黄昏をひとしずく


「…見つけた。」

暫く経って、手入れ部屋の押入れが外から開けられる。
なかでうずくまるように眠る名前と鶴丸の姿を見つけて、光忠が安堵の息をついた。

ひょいと攫うように、光忠が名前を抱き上げる。
おい、体格差からふつうに考えて俺がそっちだろ。といいたげな大倶利伽羅が、不満げに鶴丸を抱えた。無駄に手足が長くて鬱陶しい。
しかし寄せた眉根とうらはら、怪我が癒えていることに大倶利伽羅はそっと安心している。

「…余程疲れてたみたいだね。」
光忠が、目尻を下げて困ったように笑う。
目配せをうけた大倶利伽羅が鶴丸の寝顔に目を落として、なるほどたしかに珍しい。と静かに同意した。

「で、どうするんだ?」
「うーん。夕飯まで少し時間があるから、僕たちの部屋に運ぼうか。」

人ひとり抱えていることをもろともしない広い歩幅で二人が廊下を歩いていく。
ふわ、ふわ、と揺れる心地がして、名前が瞼を開けた。
目覚めた気配に、光忠が腕の中の名前と目を合わせて微笑んだ。

「ああ、主、起こしちゃったかな?ごめんね。おはよう。」
「お、おはよう。」

思わず答えたけれど、これ、どういう状況?
そうか、寝ちゃったのか、というところまで思い出して、はっとする。
抱っこされている!

「起きたから!自分で歩ける!」

すぐにでも自分で立とうとする名前を光忠が有無を言わさずぐっと抱きこむ。
ちゃんと優しい力加減に、いつかのキャベツの無念も晴らされたことだろう。

「もうすこしだから。…ね?」

小さい子を宥めるような話し方をされると、まるでこちらがわがままを言っているような気がして、大人しくせざるを得ない。

名前は居た堪れなくて俯いた。
こんなふうに横抱きにされるのは、やはり慣れない。重くないかな、と心配する名前をよそに、赤くなってかわいいなあ、と光忠は目を細めた。

重いどころか先程よりも軽くなった光忠の足取りに、大倶利伽羅が呆れた視線を送っている。

やがて彼らの部屋へと到着し、中へ通される。
個人の私室とは別に、寝室を共用にしているらしい。

本棚には料理本。壁には誰の趣味だろうか、ダーツがかかっている。
飾り棚には無造作にジェンガ、トランプ、UNO、黒ひげ危機一髪、チェス盤が置いてある。

めっちゃお泊り会したくなる慣れ合い部屋である。

光忠がさっと布団を敷いて、大倶利伽羅が鶴丸を寝かせた。
…ぐっすりと眠っている。
もう外傷は見当たらないが、相当な怪我をしていたのだ。その上あれだけ泣いたから、さすがの鶴丸国永も体力を消耗したのだろう。
ようやく正しい療養の姿勢をとった鶴丸に、名前が息をつく。

大倶利伽羅がその様子をちら、と見て部屋を出て行った。もはや無言で立ち去るのは大倶利伽羅の特性である。

初めて訪問する部屋ということもあって、名前は些か緊張していた。
きちっと正座した姿からそれを汲み取った光忠がとなりに胡座をかいて座った。

なんとか気を緩めてもらいたくて、声をかけたかったけれど、名前を失ってここにいる彼女の心中を想像したら、簡単に言葉が出てこなかった。

鶴丸がこちらへ彼女を連れてきたということに気付いていながら、それを黙っていた自分も共犯に違いない。
『もう大丈夫だよ。』というのも、『よく頑張ったね。』というのも、違う気がした。

実際のところ名前の緊張は、うおお伊達男の巣窟…えっここでみんな一緒に寝てんの?じゃあ電気消すね?みたいな会話があるってこと?うわあ家族やんすごい。

という類のものだったが、にやけないように必死に頬を引き締めているので、光忠の目にはとことんシリアスな思案顔として映っている。

言わずもがな名前はとうらぶ箱推し勢であるので、ここへ来てからの情報供給量は本当にすごい。公式からの薄い供給に鍛えられすぎて居たので、断食中にステーキ出されたガンジーのような気持ちである。

なので落ちた沈黙に気づかず、
「……すごい。」
とこぼしてしまったのも致し方ない。

すごい…?
名前の視線を追った光忠が、なるほど、と微笑んで「人生ゲームとオセロもあるよ。」と優しく声を掛けた。
「へええ、久しぶりにやりたいな。」
と答えた名前に、光忠はそっと胸を撫で下ろした。
きっかけさえ出来てしまえば、あとは自然に出てくるものだ。

「ねぇ、主。」
「ん?」
「ここには、いつでも来ていいからね。自分の部屋だと思ってくれていいんだよ。」

「うん、」

「…君の居場所に、なりたいんだ。」

言葉が真っ直ぐに飛んできた。
真摯な黄金色の眼差しは、名前さえ気づかないままだった不安の影を射抜くように照らす。

名前は目をまるくして、それから、ほころぶように笑う。
「うん。ありがとう。」
嬉しかった。それはもう、すごくすごく。
「…嬉しいなあ。」
意図せず言葉になるくらいだ。それくらい、嬉しい。

と、そこで部屋の襖が開き、大倶利伽羅が戻ってきた。
ガラスの瓶に入った飲み物と、コップが人数分お盆の上に乗っている。
なんだか見覚えのある光景である。

「これなに?」
「ジンジャーエールだ。」

ジンジャーエール。
大倶利伽羅、君は似合う飲み物が多いな。

なぜジンジャーエールなのか?
それは大倶利伽羅が厨で朝食の準備をしていたときのこと。10分遠征の玉鋼シャトルランをしていた長谷部がやってきた。
そしてジンジャーエールを飲み干し、『やはり疲れた時はこのしゅわしゅわがいいな。』と言っていたからだ。

そんなこと知る由もない名前が、なんでジンジャーエールなんかな?という疑問を顔に浮かべていたので、大倶利伽羅はさも当然だと言わんばかりに言い放つ。

「このしゅわしゅわが疲れに効くんだろ。」
「…しゅわしゅわ。」
「……しゅわしゅわ。」

あまりに可愛い。
名前は、あまりの可愛さにこみ上げる笑みを耐えきれんと言わんばかりに光忠を見た。
光忠もまた、同じ顔をしていた。

大倶利伽羅はへんな顔をしている二人をスルーして、さっさとコップにジンジャーエールを注ぐ。

とぷとぷとぷ、という音の端から、燦々とした炭酸の粒がはじけて、さわやかな香りが目に見えるように広がった。

ジンジャーエールの中、ぷつぷつと登る泡が透けて、光る。

彼らの瞳の色にも似た、金色。
どこか懐かしい、黄昏のいろ。

「ほら。」
ん。と差し出されたコップを手にとって、名前が、口をつけた。
鼻につんと抜ける炭酸に、喉が乾いていたことを思い出す。

くぷりと一口。
星が弾けるような黄金色がしゅわりと舌の上に転がったら、突然お腹が空いた。

沈んでゆく空に金星がひとつぶ、きらりと瞬いて、もうすぐご飯ができあがる。


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