ほんとうのすがた


広間に着いた名前は目を丸くした。
加州が首を傾げて、上目遣いに問いかける。

「…驚いた?」
「うん!すごい!」

広間いちめんに、布団がずらりと敷かれてある。小学生の頃の宿泊訓練みたいで、わくわくと胸が高鳴った。本能を解放して枕投げをしたくなる。
と、向こうから一期一振がやってくる。江雪左文字と明石国行、岩融も一緒だ。

「主、申し訳ありません。弟たちが皆主の側に付きたいと申しまして、このような形に…。」
「順番決めんのも面倒やし、もうみーんな一緒に寝たらええんちゃう?ゆーてな。」

一期が、気だるげな明石を肘で小突く。主が嫌でなければ、こちらで共に寝ていただきたいのですが…と続けようとして言葉を飲み込んだ。へええ、と、名前が目を輝かせたのが見えたからだ。

「みんなで一緒に寝てくれるん?楽しそうー!ありがとう!」

そばに付きたいと言ってくれるなんて、なんて可愛いんだ…!!と名前はときめきが止まらない。うちの子可愛い。しかり、しかり!!

「…和睦ですね。」
「がはは!主よ、頼もしい懐刀ばかりだな。」
「うん!」

にこにこと嬉しそうな名前を見て、加州と一期が言葉を交わす。

「やはり杞憂でしたか。」
「まあね。だって主、俺たちのこと大好きじゃん?」
二人ともどこか得意げな表情だ。だって、大事にされていることは自負している。

「あーあ、俺も今だけ短刀だったらなー。」
「同感ですな。」
唇を尖らせた加州に、一期一振もまた頷いて、笑う。
「一期さんがそんな冗談言うなんて意外。」
そう言って目を丸くした加州に、「冗談ではないですから。」と一期が言って、二人の間の空気が一瞬止まった。

それから加州があはは、と笑う。
「俺たちも主のこと大好きだよね。」
主のこと言えない。負けないくらい大好きであることに違いなかった。

好きという気持ちの途方もない大きさを、つい忘れてしまいそうになる。
九億四千万キロメートルの宇宙旅行。その言葉を思い出した。
大きすぎて、見えないものだってあるのだ。

「主はん、今日は蛍丸も懐刀にしたってな。」

明石の言葉に、広間のはじっこで飲んでいた集団の、太郎太刀と次郎太刀がざわっと振り向く。

「えー!ならアタシも!懐刀やってみたーい!」
「次郎太刀はまだ現世寄りですが…私を懐刀に出来る者など、果たして存在するのでしょうか…。」
「いやいや、お二人とも懐入れたら主はん余裕で引きずりますやん。」
明石がつっこんだけれど、二人は、むう、とむくれてしまった。

大太刀兄弟にしては珍しく、まあまあ酔っ払っているようだ。大きい人たちの子どもっぽい仕草は可愛い。普段淡々としている太郎太刀の拗ねた顔なんて特に、ものすごく新鮮である。

やり取りを見ていた一期一振が名前をそっと促した。

「主、我々はこれから弟たちと湯浴みに行って参りますので、戻るまであちらで寛がれてはいかがですか?」

「うん、じゃあそうしよっかな。」

軽い気持ちで頷いた、この時の名前はまだ知る由もない。一時間後、見事へべれけにされる自分の未来を。
…その戦犯が、長谷部であることを。



「加州殿は主に付き添わなくてよかったのですか?」

広間を出た廊下。各私室へ向かう道のりで一期一振が問いかける。なんとなくではあるが、加州が気を遣って席を外した気がしたからだ。

「あー、うん。」
加州は少し気まずそうに視線を泳がせてから、自分の気持ちを確かめるように言葉にした。
「…俺、さっきまで主のこと独り占めしてたし。」

こんなとき一期一振は、遠慮などなさらなくていいのでは?と言いたくなる。
彼自身、自ら身を引くことが多いから、より一層、相手の気持ちを慮ってしまうのだ。

それを知ってか知らずか、加州は言葉を続ける。
「それに、主はみんなの主、でしょ?」
月の灯りに目を凝らすみたいに、ものすごく優しい眼差しで、確かめるように言葉を選んでいる。

やがて花びらを撫でるような、柔らかな声でこぼした。

「…みんなに愛されてほしいし、みんなを愛してほしい。」

だからいーの。と続けて、ぱっと華やぐように笑った。

その笑顔が眩しくて、一期一振は加州清光のこの言葉がまごうことなき本音だと悟る。それからお兄ちゃんの性分だろうか、立派になりましたね。と褒めたくなってしまった。

弟たちを自慢に思う気持ちとよく似ていて、ああそうか、と思った。

本丸の皆は、まるで家族のようだ。
人の真似事かもしれないけれど、だけど、この胸にある気持ちは体と一緒に偽りなく存在していて、やっと、腑に落ちた。

互いが唯一であることは危うい。だけどその危うささえも、簡単に庇ってしまうような強さが、愛す、ということなのかもしれない、と思った。

大切な人を守るために戦ってきた、かつての主たちの想いを、ようやくほんとうの意味で知った気がした。

「ええ、そうですな。」

一期一振は加州に笑顔を返しながら、『みんなに愛されて、みんなを愛す』という言葉を胸のうちで反芻していた。その響きは、心地よい温度で一期一振の見る世界を照らした。



一方名前は、次郎太刀らのもとへ近付きながら、その一帯の異様な空気を察しはじめていた。大太刀二人の影に隠れて見えなかった光景が、一歩一歩近付くにつれ、明らかになる。

机に突っ伏している和泉守兼定、仰向けに寝転んですぴーと寝息を立てている陸奥守吉行。その真ん中で粛々と杯を干していく長谷部。
宅飲みだったら夜中の2時ぐらいの状態である。

うわあ、と顔に書いてしまった名前。
長谷部の伏せられていた目線が、ふ、とあがる。名前と目が合うと、へらりと無邪気に笑う。気の抜けたその表情を見て、名前は直感した。やばいところに来てしまった気がする。

「主!あるじは甘い酒はお好きですか?この長谷部、主のためにとっておきをつくってさしあげます!」
長期留守ボイス並みのノンブレス。
「あー、うん、ありがとう…。」

長谷部の話し方がところどころひらがな発音になっていて、なんだか遠慮するのが憚られる。気付け名前。その空気を読める力こそが、この酒飲み集団においては仇となることを。
日本号が居たら、好きに飲めばいいんだよ。というアドバイスをいただけたかもしれないが、残念ながらこちらの本丸にはまだ未実装である。

そうこうしている間に次郎の長い手が名前の腕を捕まえてしまった。
「あーるーじー。懐刀は諦めるからさあ、主が懐入ってよう。」
「そういうことでしたら、私の懐にもどうぞ。」
「いやいやどういうことですか!」

大太刀兄弟の様子もおかしい。次郎太刀は通常運転にちょっととろみをつけた感じだが、太郎さんは言動が完全に変だ。私の懐にもどうぞ、のところで着流しの襟をぺらっとめくって、斎藤さんだぞ?みたいな動きをしている。真顔で。シュールがカンストしている。

座るのを躊躇っていると、腕をそっと引かれる。
次郎がエスコートするように名前の手をひいて、とて、と一歩進んだ先で太郎太刀に両脇を掴まれた。
ぴゃっと怯んでるうちに、あれよあれよと太郎太刀の膝の上である。ひええ。腹に回った左手の大きさに驚く。あぐらの中に閉じ込められて、尋常ならざる包容力を享受する。このままプテラノドンに攫われても大丈夫そうなホールド感である。ユニバのあれも今なら怖くない。背中めちゃくちゃあったかい。

「主、どうぞお飲みください。」

長谷部のとっておきとは桃のお酒である。とろりとしたあらごしの桃酒に、ごろごろと桃の果肉がトッピングされている。オリジナルのお酒が醸し出す、そこはかとないオサレ感。個人経営のバルとかで出てきそうなやつだ。へし切とのギャップ。

お風呂上がりの名前は、みずみずしい桃の香りに、喉が渇いていたことを思い出した。
グラスを手に取る。長谷部、太郎太刀、次郎太刀も順に盃を持った。

視線で促されて、名前が口を開く。
「えーっと、今日もお疲れさま。かんぱい。」はにかんだ彼女の掛け声に応えて、「乾杯。」声が重なり、器が触れ合う。

ひとくち飲んだ桃のお酒は、爽やかに甘い。桃の果肉がちゅわわと口の中でとろける。喉が渇いているせいか、あまりお酒のような気がせず、くぷりと飲めてしまう。

「…美味しい。」

笑った名前に、いつもよりにこにこしている長谷部がいっそう嬉しそうに頷いた。

「さすが主、いい飲みっぷりですね。いっぱい飲んでください。つまみもありますよ。」

さあさ、と言いながら、巧みにおつまみを促されて喉が渇く。グラスの底が見える少し前には、どんどんと次のお酒が注がれる。

「美味しそうに飲まれますね。酒の作りがいがあります。」

「主が楽しそうで、俺も嬉しいです。」

「あるじ、頬が赤くなってますよ。可愛らしいですね。まだまだ桃は余ってますので、ほら、もっと飲んでください?」

この本丸の長谷部は、酔うとお酌上手の褒め上戸になる。これは名前に対してだけでなく、次郎、太郎はじめ他の刀剣たちに対しても同じだ。

長谷部は酔ってからが強い。まさに酔拳よろしくひょいひょいと相手の酌を受けながら、気付いた時には周りをへろへろにさせているのである。

和泉守や陸奥守に関しては、今日こそ長谷部に酔い勝つんだと飲み比べを挑みながら、返り討ちにされた回数は数知れない。
どっちも素直だから、褒められると弱いのだ。それも普段仏頂面の長谷部からの賛辞である。堅物だし嫉妬深いし、誰かを褒めるなんてそうそうありえない長谷部だが、本丸の皆のことを実はちゃあんと認めているので普段の反動が酔い方に出る。人の本性を簡単にあばいてしまう酒ってすごい。こうして本日も潰された二人とも、幸せそうな寝顔をしている。

さて、名前はというと、
「んーー。おーいしーい!おかわり!」

このペースで飲んでたらやばい、という頭の隅の立て看板は接待モードの長谷部にたやすく圧し切られたのだった。
ポキリという音さえなかった。

とろりと溶けた眼差し、朱をさしたような頬、だらしなく笑ったままの唇は酒に濡れている。
例に漏れることなく、絶賛酔っ払い中である。

「主ったら酔ってんのかい?かーわーいーいー!」
次郎太刀が名前の頬をぷにぷにとつつく。

「そんなことないよお、次郎ちゃんはめっちゃきれいー!」
うへへえ、と笑った名前が次郎太刀に抱きついて頬擦りをしている。

理性という名の海の底で、ゴジラよろしく眠っていた名前の本性が、いよいよ目覚める。

スキンシップ大好きの素直デレが、箱推し空間で平静を装うことは、やはり困難なのであった。


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