居場所


「ちょっと…!押すなって…!」
「お前がそっちに寄れば良いだけの話だろ。」

とある部屋。その襖の前で言い合いをしているのは加州清光と大和守安定だ。

『ちょっと顔貸してくれる?』
と笑顔を作って狐を連れ出した名前の目が一ミリも笑って無かったことは記憶に新しい。行き先を親指で指してるのもなかなかドスが効いていた。

現代に詳しい加州は、ピンときた。
おそらくこれが、"コウシャウラデタイマン"というやつなのかもしれない。

失敗した…としんなり尻尾を下げて付き従う政府の管狐が哀れに見えるほどだった。
もっとも、この本丸にいる誰一人として、狐には同情をし得なかったが。

部屋の中には近侍である歌仙と長谷部が付き添っている。もちろん佩刀済みである。
先ほど長谷部が刀を管狐に向けたとき、名前は一度制止をかけていたが、今はどうだろう。
顔貸せや、と狐を連行した今しがたの主なら、何をとは言わないがやりかねない。そんな顔だった。

それを、物怖じしない主…!かっこいい…!と思う、清光の主フィルターもすこしずれているのは本人の存ぜぬところである。

『みんなはゆっくりしといて。』
と言った名前の言葉をさておいて、部屋の屋根裏には短刀たちが息を潜めていたし、隣の部屋には脇差が控えている。

落ち着かない年少者(?)たちとはうらはら、太刀やその他のおじいちゃん勢は、めいめいに寛ぎはじめたので、清光は目を疑った。

清光と安定の後ろ、庭に面した縁側ではそれを象徴するように鶯丸が茶を飲んでいる。

「ねえ、気にならないの?」
状況を軽んじているように思えて、腑に落ちない清光が鶯丸に問いかける。
鶯丸は茶を飲みのみ、ゆるやかに答える。

「なに、なるようになるさ。」
「…あのさあ。」
清光が言いかけたところで、鶯丸の頭にメジロがとまる。首を傾げてぴぴ、と鳴いた。
…かわいい…!と清光の気が逸れたのをいいことに鶯丸は言葉を重ねる。
「まあ、…そうだな、主を信じろ。とでも言っておくか。」
「…はあ。」
じじいたちは良いよなー、気楽で。と思いながら、なんだかムキになる気も失せてしまった。主を信じろ、って、そんなのとっくに信じている。

加州が信用ならないのは、時の政府だ。主が生きていた時代には存在しない組織。もしくは、機密にされていて、その存在が明るみには出ていなかっただけなのかもしれないが。突如現れて、いまや圧倒的権力となった政府の組織に、仄暗さを感ぜずしてどうしろというのか。

堀川をひっ捕まえて隣の部屋で聞き耳を立てている和泉守を想像して、清光はすこし大人マインドに切り替えた。

名前を正気に戻した大手柄の三日月は、光忠に今夜の献立をリクエストしに向かっているあたり、もはやこちらの安寧を確信しているのだろう。

戦いの気配が遠のき、いつもの平穏に戻りつつある本丸の夕暮れを、夜ごはんのにおいがのんびりと流れてゆく。

さて、件の室内の空気は張り詰めていた。
短刀、脇差、一部の打刀たちに完全包囲されている部屋の中である。
お座りした政府の狐に向き合うようにして、両脇に近侍を控えた名前が居る。

一つ目に、検非違使の練度が統一されていたということ。
二つ目に、此度の戦いが政府に監視されていたこと。

これらの事実から、名前はある仮説を立てていた。

今回現れた敵は、時の政府によって作られた、仮想検非違使。別名迫真仮想部隊ではないか。
戦力拡充E3っていうのは、半分冗談やったのになぁ、と名前は心中で苦笑いした。

名前は、刀剣を顕現させられる力があるのものは、三陣営あると考えている。
ひとつに、審神者。
ふたつに、歴史修正主義者。
みっつめに、時の政府。

顕現した刀剣男士の姿形は違っていても、きっと歴史修正主義者らの敵陣営も刀の付喪神を使役しているのだろう。

また、時の政府の演習で現れる敵は、おそらく時の政府が用意したものだ。
そうでなければ、歴史修正主義者が時の政府と一緒になって審神者を訓練しているというおかしな事態になる。

個体として判別できない姿形をしているのは、自分たちで作った刀を顕現しているのかもしれない。

名前や由来のない、量産可能な付喪神を想像し、科学は発達しすぎると魔法みたいだな、と思った。いかにもバチが当たりそうである。
自分の体についても同じ感想を持って、膝の上に置いた手のひらをきゅっと握った。

凪いだ表情の奥で、名前は交渉の算段をつける。
歌仙と長谷部がその横顔を伺って、目配せをした。主に任せよう、と。

政府の管狐は名前に対し、政府の元に身を置いて、この本丸の指揮を取れと言った。

身柄を拘束したい、だが、本丸の指揮は取らせてくれるという。

時の政府としての最優先事項は、表面上は審神者の身の安全としていたが、おそらく本当のところは、元居た所に帰したくないのだろう。

現代にこの記憶を持ち帰って情報漏洩したらやばそうだな、ということは名前自身にも朧げながら想像できた。

まあだれも、信じる人なんていないだろうけど。

名前としては、身柄を拘束されるのはごめん被りたい。力任せに要望を通そうとするような組織に囲われるくらいなら、宇宙人にさらわれた方がまだマシだし、勝手知ったる刀剣たちに神隠しされる方がよほど快適だ。

でも無理やり自分を攫っていかないあたり、時の政府はどうやら刀剣男士たちを恐れているようだ。
『あなたがそれを望むなら、刀剣たちに異論はありますまい。』
まるで、審神者の意思に反したら、刀剣男士が暴動を起こすとでも言いたげな口ぶり。

…もし私が時の政府へ身を置くと言っていたら、彼らは黙って従ってしまうのだろうか。嫌だと言えば、きっと彼らはどんな手を使ってでも、それを阻止してくれるんだろう。
自分の言葉に与えられた重みを、改めて噛みしめる。

帰したくないのなら、はじめからそうと言ってくれれば良いものを。偉大な権力はときに不用意に力を振るうんだ。

名前は努めて冷静に、狐に声を掛けた。
「一から説明してほしい。」
う、と口ごもった管狐に、両隣の歌仙と長谷部から殺気が飛ぶ。
カツアゲしているような気持ちになったが、出すもん出してもらわねば、先に進めないので、名前もそっと狐を促す。
「大丈夫大丈夫。生きて返すから。」
優しく笑んだはずだったが、もちろん目は笑っていない。静かに怒る関西人は特別こわい。

「……かしこまりました。では説明させていただきましょう。」
いまのところ命しか保証されてないのですがそれは…と頬を引きつらせながらクダギツネが口を開いた。



狐が説明してくれた、時の政府の動きは以下の通りである。

まず、今日予定していた出陣が発生しないので、バグを疑い一度内部から部隊編成をいじったらしい。
しかしそれでも、本来であればあの盤の命令に従うはずの刀剣が、出陣を行わない。

これにより時の政府の名前本丸担当者(32歳独身男性趣味はジグソーパズルとプログラミングの実家暮らし。以下丹東さんと呼ぶ。)は首を傾げていた。

そこへやってきたのがこんのすけ22162番。皆さんご存知この本丸の担当クダギツネである。

「大変です!伝達盤に異常が発生しました!刀剣男士たちは混乱し、このままでは今後の出陣がままなりません!」

そもそもこんのすけ22162番は、審神者の傀儡が意識を持ったことを丹東さんに伝えていない。

丹東さんは慌てて上部へ事態の報告をあげる。
「本丸にてシステムエラーが発生。バグの可能性もあり、刀剣男士たちが出陣できないほど混乱している。」

それを聞いた上層部は、事態を重く捉え、本丸へと人員の派遣を決定。その前段階の準備として仮想検非違使部隊を本丸敷地内へ転送。

混乱した刀剣男士のもとへ生身の人間を派遣するのは危険であるという考えのもとでの指令である。
彼らを戦闘不能にすることで、潤滑に本丸内部の不具合を調整する予定だった。

ところが本丸の刀剣男士は混乱の最中どころかきちんと陣形、戦略を取ったうえでこれらを迎え撃った。

これに驚いた時の政府本部は急遽本丸御殿内部へ偵察を送り込んだ。それがいま不運にも囚われの身となったこのクダギツネである。

彼はクダギツネ00003番、エリート中のエリートであり、何事も本部の指示通りにそつなくこなすオールラウンダーである。
しかしながら型にはめたような生真面目な性格が良くも悪くも働きすぎるため、友達が少ない。



「…あとはご存知の通りです。」

ああ、胃がきりきりします。クダギツネは長いようで短かった社畜人生を振り返った。…このような失態を犯すはずではなかったのに。
これでは本部直轄クダギツネ降格もありえます。…ボーナスが減ったら、油揚のランクも下げなければならないでしょうか…。いや、もしかしたらクビなんてことも…。とクダギツネはぺしょんと耳を下げて俯いてしまった。
クダギツネ業界にもいろいろあるらしい。

「…一つ質問してもいい?」

分かりやすくしょげているクダギツネに名前が声をかける。ちょっとこわがらせすぎたかもしれない。

「…はい、なんでしょうか?」
しょげているというか、リアルな雇用問題に頭を抱えていたクダギツネが、顔を上げた。
生真面目なので、質問には答えずにはいられないタチなのだ。

「なんで鶴丸折ろうとしたん?」
「…そ、それは。…申し訳ございません。」

クダギツネは心底困ったようにかぶりを振った。参っている、というような仕草だった。

「原因が、分からないのです。…仮想部隊があのように戦い方を変えたことなど、いままでありませんでした。…ですが、政府の対応で主さまの刀剣男士が危機に晒されたのは事実。政府に非があるのは明白。時の政府は現在原因を調査中です。」

名前は、時の政府が鶴丸を折ろうとしたということは、もしかしたら鶴丸は、私のことを帰す手段をも知っているのかもしれない。とも考えていたが、その答え合わせはできないらしい。

きつねはぽつぽつと、言葉を摘むように話を続ける。

「…こちらから何か仮想部隊に細工をしたという事実はありません。あのような振る舞いをしておいてなんですが、それだけは信じていただきたい…です。」

実際今回の襲撃事件は時の政府という組織の不手際オブ不手際である。目の前のクダギツネは自身の仕事を請け負っただけであり、罪はないのだ。

「そっか…。何かわかったら教えてくれる?」

名前がそういうと、クダギツネが目を潤ませた。

今ちょうど、そのモフモフの耳の中に忍ばせた通信機に、無線が入った。
"クダギツネ00003番、任を解する。"
雷に、撃たれたような衝撃だった。これまで、時の政府に仕え、懸命に働いてきたのに、…なにも言えないまま、通信は切られてしまった。

ザーというノイズ音のみが、左耳へと土砂降りの雨のように鳴っている。
泣くものか、と涙をこらえた。
私は無慈悲なクダギツネ。泣く資格なんて、ない。

「それは…できそうにありません。今しがた、政府からの通信が途絶えてしまいました。…私はもう、御役御免のようです。」
「えっ?どういうこと?」
「…っ、クビということです。」

ぐうう、と涙をこらえた顔が痛ましい。
なんて身勝手なんだ時の政府。名前は政府のブラック企業っぷりに衝撃を受けた。いくら二万匹以上替えが居るからといって、こんな使い捨て人事、ひどすぎる。

「…クビになったら、どうなるん?」
「クダギツネらしく、管にでも引き篭もります…。」

できるエリートが慈悲もない大企業からドロップアウトしてヒキニートになってしまうなんて、どこの現代日本の縮図か。

「うちにくる?」
思わず口をついて出ていた名前の言葉に、長谷部が声をあげる。
「なっ!?主…!!なにを言ってるんですか!?」
「まあまあ、狐一匹くらい大丈夫。」
「俺は信用できません。」
言って、クダギツネを睨む。

親の仇でも見るような目である。長谷部の三白眼がギラついてこわい。小狐丸にもこんのすけにもこんな顔をしていたが、狐が天敵なのか?
デジャブを感じて、名前は朗らかに声をかけた。
「じゃあ長谷部のところでいろいろ教えたげて。」
「………は、」
「わたしも一緒にお世話するから。」

一緒に…お世話!?
長谷部の脳裏にめくるめく展開する未来予想図。

〜回想、主とクダギツネ〜

執務を済ませて、長谷部が部屋でくつろいでいると、部屋の障子がすっと開く。
見ると、そこには湯上りの主。
上気した頬や、まだ濡れている髪に目がいく。無造作に纏められた襟足が、やわらかく湿っているのを見つけて、長谷部は慌てて目を逸らした。
「長谷部、」
名前が長谷部の隣にすわって首をかしげる。
「クダギツネの散歩、いこっか。」

〜〜回想終了〜〜

…悪くない…かもしれない。いや、だいぶ、良い…。
やはり、長谷部はちょろかった。

長谷部…きみねぇ。と呆れ顔の歌仙はというと、これには賛成だった。
本部直属のクダギツネならば、自分たちが知り得ない情報も握っているはずである。ともすれば、政府と縁の切れたこの狐は必ず主の助けになるだろう。あとはこの狐が本来政府へと向けていた忠誠心をどう懐柔するかだが…。

クダギツネはぽかんとしている。
「…ここに、居ても良いのですか?」
名前が二つ返事で答える。
「うん、いいよ。」

「しかし…!」
あわあわ、と立つ瀬ない狐に名前が笑った。今回は、ちゃんと目も笑んでいる。

「もし心苦しいなら、あとは自分で、居ないといけない存在になったらいいんじゃない?」

っちゅどーーーん!
という音がした。クダギツネの心が、見事撃ち抜かれた瞬間である。
歌仙がにやり、笑った顔はいよいよ参謀じみていた。

クダギツネの目から、 引っ込んでいた涙がぼろぼろと溢れ出す。

「…主さま、っ天使ですかぁ…。」
「いや、クローンに入った人間やな。」


【クダギツネ00003番適性テスト】
知力:A+
体力:B
知識:S
霊力:B
妖術:B

情報管理能力:A+
有事対応能力:S
思想統一度:A


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