柄まで通すのは朝飯前


ぴっと足を止めた名前に、長谷部が不思議そうに首を傾げた。
「…主?」
名前の視線を追って、長谷部が目を向けた前方よりやってきたのは粟田口の長兄、一期一振。昨日の昼に広間で言葉を交わしていた時の砕けた雰囲気が主から消えている。

長谷部は注意深く名前のことを観察する。本来他人の気持ちを汲むというのは、あまり得意ではない長谷部だが、名前のこととなると話は別だ。勘の良さもある。…ただ、あまりに素直なところが、読みあいにおける彼の弱点であった。

名前は、すう、と深呼吸をして再び歩みだす。これ以上、あらぬ誤解を生むのは名前とて本意ではない。あれはただの妹?扱いだったのだ!と自分に言い聞かせた。言い聞かせると同時に、昨夜の記憶が鮮明に思い出されて、否応なく頬が熱くなるが、ふるりとかぶりを振った。
私がしっかりしないといけない。私は主、私は主…。

さあ、一期一振との距離が縮まる。
一歩、また一歩、と、そこで一期一振はにこやかに笑みを浮かべた。裏のない、お兄ちゃんの顔だ。
「おはようございます、主、長谷部殿。良い朝ですな。」

さ、さわやかだ〜〜〜!!
朝日を浴びてきらきらと、光りを纏ってみえる。これをロイヤルパウダーと名付けよう。

うおまぶし!となりながら、いや、ロイヤルパウダーの効果だろうか、名前もまたさわやかな気持ちになって自然に言葉がでた。
「おはよう、晴れてよかったですなー。」
「ああ、…おはよう。」
長谷部は眩しさに慣れていないのか、はたまたなにか勘に障るものでもあったのだろうか?ものすごく眉間に皺が寄っている。
下まぶたまで寄せるように、もはやメンチ切ってると言っても過言ではないような、厳つい表情をしている。

その表情のまま、口を開いたのは長谷部だった。
「一期一振、今から朝餉か?いつもより遅いな?」
言葉を受けて、一期一振は困ったような笑みを浮かべる。
「ええ、昨夜は…寝付きの悪いものたちが多かったもので。恥ずかしながら、寝坊をしてしまいました。」

もちろん名前と鶴丸のことを言っているが、長谷部は当然弟たちのことだと捉える。
「…そうか、長兄は大変だな。あまり無理をするなよ。」
「お気遣い、痛み入ります。」
名前は内心、冷や汗をたっぷりかいている。鶴丸は悔しがるかもしれないが、名前の中で今のところ、一番トリッキーなのが一期一振だ。高低差すごすぎて耳キィーンってなる。

一期一振が広間の障子に手をかけた。戸を開けて、長谷部を先に通す。
「主はよく眠れましたか?」
ごく自然な流れで問いかけられて、名前は一瞬たじろいだ。
「えっ!?」
一期一振は柔和な眼差しのまま、立てた人差し指をそっと唇に当てて、片目を瞑った。所謂ウインクである。

なんだその似合いすぎる動作は、と名前はようやくフラグクラッシャーの勘を取り戻し始める。
視界の片隅で、長谷部が訝しげな顔をして振り向く。

一瞬の思考と打算。名前は、心の中で鶴丸ごめんなさい。と謝った。
「うん。よく眠れたよ。…鶴丸に添い寝されてたけど。」
名前は一日も早くこの本丸で安眠システムを確立せねばならない。毎日あんなのじゃあどうしたって身が保たない。

「はっはっは、それは驚きですな。」一期一振が愉快そうに笑った。やはり、一期にけしかけられたというのは本当だったらしい。
「主…いま、なんと…?」
振り向いた長谷部が、腹の底からうなるような声を絞り出した。

その声を聞いて、名前は、軽率な自分を一瞬で悔いた。忠犬の顔からちらちらと、戦闘狂の表情が垣間見えている。



「ぶえっくし!」
桜の木の袂で、箒を片手に鶴丸国永はくしゃみをした。
ひら、ひら。とめどなく落ちてくる花弁が髪を、肩を撫でてからかうように舞う。

舞う花を見上げて、鶴丸が目を細めた。人の夢と書いて、儚いという。はらりはらり、とめどなく、桜は惜しげも無く命を散らす。
ならば、刀の付喪神である俺の夢はどうなんだ?

冷えてきた手のひらを見た。この腕の中にあった、名前の柔らかな暖かさを思い出した。そうしているうちに、もう名前が恋しい。
ひらいた手の上に、花びらが一つ、器用に乗っかった。ふわり、今にも風に浮かびそうな桜色はどこか名前に似ている。

まったくきりがないなぁ、ため息がこぼれる。
この想いの尽きないこと。
とめどなく募る花を、どうしてくれる。

さらり、風が吹いて、桜の木漏れ日が咲うように、そっと枝を揺らした。



鶴丸が風流な面持ちで桜を愛でている一方で、こちら大広間ではちょっとした修羅場を迎えていた。

鬼のような形相の長谷部のストラを、手綱よろしく名前がしっかり掴んでいる。
「主、手を離してください。」
「いや、離したら長谷部、鶴丸のとこ行くやろ。」

この高機動セコムは全自動で主に仇なす敵を斬る所存である。
もっとも今回は、お茶目な鶴にお灸を据えねば気がすまない。

「…ぐっ。ええ、すこしお話をしに行ってまいります。」
「長谷部殿、落ち着いてください…!話合いに刀は不要でしょう。」
「長谷部どうどう。」
とりあえず長谷部を鎮めなければならない。一期一振と名前はアイコンタクトを送り合う。
「長谷部殿、ご安心を。この一期一振、襖の外に控えておりましたがやましいことは何も…。」
「え…。」
「っはあ??」
いち兄は優しいのである。
優しくて、ちゃんと自分の行動に責任が持てる刀だ。それ故鶴丸をけしかけたあと、きちんと間違いが起きないように、名前の部屋の前で待機していた。それゆえの墓穴。

驚きで名前の手が緩む、しゅるり、手のひらをすり抜けるストラ。手汗が滲んでいる。
長谷部が一期一振に掴みかかろうと踏み込んだところで、
「話は聞かせてもらったぜ。」
薬研藤四郎が長谷部と一期の間にででんと立ちはだかった。
薬研兄貴…もうこの場を治められるのは君しかいない。

「長谷部、あんたの気持ちもよくわかる。ずりぃよなぁ。大の男が添い寝なんざあ、間違いが起きねぇ保障がない。なんてったって俺たちの大将はいい女だ。」
まさに堂々たる口上。にやり、なあ大将?と名前へ視線を送る。名前はぶわ、と頬に熱が集まるのを覚えた。

「薬研貴様、主に向かっていい女などと…無礼…「えっへへへえ?照れるなぁ。」で、はないのですか主?!」
長谷部は混乱している。短刀とは?懐刀とは?薬研とは?いかなる男ぞ?

「いち兄だって隅に置けたもんじゃねぇ。よく眠れるおまじないってやつは、ありゃあちとやりすぎだ。」
薬研は片眉を上げて、一期一振を見上げる。
一期一振は、うっ、と息を詰めた。弟に見られていたなんて。粟田口包囲網とは、身内にも容赦がないらしい。

「そこで提案だ。」
薬研がぱん、と手を打った。
三者三様に息を飲む。
薬研は黙って、名前の手を引いた。

引き寄せられるままに腰を落とすと、するり、黒い手袋が頬をひと撫でする。薄紫の瞳が蠱惑的に光って、にやり、短刀らしからぬ笑みがその端正な顔に浮かぶ。
「なあ大将、一緒に寝るなら俺っちはどうだ?見ての通りこのなりだからな、心配することもねぇだろう?…あんたがぐっすり眠れるまで…しっかりあっためてやる。」
「…っ!」
お前のような短刀がいるか、と心の中では言えても、声が出ない。これが柄まで通るという、感覚なのか…と名前は奥歯を噛み締めた。

「却下だ。」
「却下ですな。」
へし切セコムと保護者は審議拒否である。
むしろ薬研との添い寝が一番心配だ、と二人顔を見合わせた。剣呑な雰囲気は霧散している。

「お、なんだいち兄、長谷部。俺っちにまで危機感を抱いてるようじゃあ、先が思いやられるぜ?」

こうして、薬研ニキの活躍??により、名前の部屋へは二人ひと組で、毎夜短刀達が護衛へ就くこととあいなった。

「俺っちがいい夢見せてやりたかったが、ここはその可愛い顔に免じて大人しく身を引くとするか。」

もちろん薬研は短刀枠ではない。

「弟たちをよろしく頼むぜ、たーいしょ。」
むしろいちばん大人だった。


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