影踏み


鶴丸国永が重傷。

名前は自分の嫌な予感が的中したこと、そして、予感していたのにも関わらず出陣させてしまったことを悔やんだ。
折れなかっただけ、よかったのだろうか。いや、でも、これは自分の失敗だ。

言葉を失った名前に代わって、獅子王が長谷部に声を掛ける。
「手入れ部屋の準備なら整ってるぜ。…けどなんで鶴丸が重傷なんだ?」

鶴丸国永。この本丸において初期にやって来た彼の練度は上限に達している。
よく稽古をつけてもらっていた獅子王は、鶴丸の腕を確かなものだと認めていた。

軽妙な身のこなし、流れの読めない切っ先。
戦場でも飄々と楽しそうに刃を交える鶴丸国永の表情を見たとき、この男が敵じゃなくて良かった、と獅子王は苦笑いしたほどだ。

「敵の攻撃が鶴丸に集中した。」
「いや、集中するって、そんなにかよ!?」

獅子王が驚くのも無理はない。
長谷部の脳裏に蘇る、今しがたの記憶。

ーーー
鬼神の如く敵を薙ぎ払う岩融を、敵はその強さよりも、数で押していた。
長谷部たちが駆けつけたとき、敵の戦力は岩融一振りによって4分の1ほどは削られていた。

敵の群れから岩融を引き剥がし、振り返ったところで自陣の第二部隊が投石を構えるのを見た。牽制するように、膝丸と明石が敵を押し返し、山姥切が岩融の馬の手綱を引き受けた。

そして、第二部隊の歌仙と目が合う。
ひとつ頷き、長谷部は声を張った。
「走れ!!」
「ちょ、長谷部はん無茶言いますやん!」
明石の嫌ごとが聞こえたが、第二部隊へと向かって、岩融を連れた第一部隊が一斉に駆け出す。
背後でぐおお、と叫んだ敵にどしゃりと石が降り注ぎ、その装備を剥がしていく。

第二部隊に山姥切と長谷部が加わり、骨喰の先導で岩融、膝丸、明石が帰還する。

その場に残った第二部隊で投石と白刃戦を繰り返し、前線を押し返す。
槍の攻撃でいくらか軽傷を負うものの、刀装により敵の刃はあまり通らない。

これは、難なく勝てる戦いだ、とそこに居た誰もが確信した。
慢心でも妄信でもなく、戦闘経験によって裏付けされた、たしかな予測だった。

そこへ、第三部隊、第四部隊が到着する。
太刀、大太刀の高打撃部隊。それも殊更、霊力が高まっている。いわゆる桜付けがされたようだが、この短時間でいったいどうやったらそうなるのか。長谷部はなんとなく予想がついて、湧き上がる嫉妬心をぐっとこらえた。

隊長となった二振りが声を上げる。
「さあて、大舞台のはじまりだ!」
「はっはっは、…やるか。」

主の戦略だろうか、三角形を描くように敵を囲いこむ。こうなればもはや、勝敗は見えたも同然。

しかし、それから敵の様子ががらりと変わった。いつもならば無秩序に応戦してくる敵が、槍を庇うように動き始めたのだ。

槍から殺せ。という念はいつも主から感じていたので、やるなら槍。と心がけながら戦っていたが、あろうことか槍は他の敵に庇われながら、鶴丸国永へと向かって行く。

受けてやるぞ、と向かってくる槍をいなしては斬り返していた鶴丸だったが、あまりの集中放火に徐々に手傷を負っていく。

他の男士たちが援護に向かうにも、敵は示し合わせたように鶴丸との間に割って入り、なかなか距離は縮まらない。
その間にも、ひと突き、ふた突き。
白い衣が赤に染まるのを、止められない。

敵の攻撃が集中する、それはままあることだが、今回の集中攻撃は明らかに異常だった。
あれは、敵に何らかの意図があるようにしか見えなかった。
いや、鶴丸国永を折ろうとする意図が、あるように見えた。

幸いにもこちらの戦力が敵を上回り、敵の思惑通りにはいかなかったが、拭いきれない異質な不安が、刀剣達の間に渦巻いた。

主を戸惑わせることは、長谷部にとって本意ではなかったが、これは彼女の耳に入れておいた方がいい。
その判断のもと、長谷部は名前に状況を伝えた。
「…主、奴らは、鶴丸国永への攻撃を目的としていました。」

名前は訝しげに眉根を寄せた。
「…え?」
「はあ?どういうことだ?」

同じように首をかしげた獅子王と、名前の瞳をかわるがわる見据えながら、長谷部が事のあらましを伝えた。

今回現れた検非違使は、ただ無心に歴史を遡った者を斬るだけの検非違使とは違う。
『鶴丸国永を折る』という目的のために立ち回っていたということ。

長谷部の話を聞いても、名前は鶴丸が怪我を負うところがあまり想像できなかった。ゲームをしているときから思っていたが、なんというか、敵の攻撃はいつも鶴丸を避けていたからだ。

それが、この期に及んで重傷。
「なんで…。」
なんで鶴丸なのか?死亡フラグ回収?
いや、おそらく違う。ひとつ思い当たる、鶴丸国永が他の刀剣と差別化される理由。

鶴丸が私を、
『ーきみを、連れてきたんだ。』

その声を思い返したところで、ちょうど、背後から聞こえて来たのが、鶴丸国永、その人の声だった。

「いや驚いた。どうやら天罰がくだったらしい。」

なんて言って笑う、鶴丸がすぐ近くに居た。
思い描けなかった傷だらけの姿を目の当たりにしたとき、名前は言葉を失った。

「…鶴丸…」

いつのまにか続々と帰還する部隊。その足音をぼんやりと聞きながら、名前は自問する。

私は、こちら側へ来たかったのだろうか?

思えばこれまでも、のらりくらり、行き着く先で懸命に生きてきた。
自らどこかへ行きたいと、何かになりたいと願うのをやめたのは、いつからだろう?

曖昧な思いで置かれた先で、それなりに不自由なくやり過ごしてきた。

そんな暮らしの中にだって、笑い話やみどころもあったけれど、それは名前が望むともなく訪れてきたもの。
はみ出すことなく、足並みを揃えて並んだ列の先に、いままでの自分が居た。

今はどうだろう?

視線を上げるとずらり。
土埃をかぶって、着物を汚して、それでも誇らしげに互いを讃えあい、笑いかけてくれる、彼らが居た。

自分のことを、主だと言う刀の神様たちが、ここに居る。

ぐいと手を引かれて、垣間見得た世界で、ようやく会えた者たち。

ここへ来たかったのか?と問われると、それは願いもしなかったこと。
願うことさえ、叶わなかったことだ。
だけど、何度問い直しても、彼らに逢いたかった気持ちだけは、やっぱり本当だった。

帰って来てくれただけで、その表情を見ただけで、こんなに胸が溢れそうになるんだ。この気持ちを嘘だと言ったら、一体何が真実なんだろう。

歌仙に支えられてぐったりと立ち尽くした鶴丸の側へ歩み寄る。
名前はその頬に触れて、視線を合わせた。

「…ちがうよ。天罰なんか下らん。鶴丸は、私の願い事を叶えてくれただけ。」

鶴丸の目に、何かを堪えるように、ぎゅうと力がこもる。
痛い、痛い。いたいのは、体だけじゃなかった。満身創痍の霞んだ思考で、名前のことを見た。

彼女の言葉を噛んだら、痛くて、痛くて、たまらない心が、そっと撫でられるような心地がした。
「ああ、きみがここに居てくれてよかった。」思わず鶴丸の口をついて出た声は、存外しっかりと響いた。

歌仙がため息を吐く。
「…まったく、連れて来た張本人がなにを言ってるんだい。しっかりしろ。」
「いやあ、こうも鶴らしくなったのは久しぶりなもんでな…!」

鶴丸を背負い直しながら、やれやれ、とした面持ちで歌仙が名前に声をかける。
「これでは鶴というより手負いのフラミンゴだけどねぇ。主、この空元気の塊を手入れ部屋に運んでくるよ。」

「うん。みんなの話聞いたら、私も向かう。」
天罰がおりるとすれば、それは私のものだろう。なんていうのはちょっと厨二っぽいかな、と名前は思った。

「おかえり、みんな。帰って来てくれてありがとう。」

名前が帰還した部隊に声を掛けたところで、どこからかひらり、小さな影が一つ視界に降り立った。

「ほほう、どんなバグかと思いきや、これは予想外。神隠しですか。」


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