ただいまが聞きたくて


「おかえりなさい!えーっと…ごはんにする?お風呂にする?…そ、それともあるじ?」

平和と書いたハリセンでぱかんと殴られたような静寂が玄関先を満たした。

立ち尽くす六振り。
白目をむきそうな名前。

廊下の角の向こう側には、ばっちりだよ主さん…!と拳を握る乱藤四郎と、かがみ込み、床をだんだん叩いている長谷部。お前ら…!そこは主を選ぶところだろう!だが主を選ぶなど許さん…!という矛盾だらけの葛藤に苛まれている。

どうしてこうなった。

時を遡ること15分前。鍛刀を終えた名前に一期一振から「敵の殲滅が完了しましたので、これより帰還致します。負傷者はおりませんので、ご安心を。」と連絡が入った後のこと。

しからばおつかれさま!って出迎えよう!と息巻く名前の元へやってきたのは乱藤四郎。「主さん、お出迎えなら僕に任せてよ!」とあれよあれよという間に始まったのが新婚三択の演技指導だった。

「み、みだれちゃん、こういうのは私のキャラじゃないというか、可愛い子の専売特許で…!」と名前は言ったものの、「どうして?主さん可愛いから、みんな喜ぶよ!それに…ぼくが見たいなあって。…だめ?」と小首を傾げられて一撃で戦線崩壊した。

乱藤四郎、かわいさの衝力で3スロ刀装も吹き飛ぶ会心の一撃。名前に勝ち目はなかったのだ。

かくして冒頭の台詞に戻る。

六振りの「…は??」といわんばかりの視線が名前に突き刺さる。痛い、痛すぎる。
むしろエプロンまで着用して、こんな台詞を言ってる自分が痛かった。こころの中のツッコミが、びしばし羞恥心をしばきまわしている。

はたと目が合ってしまった山姥切国広には、むんずと口をひき結んだまま、フードを被り直して視線を外されてしまった。
ほらあ!まんばちゃんとかめっちゃ引いてる!と無傷で帰還した部隊とは裏腹に名前の精神はもはや重傷状態である。

山姥切国広はフードの下でもにょもにょと、自問していた。これは誰かの差金か?俺にどうしろというのだ。と気恥ずかしさに真顔を保っていられない。

ありあまる間に、名前はいよいよ耐えきれなくなる。
「というのは冗談で…、」と言いかけたところにぽすんと衝撃。

「俺は主さんにしまーーす!」
ぎゅうーっと鯰尾藤四郎が、名前を抱き竦める。

こうして主が出迎えてくれる日がくるなんて、思ってもみなかった、皆にとってそれは思うことさえ叶わぬような、絵空事だったのだ。
それゆえ平和ハリセンでぱっかーんと思考が飛ばされたのだが、鯰尾が動き、残りの五振りもようやっと状況が掴めてきた。時計の針が動き出す。時空間異常かと思った。

「こ、こら鯰尾、主にご迷惑をお掛けしては…!」
「えー?でもご飯より風呂より、俺は主さんなんで!……なーんて。へへっ、ただいま戻りました。お出迎えありがとうございます!」

鯰尾を止めにかかった一期一振だったが、頬が赤らんでいる。
乱の考えたお出迎え作戦は、どうやら彼の長兄に最も効果ばつぐんだったようだ。兄弟を大事にしている兄気質の彼には家庭的なアプローチが効果的!と何かの雑誌に書いてそうである。新婚三択が家庭的かは微妙なところだが。

廊下の向こうでは、乱がしゃっとガッツポーズする。地団駄を踏みそうな勢いだった長谷部は、小判管理のことで呼びにきた博多にちょうどよく回収されていった。
粟田口の無意識連携すごい。

そんなこんなで乱が見守る中、鯰尾による抱擁からそっと開放された名前が、とりなすように言う。

「ああうん、えーっと、おかえりなさい。みんなも、怪我してないみたいでよかった。」

鯰尾、一期、山姥切、大倶利伽羅、同田貫、御手杵…と、順に視線を交わしながら、名前がほうと頷く。
その瞳には柔らかな安堵がにじんでいて、その眼差しだけで、刀剣たちには名前が自分たちの身を案じてくれていたことが伝わった。毛布のような暖かさで、大切にされている。

おかえり、という言葉はくすぐったいほどやらかくて、戦場での緊張がじんわりと溶けていく。

「はあ、俺は風呂に行ってくる。」

口火を切った大倶利伽羅は呆れたような声色で言うと、靴を脱ぎ揃え、玄関をあがる。
あがったところで、大倶利伽羅の目線が、名前のそれを追い抜いて、彼女は自然に大倶利伽羅を見上げる格好となる。

「…ただいま。」

視線を合わせてしばし、それから存外に優しい声で言われた。
馴れ合わなくとも根はきちんとした子なので、挨拶はちゃんとする。

「お、おかえり!」
「….ふん。」

鼻で笑いながらすれ違い様、名前の頭をぽんと撫ぜて去っていく。
あたかも妹のような扱いである。
名前としては、思春期真っ盛り?の大倶利伽羅に子ども扱いされるとは、心中複雑だ。
だがそのおかげで黒歴史ともなりかねないさっきのきゃぴついたお出迎えが、ちょっとした悪戯のように思えてきた。
結果オーライだと思いたい。

「ははは!俺もただいまー。」
「ああ、ただいま。」
「うん、おかえり。」

御手杵と同田貫が続く。

「俺は飯ーと言いたいところだけどなあ、汚れてるからなー。」
「先に風呂だろ、飯は逃げねえ。」
「了解!じゃあお風呂入ってる間に、ごはんの準備仕上げとく!」
「おう、ありがとな。」

同田貫を追うように歩き出しながら、御手杵が「主はいい奥さんになりそうだよなー。」とか言うものだから、名前は、はっ!?となって思わず振り向いてしまった。

御手杵は他意無く、からっと笑うとまた後でなーと手を振ってくれる。溢れんばかりのいい奴オーラ。歩いていく背中が醸し出す、恋に発展しそうでなかなかしない鈍感な幼馴染み感よ。
名前は思いもよらぬ褒め言葉に照れてしまって、フードがあったら被りたい衝動に襲われた。まんばちゃんの布に潜りたい。

「でっ、では私たちも、湯あみに行ってまいります。」
「えー?いち兄も主さん選ばなくていいんですかあ?」

どぎまぎを隠し切れていない一期一振を鯰尾がからかうように笑う。

「鯰尾!少しは遠慮を…。」
「遠慮…ってことは、ほんとは主さんを選びたいんですよね!主さん!いち兄にも熱いのお願いします!」
「えっ、え!?」

鯰尾が名前の背をぐっと押して、一期一振の元へ。たたらを踏んでぽすり、しっかりと抱きとめられて戸惑う。
熱いのってなんだ!?ハグのこと!?と少々焦りながらも、名前が背中に腕を回すと、ぎゅう、と大きな手のひらでの抱擁が強まった。

ため息をつくように、一期一振から声がこぼれる。抱きしめられた耳元で、くぐもって聞こえるそれは、張り詰めた糸がたわむように。

「….ただいま、戻りました。」

ひとつ深呼吸があって、一期一振は名前からそっと腕を離して微笑んだ。高貴さ溢るる爽やかなロイヤルスマイルである。ロイヤルすぎて国家うまれそう。

なんだかすっきりしたような表情の一期に、名前はすこし役に立てたような気がして嬉しかった。

「うん、おかえりなさい。お疲れさま。」
「ふふ、ありがとうございます。では参りましょうか、鯰尾。」
「へへ、よかったですねえいち兄?…では主さん、また後ほどー!」

結局ハグして満足気な一期一振は鯰尾を連れて、お風呂場へ向かう。いつもの颯爽とした足取りは、兄弟にしか分からない程度にほんの少しだけ軽やかに弾んでいる。

二人に手を振り返して、みんな出陣から帰ると先にお風呂に入りたいんやなあ、と思いつつ、名前が山姥切に向き直る。

「…俺も。」
言いながら、靴を脱いで玄関をあがる山姥切国広。

名前は横にずれて、まんばちゃんもお風呂かと頷いた。着替えも脱衣場に用意してるよと言いかけて、思わぬ距離の近さに、首を傾げる。

名前が一歩退いた距離をむんずと詰めて、山姥切がそばに寄る。

「…ん?」
「……。」

布のせいで表情がよく見えず、てっきり風呂だと思って意図が分からないでいる名前。

真一門に閉じられた口。
空いた距離をさらにもう一歩詰められて、目深にかぶったフードの中、ほんのり桃色に染まった頬が見えたときに、ようやく察した。

「えっ!?そっち!?」
「…何がだ。」
「いや、なんでもない…けど、も。」

ぐいぐい近づいてくる山姥切。棒立ちのまま、ぴとり。とうとう名前にくっついた。

まさか、まさかまんばちゃんがハグを選んでくれるとは…!!名前は謎の感動に包まれる。
不器用な可愛さに、勝手ににやける顔を隠すように、山姥切をぎゅうっと抱きしめた。

「…ただいま。」
「ふふ。うん、おかえり。」

ぽそりと所在なさげにこぼれた声に、名前もまた答える。

山姥切の腕が背中に回ることはなかったが、こめかみのあたりにこつりと額がすり寄せられる。
目にかかった前髪の向こうで、山姥切国広は安らいだようにまなじりを緩め、ゆっくりとまばたきをした。

「……。」
「……………。」

しばしの沈黙。

いいいいいつまでこうしてたらいいんだろう?まんばちゃんなんか話してよう!と名前の集中力が切れかけた頃。
ふっ、とすぐ近くで山姥切が笑みを溢す音。

思わず顔を見上げて、名前は息が止まりそうになった。

宝石のようなエメラルドの瞳は優しげに、それは水飴みたいに溶けて、ゆるく細められており、白磁のような肌には薄桃色がさしていて、うるりとした唇は柔らかな弧を描いている。

これが…ほほ笑みの…爆弾…。

名前の思考がレイガンをぶっ放しそうになったところで、山姥切がすっと離れた。

「…俺も風呂に行ってくる。」
「あ、うん…!どうぞどうぞ!」

抱擁を解いて、自由になった両手を名前はどうしてか持て余してしまい、後ろ手に握りしめた。まんばちゃんの意外な要求に、いまさら驚いて手汗が出てくる。

焦る名前の心中を見透かしたように、山姥切が目を細めた。

「…ここにはなんでも本気にするような奴が多い。あんたもこれに懲りたらあんまり妙なマネはしないことだな。」
「あー、うん、たしかにびっくりした…けど。」

「…なんだ。」
「けど、いやじゃないから、こんなんで良ければ、いつでもいいよ!」

少しでも彼らの気持ちがほぐれるのならば、少しでも、さっきみたいに微笑んでもらえるのならと名前が言う。嫌じゃなかったらだけど、ととりなすような笑顔で、少し、気恥ずかしそうに。

山姥切は面食らったように名前を見返して、やがて口のはじっこで、ふんわりと笑った。

「そうか。」
それだけ言って、ふわりと布を翻し、歩いて行ってしまった。

皆が去ったのを見届けて、乱藤四郎が名前のもとに駆け寄ってくる。

「わー!山姥切さんって、意外と積極的なんだね…!」
「いやあ、まさかお風呂に勝てるとは。ちょっとびっくりした。」
「ね?ぼくの言うとおり、みんな嬉しそうだったでしょ?」
「あはは、うん。すごいなぁ、さすが乱ちゃん。」

出迎えた名前まで、ほんわりと嬉しい気持ちになっているのだから不思議だ。スキンシップの力、恐るべし。

「じゃあ主さん、ぼくにもご褒美ちょうだい?」

こてんと首を傾げて、両手を広げる乱藤四郎。忖度抜きでめちゃんこ可愛い。
名前はきゃー!とドルオタさながらのハイテンションでぎゅうっと彼を抱きしめた。

下ごしらえのすすむ厨からは、お昼ごはんのいい匂いが漂いはじめている。
本日のメニューはオムライスだ。
短刀たちにねだられて、ケチャップで名前を書いてまわるのは、また別のお話。


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