過去は雄弁


さあいよいよこちらに来てから初めての出陣である。
名前が今回の出陣に選出したのは練度80〜90台の未カンストの刀剣。

部隊長は一期一振。部隊の編成は山姥切国広、同田貫正国、大倶利伽羅、鯰尾藤四郎、御手杵、だ。

名前が選んだ任務は、出現する時間遡行軍をただただ倒すだけのシンプルなもの。

ベテラン審神者になると、潜入調査が必要な任務など、複雑なものを請け負うこともあるらしいが、それはまだ先でいいだろうと判断した。

なにせこちらで指揮を執るのは初めてだ。
出陣というものに慣れたかったので、彼女はクダギツネに「脳筋でも大丈夫なやつがいい。」と耳打ちした。隣で歌仙がうんうんと頷いている。さすが力押しの文系名刀。初期刀が審神者に似るのか、はたまた審神者が無意識に自分と似た初期刀を選んでいるのか。

そうして選択された今回の任務の概要はと言うと、現れる時間遡行軍を撃退せよ。というシンプルなもの。なんでも、現れる時間と場所がピンポイントに特定されており、敵が時空間移動で現れた特異点を、そのまま叩くという単純明快なお仕事である。

「はあ、どきどきする…。危なくなったらすぐ帰還してもらうから、そのつもりでおってな…。」

先日の襲撃のときは無我夢中だったから、緊張する暇なんてなかったけれど、いざこちらから仕掛けるとなると気持ちが違う。
じんわりと汗の滲む手のひらをきゅうと握りしめて名前が部隊の面々を見上げる。

「ふん、今更何を心配する必要がある?」

呆れたように大倶利伽羅が鼻でわらう。じいっとした視線と目が合うと、「そうだろう?」と問いかけるように首を傾げられて、名前は確かに、と頷きそうになった。

「久々の出陣、腕が鳴るぜ…!ありがとな、主。」

言いながらゴリゴリと肩をならしているのは同田貫。ありがとう、と言われるとは思っていなくて、名前はやはり意外そうな顔をしている。

「お山ハイキングより軽いだろー。」

御手杵、なぜそれを?と名前は驚いた。
お山ハイキングだと言いながら厚樫山を周回し、日課の検非違使を探して検非違使出るまで眠れま10なんてやっていた。他ならぬ自分自身のことを思い出した。

「ははは…。」

名前と歌仙から、乾いた笑いが溢れる。
この本丸では、打刀以上で練度70近くなったものは、『お山ハイキング』なるものに選抜され、周回レベリングが行われるという歴史と伝統がある。これは、この本丸の刀剣ならば誰もが知っていることで、カンストした者たちの青春の1ページを汗臭く彩っている。

中傷もしくは橙疲労が出るまで続くお山ハイキング。男士たちにとっては持久走のようにまあまあ過酷だったが、その過酷さ故に、名前に認められたような気がして、やる気に燃えてしまうから不思議である。言わば通過儀礼的なものだった。

厚樫山は、当時もっとも経験値を得られる昼戦マップだったため、名前はお散歩感覚でここを周回していた。

「あんた、何をいまさら躊躇うことがある。」

静かに追い討ちをかけるまんばちゃん。至極もっともである。

そっか、そういえばそんなことをしていたなあ自分…。と思って、名前はゴリラ予備軍の分際で今更緊張しているのがなんだか申し訳なくなってきた。乾いた笑いがとまらない。

「そうそう!大丈夫ですって、主さん!いつもどおり、ねっ?」

鯰尾が人好きのする明るい笑みでもって、名前の顔を覗き込む。それから「ねっ?」のところでつん、と頬をつついた。つられて名前の顔もほころんだ。

「ふふ。うん…ありがとう。大丈夫!」

皆のやりとりを微笑ましく見守っていた一期一振が名前の前に進み出る。皇族のような気品をもってして、胸に手を当てたままそっと頭を下げる。そして、名前と視線を合わせる。

「皆の無事を、約束致します。主、ご安心を。」

そこまで言われて、もう不安な顔をするわけにはいかない。名前の表情も柔らかい。いつもの顔だ。気を張らず、くつろいでいるときの柔らかなまなじり。

「ありがとう。じゃあみんな、出陣しよっか!」

名前の言葉にそれぞれ頷き、行ってきますの声が飛ぶ。

「では皆さま!正門の時空転移装置へご移動ください。」

この本丸の転移装置は正門がその役割を果たしている。昨日、名前と岩融、今剣が敵部隊と相対した少し向こうにある。時空転移装置には様々な型が存在するらしく、鳥居型のものや注連縄型のもの、水や炎を使うものもあるという。

名前は手を振って、皆の背中が、内門の向こうに隠れて見えなくなるまでしっかりと見つめた。男は背中で語るというが、ううん、やっぱりかっこいい。名前は親馬鹿っぷりを遺憾無く発揮していた。そんな名前を歌仙が隣で微笑ましく見守っている。

こんのすけがてくてくと名前に歩み寄る。

「今回の任務では、時空間転移装置の座標は自動で設定されますゆえご安心を。部隊が戻るまで、主さまはご自由になさっていて大丈夫です。」

「えっそうなん?」

「はい。基本的な戦闘に関しては彼らの判断に委ねておいてよろしいかと。怪我人が出るなどの有事の際にはあちらから連絡が入ります。」

「連絡ってどうやって?」

「こちらをどうぞ。主さまの時代で言うところのBluetoothイヤホンみたいなものです。」

「…ブルートゥース…イヤホン…。」

こんのすけに差し出されたいかにも手縫いっぽい巾着のなかにはまさしくワイヤレスのイヤホン的なものが入っていた。

てっきり陣形選択ぽちぽち的な作業があると思っていたが違うらしい。

それより、こんのすけのブルートゥースの発音のネイティブ感が気になるし、メイドインおばあちゃん的な巾着の中に雑に入ってる未来の道具のギャップすごいし、ピンポイントでこちらの文化レベルに合わされすぎてて何もかもがめちゃくちゃ胡散臭い。

名前はツッコミどころの大渋滞に言葉を失った。歌仙によって払拭されたはずの、どう見てもiPadな出陣端末への不信感もぶりかえしてくる。

「さて主さま!次は鍛刀部屋へ参りましょう!」

「主、難しい顔をしているね?付け方がわからないのかい?」

ほんまに未来かよここ。という言葉は覗き込まれた歌仙の顔の美しさに免じて飲み込んだ。

「いや、大丈夫。」

時空間を超えて通信できるらしいブルートゥースイヤホンみたいな何かを左耳にくっつけて、次なる職務に向かうのだった。




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