余談

部屋に残った二匹のクダギツネは、油揚げを齧りながら話していた。

こんのすけが、ふと思いついたように尋ねる。

「こんじろうどの、わたくしはかねてより疑問に思っていたのですが、政府自体に刀剣を顕現せしめる力があるというのに、なぜ彼らは直接戦わず、本丸というシステムを構築したのでしょうか。」

有人本丸のように、指揮系統を分けるのならともかく、わざわざ審神者の傀儡を用意してまで本丸の主として据える必要があったのだろうか?

刀の依り代、数多の付喪神。それら全ての主人として、時の政府そのものが彼らを使役すればよい話しではないのか。
その方がシンプルだ。とこんのすけは考えていた。

もちゃもちゃ。噛み終わった油揚げを飲み込んで、こんじろうが語る。

「それは、うまくいかなかったのです。付喪神は、組織の手に使役されるような存在ではありませんでした。」

無人の遠隔本丸というシステムが構築された経緯だ。

ーーーーーー

歴史修正主義者による過去への攻撃。
それに応じるべく、政府は試験的に依り代6振りを顕現させ、時間遡行軍殲滅部隊を結成した。

政府直轄第一部隊。
鶴丸国永、鶯丸、一期一振、江雪左文字、髭切、膝丸。

初めこそ彼らはその身を振るい、歴史遡行軍の討伐を行った。
それはすさまじい快進撃だった。なにせ彼らは刀剣の現し身。人のそれとは違って、そうそう簡単に死ぬことがない。戦うための道具から生まれた彼らは、まさに兵器のようだった。

歴史や物語をもつ刀剣から顕現された刀剣男士には意志があり、心がある。それこそが敵陣営の量産型付喪神と違う、圧倒的な強さだ。

そう、彼らには心があり、感情がある。互いを庇うような思いやりや、戦況を見極めるための洞察力も敵には無いものだ。
そのことが、何よりの強みだった。

だけど、いや、だからこそ、彼らは兵器ではいられなかった。
戦いを繰り返すうちに、なぜ自分たちは戦わなければならないのかと、疑問を覚えてしまったのだ。

彼らはもう物ではない。

心とは、とてもやっかいだ。理由がなければ、それに納得がいかなければ、体を動かすことができないのだから。

戦うための道具とはいえ、戦争は虚しいものだ。斬っても斬っても、終わりが見えない。

果たして何のために?
その疑問はどんどん膨れ上がる。

正しいことをしているのか?
そもそも、正しいこととは何か?

彼らが実際に刀として振るわれていた頃、
絶対的な正義、そんなものはなかった。

歴史を生き、彼らを振り抜いたその心に宿るのはただ唯一無二の、それぞれの主が貫く信念のみ。

生きることと、信念を貫くこと、それらはこの国の多くの人にとって同じことだった。
彼らは、主を生かすためにその身を振るい敵を斬った。それこそが刀としての誇りで、付喪神としての使命だったのだ。

歴史を修正してはいけない、なんて。
命をかけようともしない政府が易々と口にする常識なんて、実に薄っぺらで、なんら心を惹かれない。
口先だけの命令、そんなものに縛られるほど、神さまは安くなかったのだ。

ある日、部隊長である鶴丸国永がついにその疑問を口にした。

「俺たちはなんのために戦っているんだ?」
戦うためだけに、体を得たのか?
この手は、足は誰のものなんだ?戦いたいのなら、なぜ自分のを使わない?

なんのために?だれのために?その疑問は波紋のように部隊へと広がる。

政府は焦り、愚かにも彼らに取引をもちかける。
どんなものでも、いくらの金でも、与えようではないか。望む地位すら与えても良い、と。
そんな取引、彼らは笑い飛ばしてしまう。

「刀がそんなものを持ってどうするんだ。」

また別の者が言う。
戦わないのなら、その体を返してもらう。消えないために戦え、と理不尽な要求を突きつけて、脅した。

しかしそんなものは、もちろん刀剣の付喪神である彼らには通じない。

「お前たちがそれでいいのなら、喜んで消えてやろう。」

口々に返ってくる答えは、ことごとく政府の予想に反するものだった。

疑問が生まれたその日から、彼らは時の政府の命令には従わなくなった。
戦場へ送り込んだとて、戦果は上がらず、どうしたものかと政府は頭を抱える。

2205年。技術の進歩によって、ほとんどのなにもかもが、人の手を介さずして行えるようになっていた。
文明は、人が紡がなくとも呼吸をし、ひとりでに歩んでいく。人のすることといえば、そのおおよその方向を決めることだけだ。

そんななかで、時の政府にも手を挙げた者が一人いた。彼こそが一番初めの審神者、いや、審神者の前例となる者だ。

「俺も一緒に出陣します。」

彼を動かしたのは、それまで無人偵察機を使ってしか知り得なかった前線をこの目で見たいという思いだ。

戦力としては刀剣男士たちの足元にも及びませんけどね!と笑って、鶴丸国永ら時間遡行軍討伐部隊とともに出陣したのだった。

自分のその目で見ないと分からないことは、必ずある。当事者にしかわからないことだって、見つけられるはずだ。刀剣男士たちが、厭うものはなんなのか、自分の目で見て、知りたかった。時の政府の、いや、この時間軸の未来は彼らの働きに掛かっているのだから。

彼が刀剣男士に向けて最初に放った一言。

「俺と一緒に戦ってほしい。」

その一言で、きらり、刀剣男士たちの目の色が変わった。
「それでこそ、人だ。」
そう言って、鶴丸国永が、に、と親しげに笑う。

無人偵察機の向こうで、役人たちがぎょっとした。そんな表情をする神さまを、彼らは初めて目にしたからだ。

鶴丸国永は口の端で笑んだまま、瞬きをひとつした。そして、審神者にだけ聞こえるくらいの声で、そっとこぼした。
「この身を賭けて守る甲斐があるってもんだ。」

はじめの審神者となった彼は、刀剣男士たちのいい奴っぷりに思わず拍子抜けした。

自分も出陣する。と手を挙げたものの、付喪神とかよくわからんし正直怖いし、時の政府を嫌ってるみたいだし、むしろ逆に叩っ斬られたらどうしよう。とびびっていたのに、それはとんだ思い過ごしだった。

息をつめて敵陣の偵察をしているあいだ、鶴丸国永は後ろから膝かっくんをしてくるし、それを見た髭切は弟のことを「かっくん丸?」と呼ぶし、膝丸は泣きそうになっている。一期一振は鶴丸を叱り、江雪左文字は膝丸を慰め、なんか二人ともすごい長男っぽい。鶯丸はよく分からないけど、オーカネヒラと茶が好きなことだけはよく分かった。

したり顔の鶴丸国永に、「驚いたか?」と問われる。
「…おどろいた。」ぽかんと答えたあとで、はは、と笑ってしまった。

斬るための道具だった彼らは、主を得て初めて、人を守るための存在になる。
それがこんなにも頼もしいのか、と審神者は目を細めた。彼らの背中が、眩しく見えた。

地を蹴る足、刀剣を握る腕に満ち満ちているのは、喜びだ。

研ぎ澄まされた切っ先がらんらんと光って、一閃。ばらりと落ちる敵の体。軽やかな身のこなし、相反して繰り出される剣戟は、落雷のように重い。

叫びだしたくなるほど、力が湧いて、とまらない。敵の攻撃をかいくぐり、打ち込むその全身で、そう言っている。

彼らにも心がある。
その姿を、ようやく、時の政府は理解したのだった。

ーーーーー

「もうお判りでしょう、彼らに必要なのは、命をかけるに惜しくない、唯一無二の、主という存在です。」

こののち、政府は時間遡行軍討伐部隊の隊長として、人間を据えることにした。これがのちの審神者という役職である。

しかし、私生活の全てを捨てて戦争に興じたいというような者は、そう多くない。

現実世界からは隔離されたこの箱庭で、神を使役して戦争をする。時の政府の監視下で、いつまで続くかも知れぬ戦いに身を投じることになるのだ。

「名乗りをあげる者はそうそう居りませんでした。」

また、審神者としての立場や権力を利用しようとたくらむ者も現れたのだ。過去に遡ることができる。それはすなわち、未来を好きに牛耳ることができるということ。

「悪事を働いた審神者を罰するにも、刀剣男士たちが立ちはだかります。彼らにとっては歴史修正や法律などよりも、主を生かし、これの願いを叶えることのほうがずっと大切なのですから。」

そこで考えられたのが、遠隔操作で管理できる本丸システムである。

タイムトラベルが、まだ絵空事の夢物語だった時代。
かつ歴史の動きがおだやかで、時間遡行軍の手が及びにくいと考えられる時代。
できるだけ多くの人間を、同時に囲うことが可能なシステムが存在する時代。

「それが、主さまの生きていた時代です。」

このシステムならば、大勢の人を確保できる上に、不正や悪事を働かれることもない。
また、戦争において不可欠な情報操作や検閲も必要ない。だってゲームなのだから、知られたくないことは、伝えなければいい。

審神者となったユーザーは、刀剣男士たちの主となり、ただ指揮を執ってくれればいい。
ユーザーの遺伝子情報に基づいた人体の生成とそれに伴う霊力の複製ならば、そう難しいことではなかった。

政府はシナリオを書き換える。

君たちを使役する、たった一人の主の命を守るために、その存在を脅かす歴史修正主義者を討て。

技術の進歩によって、ヒトの身体を作ることができる。また古より、神は多く分神を生み、いくつもの依り代をもつことができる。

だけど、どれだけ技術が進歩しようが、どれほどの霊力を用いようが、唯一、誰の手にも造れないものがあった。

こんじろうのふくりとした頬が、盛り上がる。どんぐり眼が細められて、たっぷり勿体つけて口を開いた。

「ええ、そうです。心だけは、二つと無い。どんな知恵を使っても、生み出すことはできないのです。」

その唯一の尊さ、神にも物にも無かったもの。

長い長い時のなか、二つと無いたったひとつの、主の命を、その心を守ることは、彼らの戦う理由であり、生きる理由であり、誇りだ。

それぞれの本丸には、それぞれのユーザーの人型が置かれている。生命維持を必要としない、クローンのようなものだ。

データとなって思考は飛び、時を隔てた二つの場所で、共に在る。

「いまや、この遠隔本丸システムは、政府にとって不可欠なものとなりました。現在、総戦力のおおよそ70%が遠隔本丸のものです。」

あいまいになっていく、ヒトとモノの境界で、審神者と刀剣男士が互いの存在を認めていられるのは、それぞれに心が宿っているからだ。

手のひらをあてて気配に耳を澄ませたら、ガラス越しの自分と目があった。
すこし視線をずらしたら、消えないままの体があって、それこそが、きみがどこかで生きていることの証明だ。

決して触れ合えない時の隔たりを超えて、審神者と刀剣男士は、寄り添うように互いを想っている。


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