帰還


三日月たちの部隊とちょうど入れ違うような少しの差で、骨喰たちが帰還した。

門のところに人影を見つけて、名前の背筋が伸びる、祈るような気持ちで目を凝らす。

そして岩融の大きな体を見つけたとき、ふっと胸のつかえがとれたように脱力した。
無事でよかった、と名前が安堵のため息をこぼすのと同時に、「いわとおしー!!」と今剣が駆け出す。

真剣必殺を何度もしたのだろう、立派な袈裟は大きく破けて、その荘厳な肉体に気持ち程度引っかかっている。
馬から降りた体を、膝丸がやれやれとした様子で、そっと支えた。

距離が近づくにつれて、痛々しい傷が目に映る。名前が、私のせいでごめん。と言いかけたのに被せるようにして、岩融が声を張った。

「主よ!無事であったか!」
傷をもろともせず大きく笑った岩融に、名前は、はっとした。
誇らしく、清々しい表情。言うべき言葉は謝罪ではないらしい。

名前は少し口を噤んで、それでも素直な気持ちは自然と言葉になるのだった。

「…岩融…!帰って来てくれてありがとう!」
よかった、よかった。
安心したら潤んでしまう涙腺。名前は涙が溢れそうになるのをぐっと堪えて、言葉を続ける。
「…戻って来てくれて、よかった。」
「がっはっは!当然だろう。主の不殺の采配に、傷をつけるわけにはいくまい!」
「う、…ありがとう。」
安堵から、泣き笑いの表情になる名前を、岩融は豪快に笑い飛ばしてしまう。
「なに、礼には及ばぬ。主の無事こそ、最上の誉なり!」
雲が割れて、差しはじめた光が岩融の刃に反射した。眩しさが、名前の瞳の揺らぎを小さくしていく。

岩融を手入れ部屋に見送る。手伝い札を使うと、全自動で手入れが進められるらしいが、それなりに時間はかかるようだ。
これは言っとかなあかんやつやろ、と名前は胸中で三日月にデコピンをした。

「戦況を報告する。」
名前の側へと骨喰がやってくる。
「主、間も無く敵の殲滅は完了するだろう。」
簡潔な報告。名前は少し首をかしげた。
検非違使は、こちらの刀剣の最高練度に合わせて現れるのではなかったか。だとしたら、敵はカンスト検非違使であるはずだ。

…少し、呆気ないような気がした。もちろん、簡単に勝てるのなら、こちらにとっては好都合な事実だけれど。
「最高練度の検非違使やと思ってた。」
「練度まではわからない。…だが戦況から察するに、おそらく敵の練度は五十程度だ。」

「…検非違使やのになんでかな?」
疑問の浮かぶまま骨喰を見返すと、静かな瞳は被りを振った。
「すまない。それは…わからない。」

レベルが変動しない検非違使。
「この本丸の住所って戦力市拡充区Eの3とかなん?」竹藪もあったしな…と半分本気な名前の小ボケをスルーして、骨喰が言葉を続ける。
「検非違使出現の前兆も消えている。援軍の気配も無い。殲滅が完了出来次第、残りの部隊もすぐ帰還するだろう。」
「そっか…。」

骨喰のスルースキルに、愛しさと切なさと心強さを覚えながら名前が神妙に頷いた。
そんな名前の背後で、スルーされてますやん。と密かに明石がツボにはまっている。

岩融が中傷程度らしい、他のみんなは中傷以下で帰ってくる見込みだ、と骨喰が報告する。

名前は、脇差と槍部隊も出陣させる心算だったが、それには及ばないらしい。

「それじゃあ、僕たちは本丸の裏手に敵が回り込んでいないか確認して来ますね!」

念のため、堀川くんたちが本丸の裏手の索敵を買って出てくれた。
部隊は堀川、大和守、青江、鯰尾、浦島、蜂須賀の六人で組んでもらう。

「俺らの出番は無いみたいだなー。」
御手杵がのんびりと言う。
「いや、そうでもねーみたいだぜ。」
獅子王がにやりと笑った先で薬研藤四郎が白衣をばさりと羽織った。
「大将、俺は手入れの準備をしてくる。何かあったときはすぐ呼んでくれ。いいな?」
「うん、わかった。」

薬研は、頷いた名前の後ろ頭に手を回し、労わるように首筋をきゅうと撫ぜた。
「全員無事に戻るまでが戦だ。あともう少しの辛抱だぜ、たいしょ。」
引き寄せられて、おでこがくっつく。ゼロ距離で瞳を覗き込まれて、思わず息が止まる。
こんな仕草が様になる薬研藤四郎は、やは短刀ではない。首をすくめた名前に向かって、いたずらに笑う顔は少年そのものなのだけど。

「御手杵と蜻蛉切は資材運ぶのを手伝ってくれ。」
「おう、まかせろー。」
「ああ。手を貸そう。」
薬研の声に御手杵と蜻蛉切が頷き、着いて行く。

「んじゃー俺は風呂の準備でもするか?」
獅子王が名前の顔を覗きこむ。
お風呂。その言葉から漂う暖かな日常の気配に、名前は少し心安らいだ。
「…うん。」
獅子王もまた、よく気がつく子だ。
名前のその表情を見て、獅子王がいたずらに笑う。
「まあ、主が背中でも流してやったら、じっちゃんたちは大喜びだろうけど!」
「っええ!?」
いや、よく気がつく孫である。

お爺ちゃんのニーズを的確に理解しているが故の発言であって、セクハラではないと信じたい。いや、無垢な笑顔は信じるほかない。
「いやいや、冗談だぜ、主。」
「よ、よかった…。」
「当然だ。主にそんなことをさせてたまるか。」
「げっ、長谷部。」
「…え?」

長谷部?名前が振り返ると、長谷部が恭しく頭を下げる。
「主、ただいま戻りました。」
敵の殲滅を完了したのち、その機動を活かしていの一番に馬を走らせて帰ってきた。
というのも、理由があった。

どこか重々しい様子で、長谷部が口を開く。
「敵は全て倒しました。こちらの部隊も全員無事です。」

全員無事、その言葉に名前が安堵しかけたところで、長谷部の表情が苦くなる。

「しかし、鶴丸国永が重傷です。至急手入れ部屋の準備をするべく、戻って参りました。」




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