雨宿り

鶴丸が、ぎゅうと目を閉じる。

好きで好きで苦しい。
となりに、ずっとそばにいることが、彼女を守る最良ではなくなる時がくるかもしれない。
そんなふうに思ったら、はらはらと涙が出る。
次から次へとこぼれる雨粒のような涙。
拭った指先が濡れてゆく。

「弱ったな、…とまらん。」

ぐすり、自嘲するような鼻声が背中に直接響いた。
困らせてしまったか、という気遣いが見てとれるような、わざとらしく明るい声に、彼女は強がりを見抜いてしまう。

言葉の間にぐず、と嗚咽が混じる。
泣く事に慣れていない、くるしそうな声。
この胸のくるしみは、悲しいからなのか、それとも慣れない涙を流しているからなのか、いよいよ分からなくなっていた。

「…なあきみ、これの止め方を教えてくれ。」
「鶴丸って泣いたことないん?」
「…いや、ないこともないんだが。」

鶴丸国永は、記憶をたどる。

一度厨で胡椒をぶちまけたことがある。あのときは涙と鼻水で溺れ死ぬかと思った。

たしかその時は、顕現したての光忠が不意のくしゃみでキャベツを握り潰してしまったのだ。メシャアと音を立てて四散するキャベツに驚いて、くしゃみも涙も引っ込んだ。

光忠の握力を目の当たりにした鶴丸は、二度と胡椒を触らないと誓ったのだった。

ロールキャベツになるはずだった献立はメンチカツとコールスローに変更され美味しくいただかれたのが唯一の救いだ。
堀川国広の機転に感謝である。

まつげが入ったときとも違う、あくびをしたときとも違っている。

鶴丸国永にとって、今回の涙はいままで流したどれとも違っていた。
何度拭っても、止める方法がわからないのだ。目に力を込めても、ぽろぽろとこぼれる涙。彼の瞳が空なら、名前の肩には紫陽花が喜んで咲くだろう。

「鶴丸って、顕現して一年ぐらい?」
「…ああ、そうだな。この身で桜を見るのは、二度目だ。」

そっか、と名前はひとりごちて、鶴丸の腕の中ゆっくりと振り返った。
彼女の目に映った鶴丸国永は、まるで子どものような泣き顔だった。
押入れの戸の隙間から差す僅かな光でもわかるくらい、目も鼻も赤くなっている。

じっと目が合い、鶴丸は困ったように笑った。
「…あんまり見ないでくれ。」
言いながら目元を拭おうとする指を、名前がそっと奪う。
「擦ったら赤くなるから、」
ひどく優しい声が、胸に、瞳に、沁みた。

握られた手の指の隙間、合う視線が照れくさくて、鶴丸はごまかすように言う。

「光坊じゃないが、これじゃあ格好がつかないなあ。」
「鶴丸もそういうの気にするんや?」
「そりゃきみの前だからな。」

ずびずびと泣きべそをかきながらも、無意識に口説いている。
これだから伊達男は。

あまりに自然に言われたものだから、名前も言葉の裏を汲むことなく、会話は続く。

「はいはい、かっこいいかっこいい。」
「…きみなぁ、」
うらめしそうな鼻声が、名前には可愛く思えてしまって、つい笑いがこみ上げてくる。
慰めるようにそっと、涙で湿った頬を撫でる。

「一回泣いちゃうと、止まらんよな。」
「……んん。」

鶴丸国永、息を止めている。
意地でも泣きやみたいらしい。
あまりの必死さに、名前が思わず吹き出す。

「っふふ、」
「ぷは、…っひっく。」
「しゃっくりでてるし。」

はあ。仕方ないなあ、と思った。
その響きは、愛おしいなあ、とよく似ていた。

なにかを受け止めて、なにかを飲み込んだとき、心がざぶんと波立って、溢れた分が涙になる。
苦しくてもつらくても、いつしか溶けて胸の奥、大切な景色のひとつになるんだ。

だからきっと、泣くことは、格好わるいことじゃない。

ため息をついて、名前が鶴丸をそっと抱きしめる。無理に泣きやまなくていいよ、と背中を撫でた。

「そのうち止まるから。」
「…うう。」
「止まるまで泣いたほうがいい。」

人の身を使うことに関してならば、彼女のほうが先輩なのだ。
何せ、人の子は生まれた瞬間から泣いている。

名前は、鶴丸が桜の木の下で自分の刀身を預けてくれたことを思った。
彼らの命を預かるのだから、名前ぐらい渡しても、お釣りがくるぐらいだ。と考えている。

ゆっくりと呼吸を整えるのを待ちながら、名前もまた歩幅を合わせるように目を閉じた。


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