待宵草のまどろみ


「主君ー!」

ぷわ、とミルク石鹸の香りがして、ぽすり、と背中に重み。それから温かな体温が頬にすり寄せられた。

次々と短刀たちがやってきて、名前と鶴丸、髭切、それから長谷部のそばに集まる。
円は大きくなり、皆で行儀を気にせず敷き詰められた布団の上に広がった。

鶴丸の足の間に座った五虎退、うん、可愛い。髭切の両膝にそれぞれちょこんと座る前田と平野、うん、可愛い可愛い。長谷部の膝にどかりと座る薬研、お、おう、雄々しい。


他愛ない話が転がる中、秋田藤四郎が、名前に後ろから抱きついてくる。ぷに、と柔らかい頬が触れて、それだけできゅうんと幸せな気持ちになった。

「へへ、主君のほっぺはすべすべですね。」
「秋田くんのはぷにぷにしてる。」
「そうですか?…えいえい。」

名前の肩口から覗き込むように頬をくっつけて、すりすりすり、と秋田が頬擦りする。
ふふ、と肩をすくめながらはにかむ名前。

「「「……………。」」」

その場にいる打刀と太刀は酒を片手に思った。秋田藤四郎、正直羨ましい。

「秋田ずるーい!」

約三振りは一瞬、自分の思考が声になったのかとびっくりしたが違った。声の主は乱藤四郎である。

「主さん、ボクも甘えていい…?」

回避不能の上目遣いで、名前の左手をきゅ、と握る。乱藤四郎は平成の人間がどこでどうきゅんとするのか把握済みである。加州と同じく、情報戦で既に一歩抜きん出ていた。
可愛い笑顔の下では、捕食者じみた胸の内が舌舐めずりをする。あざと可愛いの代名詞だ。

「いいよー!」

うふふ、と笑った名前の警戒心はゼロ。
わぁい、と語尾が桃色に染まる声で笑って見せて、名前の左手に乱の右手が絡まる。
男の子にしては華奢な指が、指と指の間に割り入って、そうそう解けそうにない恋人繋ぎが出来上がった。

座った名前の肩にしな垂れるように乱が頬を寄せる。空いた方の手で、肩に引っかかっていたカーディガンを、するりと剥がした。

「うふふ、主さんの肌、ひんやりしてて気持ちい。」

はあ、と熱い息が肩へかかる。生暖かく湿度を孕んだ吐息に撫でられて、肌がふわ、と粟立つ。
お酒を飲んだせいで薄ぼんやりと霞む思考のまま、「ん…?」と名前が乱の顔を覗いた。

名前は気付けない。乱の瞳は耽美な色に染まっていること。硝子細工のような水色が、海の底に差す光のように、怪しく揺らいでいる。
ボクと乱れよ?にギアが入っている顔である。

乱の指先が、するすると名前の二の腕の内側を滑る。

「ちょ、っ、ふふ、こそばい。」
「えー?主さんって、び、ん、か、ん。」
「そっ…んなことない、…っふ、あ。」

きゃっきゃうふふと戯れる、秋田と乱と名前。

後ろ手を着いた鶴丸の流し目、頬杖をついた髭切の一見微笑ましげな視線、長谷部の正面きったガン見。

「「「…………。」」」

ごくり。三振りは固唾を飲んで、頬を上気させた。何という目福。
乱藤四郎、正直けしからん。だがもっとやれ。

事態は膠着したに見えた。

だが違う。重力を正面から受けないマイペースな刀は、欲しいものを欲しいままにするタイプである。自分を押し殺したりしないのだ。

「…えい。」

胡座をかいた両膝の、前田と平野を両脇に抱え、髭切はおもむろに、名前のほうへ倒れ込んだ。

ぱたむと乱や秋田もろとも仰向けに倒された名前は、一瞬、何が起きたか分からなかった。

「…へっ?」
「主さま…!」
「主君…!ご無事でしょうか!」

前田と平野が名前の上、両脇に寄り添うように伏せる格好となる。
その向こうで、名前の顔の横に腕をついた髭切が、目を見据えたままにんまりと笑んだ。はっきり言ってこわい。

ごそごそと、もがく平野と前田の指が脇腹を掠めてくすぐったい。
もちろん二振りに他意はなく、ただぐう、とのしかかられている髭切の重みを、主にかけないように体制を整えようとしているに過ぎないのだが。
髭切は、ついた膝を曲げて、名前の首筋に顔を埋める。

「あるじー。ねえ、僕にも構ってよ。」
「ひゃっ、ちょっ…!こそばい…っ、」

きゃあきゃあという名前の声に、乱と秋田の瞳が光る。好奇心だろうか、いや、構ってほしいという気持ち、一緒に遊びたい、ささやかな悪戯心だ。無邪気な小さい手が、明確な意思をもって脇腹をくすぐる。

「っひゃああ!…っ!くすぐった…!は、あ、やめ…っ!」

「えへへ、こちょこちょこちょー」
「ふふ、主さんかーわいいー!」

もはやどれが誰の手なのかわからない。ひいひい、と息がままならない。酔いの回った体では、思うように力が入らない。その上髭切の腕の檻の中に閉じ込められているから、逃げたくても身をよじることしか出来ない。

「ふあ…っ、ちょ、髭切っ重っ…ひやあ!」

「「………。」」
鶴丸と長谷部は静かに顔を見合わせた。

名前は、思考までかき回されるなかで、反撃に出るしかない、と思った。その判断を瞬時に下して、指先をわちゃわちゃと無差別に這わし、抵抗する。

「ひっ…主君っ…!…っふふ!」
「主さま…っ、それは、僕のお腹です…っ!」

前田と平野だった。

「油断大敵ー!」
「しゅくーん!」

乱と秋田のくすぐり攻撃は止まない、名前は身をよじって観念した。

「もうっ、ふ、っだめ、こうさっ…ん。おねがい〜っひひひひひ!…ったすけて!」

言うが早いか、のしかかって居た髭切がふわっと離れていった。
同時に脇腹を這い回っていた手が止まる。
はあ、はあ、と息を切らしていると、両側からぎゅうーっと抱き付かれる。前田と平野もろとも、乱と秋田にぎゅうぎゅうと抱きしめられた。正直可愛い。可愛いからもうなんでもいいや…と、目の上に手を乗せて、上がった息を整える。

くたり、とすっかり力が抜け切った体を横たえていると、寝転んだ足元のほうからじたばたと音がする。

「あっ……っはははははは!!ぁっ…!やめ、ごめんってばあ!」
「「……………。」」

首を持ち上げて視線を遣ると、髭切が長谷部に羽交い締めにされ、鶴丸に馬乗りになられて擽られている。
さっきから鶴丸と長谷部が全然喋らない。その目は嫉妬に染まり、据わっている。
髭切は、溜め込まれたうらやまけしからんの餌食となったのだ。

「っひ、う、…っふふふっ!…は、ぁ嫉妬は、良くないよお…っ!」

つまり、よく分からないけど二振りは鬼になっているらしい。
止めてあげたい気持ちもあるけど、体力の消耗が尋常じゃない名前は、はあ、と息をついて、心の中でそっとエールを送った。どっちもがんばれ。
そんな名前の顔に影がかかる。

「主さま、大丈夫ですか?」

五虎退だ。くりりとした猫目が、心配そうに揺らいでいる。

「うん、大丈夫…。はあ、でも、ちょっと、だいぶめっちゃ疲れた…。」
「主さん、ごめんね?主さんの反応が可愛くてつい、頑張っちゃった!」
「主君、ごめんなさい!」
「うん。許した。」

これは許すわ。可愛いは正義。

「え、えっと…おつかれさまです…。」

控えめに伸ばされた五虎退の華奢な手が、名前の前髪をそっと撫でる。
癒しを享受するように目を閉じた。
両脇の短刀たちも、ほっと息をついて安らぎを分け合うように、目を瞑る。

ふわ、と障子の開く気配がして、部屋の風が流れる。するすると流れこんだ春の夜風が涼しく、じんわりと火照った体を撫でるように冷ましてくれる。

「ふうー。いいお湯だったな。」
「大将おまたせー!って、え?」
「…おいおいどういう状況だよ?」

部屋へと入ってきたのは、後藤、信濃、厚。
入ってくるなり、室内の妙な状況に小首を傾げることとなる。

それもそうだ。現在この部屋には、ぐったりと横たわっている名前と四名の兄弟。
胡座をかいたまま主に生暖かい視線を落としている薬研と、彼女を撫でている五虎退。
さらに、暴れている大きめの刀が三振。

後藤と信濃が、鶴丸と長谷部を止めにかかる。
「もう!そんなに暴れたらお布団がぐしゃぐしゃになっちゃうよ!」
「でかいくせに子どもみたいだな!落ち着けよ!」
大人だ。時として少年は、酔っ払いの大人よりもずっと頼りになるのである。

どういう状況だ、と問う厚藤四郎の声に、薬研が意味深な笑みで答える。

「さあな?…まあひとつ言えるとすれば、」

薬研は、兄弟の視線もどこ吹く風。四つん這いの体勢でじりりと名前へ近付いた。

「目福だったぜ、たーいしょう。」
「ひ…っ!」

言いながら名前の足をするりと撫で上げる。
ふくらはぎ、膝裏を通って太ももの裏…するするとワンピースの中へ潜る手は少年のそれなのに、触り方はねっとりとした熱を孕んでいる。ひとことで言うとえろい。

息を飲んだ名前を見た厚が、す、と動く。
一拍あって、スパン!と小気味良い音がした。

「お前まで妙なスイッチ入れんな。」
「はっはっは!悪い悪い。つい、な。」

悪びれることなく笑い飛ばす薬研を厚が叱っている。

「何がつい、だよ。大将を守るはずの俺たちが怖がらせてどうすんだ。」
「分かっちゃいるが…。」
「が、なんだよ?」
「可愛いがってやりたくなるだろう?」
「………。」

薬研と厚の視線が名前へ向く。
思わず視線が合って、ぎょっとする。乱に関してもそうだが、どう見ても歳下の外見をした彼らに、可愛い可愛いと言われるのはさすがに居た堪れない。

もちろん嬉しいには嬉しいけれど、
「え…。いやいや。みんなの方が百倍可愛いで?」
これに尽きる。

「大将が無防備なのはよーくわかった。」

なぜか頬を赤く染めた厚藤四郎が、はあ、とため息をついた。
それから名前のそばに寄って、手を差し伸べる。手を取ったら、ぽそり、「可愛いって、嬉しくねーし。」と言われる。

そうか、そんな年頃なのか、と名前はやはり可愛さに頬がほころんでしまう。

「ふふ、もちろんかっこいいとも思ってるよ。」言って、笑った。

彼らは付喪神なのだから、名前よりずっと長く生きているはずだけど、年相応に見える受け答えに、どうしても母性がくすぐられてしまう。

ぐい、と手を引き、厚が体を起こしてくれる。
「起きれるか?」
名前とそう変わらない大きさの手のひらは、平たく乾いていて頼もしい、男の子のそれだ。

ふと静かになった両隣をみたら、前田と平野、乱と秋田はすやすやと寝息を立てていた。お揃いのパジャマが可愛い。

力の抜けた無垢な寝顔を見ていると、こちらまで安らかな気持ちになる。
ふわ、と込み上げるままあくびをしたら、「大将は、俺と歯磨きしてからおやすみな。」と厚にたしなめられる。

名前はしっかり者の弟を持った気分だ。
「はーい。」とまあるい返事をかえして、手を引かれるまま洗面所へ向かった。



「よく眠ってるね。」
小夜左文字がそうっと転がした言葉に、今剣が答える。
「あるじさまは、とてもよくがんばりましたから。」

「初陣、初勝利。さすが俺の主。」
言いながら、蛍丸がぷにぷにと名前の頬をつつく。
「こら蛍!主さんが起き…っむぐ!」
「しーっ。国俊、うるさい。」

「主の寝顔写真ば撮ったら、いい商売になりそうばい。」
「お金に困ってるの?」
小夜の疑問に、博多は目を怪しく光らせた。
「困っとらん。ばってん、金はあっても困らん。…中身見えんようにして、陳列するんが良かね。長谷部しゃんあたりは躍起になって総コンプ目指しそうやき、箱で捌けるばい。」
「みうちからまきあげるんですか?」
「……それもそやね。」

夜が、ゆっくりと更けてゆく。
本丸の屋根の上、星空は時の流れに従い、ぐるりと回る。時間が目に見えないのは、きっと、限りがあるということを忘れさせるためなのだろう。

安らかな名前の寝顔。
それを見守るいくつもの眼差しが、月明かりのように優しく微笑む。
長い一日がようやく、幕を下ろした。


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