思惑と面影

ててて、と本丸の廊下を駆け抜ける影。
政府より帰還したこんのすけ22162番である。はずむ、はずむ、息をなんとか飲み込んで走る。明かりが見えて、キュウっと肉球でドリフトを決めて、部屋に飛び込んだ。
すうっと息を吸って、お腹に力を込める。

「あるじさむぐう!!」

部屋に踏み入れた瞬間何者かに後ろから捕まえられて口を塞がれた。藤色の袖、こんのすけを捕まえたのは長谷部だ。

だれか呼んだ?と名前が向こうで顔をあげる。次郎太刀がちょうど良いタイミングで、「主も飲もうよー!祝杯祝杯!」と立ち上がる。でかい。こんのすけのこぢんまりとした体は、ちょうど名前の死角となった。
「うんいいよー!」と手を振る名前がこんのすけの帰還に気付いてないことを見届けて、歌仙が長谷部の腕の中のこんのすけに囁いた。

「すまないね。急用でないのなら、僕たちが聞くよ。」
「っぷは、急用ではありませんが、朗報ですよ。何故です?」

不思議そうに首を傾げるこんのすけに、歌仙は眉を下げて笑った。それからそっと、名前の方を見つめる。
名前はちょうど次郎太刀に肩を抱かれて酌を受けているところだった。堀川と燭台切がそれとなく近くで見守っているから、酔い潰れることはないだろう。

「ようやく緊張の糸が切れたところなんだ。少しゆっくりさせてあげたくてね。」

「そういうことだ。油揚げならこちらにある。悪いようにはしない。」

長谷部が話すと悪役のような言い回しになるのは何故だろう。
油揚げ、という単語にぴょこん!と耳を跳ねさせたこんのすけは、そういうことならば仕方ありませんねえ。と頷いた。

皆めいめいに寛ぎはじめた広間を、そっと後にした。

移動した先の部屋には先程政府を解雇され、名前の本丸に身を置くこととなったクダギツネ番号00003番。紛らわしいからと、長谷部がこんじろうと名付けた。ぱちもん感がすごいけれど、みなさまがなるべく早く慣れることを願います。

こんのすけとこんじろう(仮)が簡単に自己紹介を済ませて、ふわり。こんのすけが宣う。

「政府の意向をお伝えするその前に、まずは此度の襲撃の裏話を伝えておきましょう。」

「裏話、というと?」
歌仙が興味深そうに聞き返す。

「出陣命令の通らない本丸へ調査部隊を派遣するためではなかったのですか?」
こんじろうが首を傾げる。

こんのすけは、ああ、彼は本当に政府のことを信頼していたのだな、とこんじろうに同情した。

「ええ、表向きはそうなのですが。しかしながら、時の政府の本当の目的は別のところにあります。」

もともとこの本丸のこんのすけは、時の政府を盲信していないのだ。というのも、理不尽な理由でクビや左遷になった同期を何人も目の当たりにしてきた。
だから、仕事はするし出世のために働くけれど、良い組織だとは思っていない。政府本部にいるよりも、ここの、名前の本丸にいる方がよほど好きだ。もちろん、油揚げが美味しいというのも理由のひとつだけれど。

「しかし…わたくしが説得を任されたときは、刀剣男士たちの制圧に失敗。名を奪われた審神者さまの身が危険に晒されているから、政府本部で保護できるように誘導せよとの命令を受けておりました。」
言いながらこんじろうは記憶を反芻する。
しかし、自分の目で見たこの本丸と、政府から聞かされていた状況の違いに驚いたのも事実だった。

もともと本丸を受け持っていた時期もあったのだ。審神者と刀剣男士が良き関係を築いているかくらい、一目見ればだいたいわかる。
この本丸の刀剣たちは、痛いくらい、主にいかないで、と願っていた。その上で、彼女の判断を見守っていた。確かな信頼関係が、そこには感じられた。

「それもそのはずです。この作戦は極秘中の極秘。あなたにこうお伝えするのは些か心苦しいのですが……時の政府とは、そう清廉潔白な組織ではありません。」

それからこんのすけはひとつ間をとり、説明を続ける。

「十中八九、此度の襲撃の目的は、この本丸の鶴丸国永を折ることです。」
「なんだと?」
「おだやかじゃないねえ。」

長谷部と歌仙は顔をしかめた。
二人とも戦場に居たため、あの場での敵の不可解な動きを目の当たりにしている。敵の攻撃対象が、執拗なまでに鶴丸国永に集中したこと。普段戦う検非違使は仮想部隊も含めて、"メガアッタヤツカラコロス"という戦いしか仕掛けてこなかった。
それゆえ、むしろそう言われた方が説明がつくのだけれど、仲間の命が狙われていたと知って、平気でいられない。

「リスクある芽は摘んでおきたいということなのでしょう。主さまがもと居た時代に帰ってしまわれては、この無人本丸を起用した戦のシステムそのものが破綻してしまう恐れがありますゆえ。」

「こんどは主の命が狙われるということか!?」今にも政府に乗り込んで行きそうな勢いで長谷部が声をあげる。
しかし対するこんのすけは落ち着き払っており、「それはないので大丈夫です。」と答えた。

こんのすけが話をすすめる。
「当初、時の政府が描いたシナリオはこうです。」

イレギュラーな時空の歪みが発生し、本丸内に検非違使が侵入。
その過程で、鶴丸国永が破壊される。
その後、対検非違使部隊を送り込み、自作自演の戦闘を終結させて、政府は審神者に接触する。そうして帰る手段を失った名前を取り込み、有人本丸の審神者として任命し、戦力とする。

だがことは計画通りに運ばなかった。

名前の本丸の刀剣男士たちが仮想検非違使を討伐し、鶴丸国永は破壊されることなく本丸へ帰還した。政府の描いたシナリオは破綻。急遽付け焼き刃の指示がこんじろうへ送られることとなる。

「それで?当初の作戦は失敗したわけだが。」
長谷部が話の続きを促す。
眉間に皺がよっている。
鶴丸国永が重症だと聞いたときの、名前の顔がよぎった。時の政府がどのようなもので、自分たちのことをどう捉えようと勝手だが、主を悲しませるのなら話は別だ。

こほん、とこんのすけがひとつ咳払いをして話を続ける。

「ええ。主さまの采配により、仮想検非違使部隊は完膚なきまでに討伐されました。鶴丸国永を破壊できなかった政府は焦りました。…が、それと同時に嬉しい誤算も生じたのです。」

「ほう?」
歌仙が片眉を上げる。
話を聞きながら、さて、どう伝えたら、彼女は気苦労なく現状を受け入れられるだろうか、と考えている。嬉しい誤算、というと、政府に対する交渉材料になるかもしれない。

むふり、こんのすけの両頬が盛り上がる。してやったりの嬉し顔だ。
「ひとえに、主さまの持つ、戦の才覚です。」

二振りと一匹、それぞれと視線を合わせながら、こんのすけは話を続ける。

「あれだけ突然の襲撃に於いて、部隊を瞬時に編成し、迎撃できるものはいまこの時代に存在している審神者の中でも有数のものです。刀剣男士の練度に関しては、元来より有人本丸のそれよりも無人本丸のもののほうが遥かに上。それを差し引いても、ああも柔軟かつ的確に采配を取れることが、政府にとっては目から鱗。棚から出たぼた餅の朗報だったのです。」

政府への敵意を剥き出しにしていた歌仙兼定とへし切長谷部が前傾姿勢を解く。それから、ふん、と自慢げに鼻を鳴らした。
「さすがは僕の主だね。」
「さすが、俺の主だな。」
声が揃う。親バカならぬ近侍バカという言葉がクダギツネ二匹の頭をよぎったが、これもまた信頼。と頷くまでに留めた。

広間のほうでへっくし!と名前がくしゃみをした。「これを使え。」と鶯丸にちゃんちゃんこを着せられている。もう春なのに、鶯丸はどっから出したんだそれ。

彼女自身はオーバーキルのゲーム脳が"戦の才覚"なんて大それた代名詞を得ているなんてつゆ知らず、「光忠のカプレーゼ美味しい!」と食後の晩酌に舌鼓を打っている。
ほんとうに緊張の糸が切れているようで何よりの光景である。

「鰹のタタキができたぜよー!」と廊下を走ってゆく陸奥守の声が歌仙たちの居る部屋の前を過ぎる。
随分と興が乗ってきているようだが、率先して飲む陸奥守がまだ酒の肴を持ってくるうちは、おそらく心配するような事態にはならない。

こんのすけもまた、口上で乾いた喉を油揚げで潤す。じゅわ、じゅわと甘く煮しめた出汁がたまらない。水代わりに油揚げの出汁とはどうかと思うが、クダギツネ的にはこちらの方が話もすすむらしい。

名前の、ゲーム仕込みの戦の才覚(とにかく囲んでレベルと打撃で殴る)を高く高く評価した時の政府は、なんとしても彼女をお抱え審神者として任命したいと考えた。
そして下された次なる指示が、クダギツネ00002番による政府へ身柄を移すための勧誘だ。

それもあっけなく、三日月宗近のおじいちゃん戦法にぶった切られてしまい、挙句、本丸襲撃への政府関与を名前が勘付くに至る。それを察知した時の政府は慌てて、何も知らないトカゲのしっぽを切ったのだ。

「そんなことが…どうして…。」

こんじろうは青ざめた。
クダギツネは、本丸と政府の中継役の任を負うことが多々ある。
個体差はあれど、刀剣男士の人柄も、主との関係性の大切さも、よくよく知っているのだ。
だからこそ、そのおおもとの本部がこれほどまでに刀剣を、前線で戦う彼らを軽んじていたことに、怒りを通り越して悲しみさえ覚えた。

「無理もありません。あなたは政府本部の中枢に居たのでしょう?管狐の中でも政府への信奉の厚いものしか所属できない場所です。灯台の下が暗いのは、組織の常です。」

「……きみは何者なんです?」

「わたくしですか?わたくしはしがない無人本丸のこんのすけです。外側から、政府を見て参りました。…それよりもずっと、この本丸を、初めのときから見てきたのです。」

こんのすけは名前がこちらに来て始めこそ動揺したものの、すぐに理解せずにはいられなかった。

気取らず、しかし堂々としていること。自分の気持ちに素直で負けず嫌い、それから好奇心と向上心の強いところ。笑みさえこぼれた。主さまのこのお人柄か、と。なるほどたしかにこの本丸の刀剣男士たちは、この方が顕現した付喪神さまであると。

物には、持ち主のおもかげが宿るのだ。それが、なにかを使い、使われるということ。心を現し仕草を映す、まるで表情のように。

歌仙と長谷部が顔を見合わせる。それから頬を緩めた。得意げに胸を張る、この小さな生き物は、自分たちが思っていたよりもずっと頼もしいらしい。

「言うじゃないか。」
歌仙がふわりと微笑んで、指先でうりうりとこんのすけの頭を撫でてやる。
「うふふ、いつも厳しい初期刀殿に褒められると偉くなった気がいたしますねえ!」
こんのすけが嬉しそうに首をすくめた。

その隣で、しゅん…と分かりやすく落ち込んでいるこんじろう。ぺたんと垂れた耳を見かねて長谷部がはあ。とため息を吐く。それから、そっと背を叩いてやった。

相当ショックだろう。今まで心酔し、懸命に支えてきた相手の嘘も見破れず、挙句捨てられるなんて。
捨てられる、というところまで考えて、長谷部は自分のことのように唇を噛み締めた。信長アレルギーが出そうだった。

ひしっ!っとくっついてきたこんじろうを手だけで慰める。主に世話役を任された以上無碍にできない。主命とあらば狐当番であろうとも…。と自らの忠誠心をたしかに感じながら長谷部が話の先を促す。

「はい。返す手のひらがまだあるのか、と言いたくなりますが、最終着地点として時の政府は先の襲撃を審神者任命のための実戦試験ということにするとのことです。」
おおよそ、こんじろうが予測していた通りの結果となった。

「よって、主さまは正式にこの本丸の審神者として任命されました!」
こんのすけがにんまりと笑う。
笑って、二人と一匹の顔を見渡して、首を傾げた。

「……どうしたんです?もっと喜んでも良いのですよ!」

長谷部の脳裏に浮かぶ、血相を変えて部屋に駆け込んできた加州清光と、その後ろで膨れ上がる暗雲。からっぽになった二つの厩、鍵の開かれた内門。

「それで、もう主に危険が迫ることはないと言い切れるのか?」

歌仙も同じように、記憶を辿る。
取り乱した堀川国広と、天井を揺らす雷鳴、じっとりとした、霧のような殺気。見えなくなった、主の姿。

「ああ、今回のようなことがまたいつ起こってもおかしくないのだろう?」

主が居ない。
ぞっとした。大事なものを失うかもしれない、そんな想像が、考えるよりはやく全身を飲み込んだのだ。あんな思いは、二度としたくない。

ふむう、とこんのすけがうなる。
「時の政府は、主さまにこの本丸の外の世界の情報の一切を渡さない意向です。」

万が一名前が元の時代に帰ったとしても、歴史の変化が起きないようにする。また、本丸内のシステムにおいても出陣から指揮系統、その仕組みを極力2016年の文明で再現可能な範囲で作り変えるらしい。

流石に時空間転移システムなどは再現不可能なので、分解できないように未来の技術でガッチガチに固めるとのことだ。…とはいっても、まず名前が仕組みを知ったとて、一般人の習うレベルのはんだごて技術では時空間転移システムなんて造れる気がしない。せいぜい中学生の時にならった簡易ラジオが関の山だ。

「僕が時の政府の立場なら、もう一度鶴丸国永を狙うのだけど、それについてはどうだい?」
歌仙が質問を投げかけると、こんのすけがむむ、と首をひねる。
「う、たしかに。わたくしが政府幹部だったとしてもそういたしますねぇ。」

「主を悲しませるなら、鶴丸がやられる前に俺が政府のやつを切るが。」
長谷部が淡々と言う。
さすが、展示が決まった時に『性格は物騒で皮肉屋』と地方局のニュースで紹介されただけのことはある。動機はかわいいけれどとっても物騒だ。が、問題はそこじゃない。

んん、と行き詰まったように見えた場。
と、そこでこんじろうが閃いた。

「主さまの名前を、皆さま全員で持てば良いのではないでしょうか?」

この本丸の刀剣男士たちで審神者の名を共有する。
流石に時の政府も本丸を壊滅させようとは思わない。その上で、誰か一人でも時の政府に傷つけられようものなら、その瞬間に名前を元居た時代に帰すと宣言しておくのだ。

名前をなんとしても元居た時代に帰したくないという、時の政府の思惑を逆手に取ったやり方だ。

ふむ、と歌仙と長谷部はしばし思案し、それから頷いた。
「…名案だね。その手をとろうか。」
「ああ。そうだな。」

こんのすけも異論は無い。

「では、わたくしは政府本部へこの本丸の刀剣男士たち全員に、審神者の名が共有されたことを伝えておきます。何か不穏な動きが政府側に見られた時は、主さまを過去に送り返す心算のあることも匂わせておきます。」

「ああ。よろしく頼むよ。」
にっこりと頷いた歌仙の横顔を見て、口には出さずともこの場で長谷部だけは気付いていた。初期の頃より同じ部隊に配属されていたからこそ、わかったのかも知れない。

歌仙兼定は、皆で主の名前を共有する気なんて無いらしい。そりゃあ共有したふり、だけの方がリスクが少ない。誰がとは言わないが、主を神域にまで連れていきそうな刀だっているのだ。

敵を騙すにはまず味方から、という。
歌仙兼定、彼を近侍にと選んだ名前の采配は、やはり時の政府の見込んだとおり、冴えていた。

「そろそろ戻ろうか。必要な話は僕と長谷部から主に伝えておくよ。報告と偵察、ご苦労だったね。」

「いえ!わたくしたちもこれを食べたら、今日はもう休みます。主さまに、よろしくおねがいいたします。」

広間では、ふわわ、と名前が欠伸をした。

大倶利伽羅が名前の酒をしれっと飲み干し、光忠が何事もなかったかのようにお茶を注ぐ。伊達の双竜は、まさに阿吽の呼吸で、本人の気づかぬところで酒豪たちから彼女を守っていた。

「主!?ご無事ですか!?」
と広間に戻ってくるや否や名前の元に駆けつけた長谷部が陸奥守と和泉守、次郎太刀に捕まった。身を呈して名前の身代わりとなった長谷部はぐでんぐでんに酔い潰されることが決定する。

まもなく、加州と大和守によりお風呂にはお湯がたっぷりと張られる頃だ。
それから流れるように、前田と平野が名前を迎えに来るだろう。

時は流れて、夜は更けてゆく。
まわる星の下で、広間の灯りは、ひときわ優しく皆を包んでいる。


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