きみの驚いた顔が見たい。」
喜んだ顔も、怒った顔も、泣き笑いするところもなにもかもを知りたい。
本当の声を聞いて、君はどう思うんだ?言葉を交わしたい。
同じ景色を見て、同じご飯を食べて、俺ときみとの違いを知りたい。

主、俺はようやく自由になったんだ。
だから主も、そんなところに座ってないで、こちらへ来てはくれないか。



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