とるにたらない

すっすごい…。
名前は言葉を失っていた。

あの後各々食卓についたのだが、名前が何の気なしに着席したテーブルは向かいに御手杵、獅子王と陸奥守、同田貫という並び。
向かい合うようにして、堀川、山姥切、名前、蛍丸が座っている。

ででん!という効果音がつきそうな量の唐揚げを見たときは、いやいや、こんな量食べ切れるわけない。とツッコミの姿勢をとったのも束の間。目の前をびゅんびゅんと飛び交う勢いで唐揚げの生存が削られていく。
一人ひと椀ずつ配膳された肉じゃがをもぐ…と咀嚼しながら名前は卓球のラリーでも見ているような気になった。並みの動体視力じゃ追い付けない。

今日の献立はみんなの好きな夕食ベスト3(おかわり調べ)にいくつかの小鉢と、いつものお味噌汁だ。ベスト3のラインナップは唐揚げ、肉じゃが、生姜焼き。すなわちご馳走中のご馳走だった。なんと希望する刀は、白米をカレーに変更できる。サラダでどうにか机の上の彩りは保たれているが、メインはすげー茶色い。美味しいものって大抵茶色い。

かっかっかっかっという音は山伏の笑い声だけでなく、みんなの茶碗からしている。空いた茶碗には、ひょひょい、と堀川が新たな白米を盛り、それはさながら高速餅つきの如く目にも留まらぬ速さで平らげられていく。

右隣の蛍丸は座布団三つ重ねた上で行儀よく正座していると思いきや、手には菜ばしを持っており、見事な箸さばきで唐揚げを三つ一気に攫っていく。演練であんなに頼もしかった姿そのままに、この食卓と言う名の戦場で、腕のリーチというハンデをすんなりと克服していた。左手に持っているお茶碗も心なしか大きい。小さな手との対比で大きく見えてるのかな?かわいい…と思いたかったが、どう見てもどんぶりに他ならなかった。大太刀すごい。

ただただ圧巻である。
名前があっけにとられていたら、「おい。」と声を掛けられた。
となりの山姥切国広が、名前の顔を覗き込んでいる。
ぽかん、とした表情そのままに名前が見返すと、「食べないのか…?」と心配そうに尋ねられる。気遣ってくれる山姥切も、もぐもぐと片方の頬では唐揚げを頬張っているあたり、彼らにとっては至極見慣れた光景なのかもしれない。

「いや、なんか、すごくて…。」

食べないというわけではないのだけど、なんだかめちゃくちゃはやい大縄跳びでも見ている気分で、この応酬に参加する勇気が少し足りない。

顔には出さずに思案した山姥君は、もぐ…と唐揚げを飲み込んで、お箸をくるりと持ち変える。
箸の背で、ひょいと唐揚げを取ると、名前の茶碗にころりと転がした。

「え!まんばちゃん…!」
突然の優しさに、名前が目を輝かせて山姥切を見た。
きらきらした視線には慣れていない。山姥切は嫌そうな表情をわざと作って、目を逸らすとともに布を引っ張って顔を隠してしまった。無論、頬が紅潮していることは逆となりの堀川にばっちり捉えられている。

ほわあ、まんばちゃん優しい…。と名前がごはんの上に乗っかった唐揚げを感慨深く見つめていたら、「…遠慮してたらなくなるぞ。」とそっぽを向きながら言われる。
まんばちゃんの優しさを味わってた、という言葉を飲み込んで、名前は素直に「うん、じゃあ、いただきます。」と唐揚げをかじる。

さっくりぱりりと皮が割れて、噛んだところからちゅわりと溢れ出す肉汁はみずみずしく、今のいままで一滴残らず閉じ込められていたんだよ!と言わんばかりに広がる。
スパイスの効いている衣と、下味のつけられたとり肉の旨味が口の中で混じり合って調和する。ほくほくぷりりとほぐれる身は食べれば食べるほどお腹が空く味だ。そうして飲み込む頃にはもうひとくちかじってしまう。衣と身の二刀開眼がお口のなかで止まらない。

んんん!と名前がおいしさに悶えた。その勢いのまま、とととん!とそっぽをむいた山姥切の肩を叩く。美味しすぎて、誰かと共感せずには居られない。

「なんだ。」
「おひひい…!!」

んふー!と幸せの塊を頬張ったような顔をした名前を見て、山姥切は、なっ、と固まった。
同じものを食べているのだから、この唐揚げが美味いことは分かりきっている。だけど名前の表情は、気持ちに素直に従っていて、あまりに率直で、すごく無防備に思えた。そしてなぜだか、その無防備さが、山姥切国広には眩しく感じられた。

山姥切は、取り繕うように言う。
「兄弟が作ったんだ、当然だろう。」
逸らした視線の先で、堀川に微笑まれる。堀川国広は嬉しい。自慢の兄弟なのだ。きらきらした眼差しに両脇を固められて、逃げ場がない。
山姥切はなにやら熱い頬をそのままに、意を決して、きっ、と名前のほうを見据えた。

ようやく目が合った、とひとつ嬉しくなって、名前は朗らかに言う。
「取ってくれてありがとう。」
山姥切国広は、そんなことでお礼を言われるなんて思っていなくて、一瞬言葉に詰まったが、ふ、と表情を緩めた。
伏し目がちの、優しい顔になる。
「……これくらい、別に。いいから早く食え。無くなるぞ。」
「へへ、うん。」

美味しい美味しい唐揚げは、ひとつ食べてしまえばもう箸を伸ばさずにはいられなくって、名前は自然と次の唐揚げを摘んでいた。圧倒的な唐揚げラリーに気遅れていた彼女はもういない。

もぐり、とかじってやはり美味しさにひとしきり感動する。

名前の顔を見て、前に座っていた御手杵がにーっと笑う。
「おお!主もいい食いっぷりだな!」
ほっぺにご飯つぶが付いている。

「このペースで食べてたら太りそう。」
名前が困ったように笑うと、同田貫が意地のわるい笑顔を浮かべた。
「鍛練なら付き合ってやる。」
お願いしようかな、と言いかけた名前を獅子王が慌ててとめる。
「いやいやいや!鍛練ってあの鍛練かよ!?主、俺は止めといたほうが…って、御手杵、米ついてるぜ!」

わやわやと騒がしい。
この騒がしさこそが、なににも代え難い、日常だった。

もぐもぐと唐揚げを頬張りながら、蛍丸がお口を抑えつつ話に参加する。
「俺、あれ好きだよ。岩持ち上げるやつ。」
ウィスパーボイスの好きだよ、の次に岩が来るとは誰も思うまい。

岩?持ち上げる??
名前の中で鍛練というものの概念がぶち壊され、再構築される。腹筋とかじゃないのか。

「ドラゴンボールやん。」



さて、名前が男士高校生とドラゴンボールの話で盛り上がっている頃、縁側では三日月と鶴丸が酒を酌み交わしていた。
背景にはぼう、と浮かぶ夜桜。二人の見目も相まって、視力が回復しそうなくらい、美しい光景である。

「三日月、今日はありがとな。」
言いながら鶴丸が、三日月に酌をする。
ふだんなら熱燗に驚きでも仕掛けるところだが、今回は普通のだ。
酌を受けながら三日月は、普通の熱燗であることに驚きつつあった。前はホットミルクだったから、すこし期待していた。

鶴丸は手酌で自分の杯にも酒を汲み、乾杯する。酒に浮かんだ月ごとさらりと飲み干して、口を開いたのは三日月だ。

「だが、これからどうするつもりだ?あの娘は物じゃあないぞ。」

三日月宗近、本題から切り込むタイプである。なんの前置きもないので、しばしば戸惑われるが、それこそ相手の本音を引き出すコツなのかもしれない。

「…何が言いたい?」
「いずれ、今の器じゃあ居られなくなるだろう。人は、体あってこその心だ。」

鶴丸はしばし逡巡した。
己の中にずっとあった葛藤を、三日月宗近に見せることになるとは。

「体ごと連れ去ったんじゃあ、もう二度と戻れないんだぜ?…それは、あまりに酷だと思ったんだ。」

自分の意志とは関係なく、持ち去られ、盗み取られた過去がある。
嫌だったのかと問われると、それはよく分からない。なぜなら、そうしてたくさんの人の手を渡ってきたことが、今の自分を形成していると鶴丸は知っていたからだ。過去が無ければ、今の俺も、また居ない。

物事そのものにはきっと良いも悪いも無くて、良し悪しを決めるのは自分自身に他ならない。だったら、一見して悪い出来事に行き当たったとしても、自分次第で、それはきっと無くてはならない経験に変えられる。かけがえのない、自分の一部として。

名前、ここにくるまでのきみの人生は、どんなものだったんだ?おおらかで明るい、きみのことだ、きっと慕う人もごまんと居ただろう。家族はどうだ?年ごろの娘だ、恋人のひとりやふたり居たんじゃないか?

聞きたくても聞けない、そんな話を、握った名前の重みを撫でるようにして、鶴丸は星空を見上げた。

「手放す気などないのだろう?主がここを去るとなったら、耐えられるのか?」

「…耐えてみせるさ。」

ぎゅうと奥歯を噛んだら、苦い苦い味がした。

顔を顰める鶴丸を一瞥し、そんなんじゃあ、まるで耐えられないと言っているようなものだ、と三日月は思う。思ったから、わざと笑ってやる。

「はっはっは。」

突如はじまった高笑いに、鶴丸は眉をひそめた。
「すまん、三日月。気でも触れたか?」
失礼な質問であることは百も承知だが、ほんとにこのじいさん、何を考えているのか分からないのだ。

「なに、気丈な子だ。そう構えずとも、なるようになるだろう。」

「はあ。」

今ひとつ腑に落ちていない鶴丸の視線の先で、ひとつ、ふわ。と桜の木が頷くように揺れた。


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