後ろの正面


鯰尾に連れられて、ぱたぱたとせわしなく廊下を進む最中、こんのすけが長谷部の肩に飛び乗る。
「おい、降りろ。」
「まあまあ、同じ主さまの臣下ゆえ、良いではないですか!」
「……。」

長谷部の鋭い視線をなんなく受け止める管狐は飄々としている。

「ふむう、では主さまに抱っこをおねだりしましょうかねぇ。」
「ほう。余程きつねうどんにされたいらしいな。」

喧嘩の気配を察知して、鯰尾の背を追いながら名前が振り返る。
きつねうどんに狐は入ってない、と言いかけたところ、長谷部の肩に乗るこんのすけ、という絵面に、きゅんと心揺さぶられる。
「き…っうわ、可愛い!」
「はっ!主!?」
「ふふ、ええ。こんのすけと長谷部殿は仲間ですからねぇ。」

可愛い…だと?主は愛らしいというのか?この俺が?
自分の容姿は知っているが、可愛いと感じたことは未だかつてない。可愛いというのは、主のような…んんっ!!

長谷部がなにやら神妙な顔をしてる間に、こんのすけは得意気だ。
「仲良くしてくれて嬉しいな。」と名前が前に向き直ったところで、声をひそめて長谷部に囁きかけた。

「長谷部殿、女子は総じてかわいいものに弱いのです。」
「俺は可愛くなどない。」
「今の可愛い、は言葉通りの意味ではないですよ。気に入った!という主さまの御好意です。可愛いを制するものは寵愛を制するのです。」
「………そういうものなのか?」

…おや?流れ変わったな?
長谷部の脳裏に加州が過ぎる。可愛くしてたら愛される、など。鼻で笑ってきたが、よくよく考えれば加州は主の時代の文化に精通していたな…と長谷部がなにかよくわからないものに説得されつつある。

「そういうものです。良いですか長谷部殿、世の中にはギャップ萌えという文化があります。想像してみてください、優しく微笑む大倶利伽羅どの。ごはんをかき込む一期一振どの。儚げな印象のくせに元気の有り余る驚き中毒の方や、眉目秀麗な美男子の皮を被ったおじいちゃんなどはすでにこれを体現されていますね。」

長谷部は、鶴丸と三日月宗近を思い浮かべた。なるほどたしかに、あの二人は我儘三昧好き勝手やってるにも関わらず、主はそれを許している。
「…しそうにないことを、しろということか?」
「ええ、理解が早くて結構です。例えば長谷部殿は一見して冷たく、管狐など斬り捨てても何も感じなさそうな、血も涙も無い印象を受けます。」
「ああ。」
言いたい放題のこんのすけ、さては尻尾を挟まれかけたことを根に持っているな。否定しない長谷部も大丈夫か。
前を行く名前と鯰尾が、「何かあった?」「いやあ、なんていうか、とにかく見てもらったほうが早いんで!」と言葉を交わしているうちに、一人と一匹は妙な方向に話が流れている。

「そんな長谷部殿が、管狐に優しくしている。…というところにこのギャップ萌えは発生するのです!」
「それはお前にとって好都合なだけではないのか。」
「主さまに好かれたくないのですか?」
「……くっ。」

ちょろすぎ長谷部、そんな言葉が頭につい浮かんでしまって、こんのすけはかぶりを振った。付喪神さまに対して、これはさすがに失礼だ。…否めないけど。

と、まあそうこうしているうちに目的の場所に到着した。

名前が鯰尾に連れられてやってきたのは、昨日、初めに目を覚ましたあの部屋だった。襖を開けてすぐに馬鹿でかい桐の盤が、例の玉座の背後から威圧するようにこちらを見据えている、あの部屋。

鯰尾が襖を開けてくれる。部屋の中、歌仙兼定が振り返った。
「歌仙さん、主さんをお連れしましたよ!」
「ああ、鯰尾、ありがとう。主…!これを見てくれ。」
「…何、これ。」
歌仙の指先は、あの板の上を指し示す。指先を追って名前は視線をすべらせた。

第一部隊
隊長:
同田貫正国 練度83
隊員:
宗三左文字 練度45
大倶利伽羅 練度85
大和守安定 練度52
鶯丸 練度97
信濃藤四郎 練度20

昨日見た時と明らかに違う。

なにこの統率取れなさそうな斬新な組み合わせ。と名前はその顔ぶれを思いやって首をかしげた。
なにより練度のばらつきがひどい。検非違使が出現するようになってから、自分はこんな部隊組みをしたことは無い。

では誰がこれを?どうやって?なんのためにしたのか?

名前は、パソコンの前に誰かが居る可能性を考えたけれど、ログインIDも、パスワードも、誰にも教えていないはずだった。
なんで?なんで?
疑問符が、浮かんで消える。

名前の表情を見て、歌仙がふう、と息をついた。
「やはり君の采配じゃないようだね。こんのすけ、すぐに原因を調べてくれ。」
「御意。少々席を外します。」
肩から降りたこんのすけに、長谷部が戸を開けてやる。隙間からしゅるりと、動物的な素早さでこんのすけが飛び出していった。

名前の隣にやってきた長谷部が、同じようにこれを見上げて、眉根を寄せた。
「主の真似事にしては、随分拙いですね。どこのどいつか知りませんが、身の程を弁えさせてやりましょう。」
「…まあ、控えめに言っても下手ですよねぇ。」鯰尾が困ったように笑う。
「うん…。」
名前の心中は、穏やかではなかった。
自分ではない誰かが、この本丸で指揮を執ろうとしている。その事実に、嫌悪を感じて、嫌悪を感じた自分に驚いた。

自分が大切に育んできた刀剣男士を、横取りされる。そう思って、横取りってなんだ。と呆れた。私は無意識のうちに、彼らを自分のものだと認識していたのか。
彼らは、もう物ではないというのに。

自分の手以外で、彼らが使われようとしていることに対する不安でいっぱいになる。
出陣先は?怪我を負ったら、ちゃんと帰城できるのか?

「…連れてきた。」
襖が開いて、骨喰藤四郎が現れる。
続けて安定、宗三、信濃、同田貫、鶯丸、大倶利伽羅が部屋へと入ってきた。

盤を見上げた六振りは一同に、眉間に皺を寄せて、顔を見合わせた。

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