心に錦



顔を洗って、身支度を整えようと部屋に戻る。

襖越しに、誰かの気配を感じて声を掛ける。
「ただいまー。」
部屋を開けて驚いた。名前は閉口する。見渡す限り色とりどりの、着物が広げられている。鮮やかな、色の洪水だ。

その中央で、帯の色合わせをしている二振り。今日は朝食当番ではないのか、歌仙兼定と燭台切光忠の姿があった。

「ああ、戻ったようだね。」
「主、おはよう。夕べは鶴さんがごめんね。ちゃんと眠れた?」
どうやら光忠が上手く歌仙を宥めてくれたらしい。雅なその表情は、すっかり穏やかに凪いでいる。それどころか、色とりどりの着物へ向けられる眼差しは、すっかり目利き人の風格を取り戻している。

とはいえこの散らかしっぷりはどうなっているんだ。こんなに服をおっぴろげるとは、デート前夜の高校生かよ。
「うん。おはよう。…これは、なに?」
若干引いている名前に対して、光忠が肩を竦めて微笑んで見せた。
「あ、はは、君に何を着てもらおうかと悩んでたところなんだ。散らかしちゃってごめんね?」

歌仙がご機嫌に着物を撫でる。
「この藍染も実に風流だが、ちりめん絞りのこちらも雅で捨てがたいねぇ。」
私からみたらぜんぶ風流やけどな、和服やし。名前は声には出さなかった。賢明な判断である。

「主、ちょっとこっちに来て、合わせてみようか。」
言われて名前は、広げられた着物を踏まないように、ちらちらと見える畳をとんとんと飛ぶ。足の踏み場が無いというのはこのことか。
ようやくたどり着くと、光忠が散らばる着物を畳んで歌仙との間に居場所を作ってくれる。
座る二人に倣って傍らにしゃがみこむと、早速歌仙が首元に着物を当てがった。
「ああ、君の顔立ちにはこちらの柄も映えるねぇ。」
まじまじと顔を眺められて、これも良いがあれも捨てがたい、と。なんというか、面映ゆいというのはこういうことを言うのだろうか。彼らのキラキラした販売員オーラが眩しい。

しかしながらどの着物も、素人目の名前から見ても高価そうである。汚したら大変だ。動きやすいの、というところまで考えて、思い出した彼女は口を開く。
「今日馬に乗る約束してるから、汚れても大丈夫なやつがいいな。」
「えっ、馬に乗るの?」
「…馬だって…?」
光忠は目を丸くして純粋に驚いているが、歌仙は眉間に皺を寄せている。
これは明らかに、何かを根に持っている顔なのでは。
いや、名前には心あたりがある。なにか、なんてぼかすのはやめようか。馬当番を任せたら、一生忘れないぞって言われたんだった。ムキになるのが面白くて、その後しばらく固定で馬当番に任命したことはよく覚えている。間違った愛情表現であると名前にも自覚はあった。いやもちろん、当番開始時の「僕の主」という響きが嬉しかったという理由もあるにはあるが。ああもぷんぷん怒られるのは、逆に心許されている気がして、いたずらっこの気持ちがわかるというものだ。

名前が様子を伺っていると、歌仙がむんずと口を開いた。伸びた指先がくるりと落ちる前髪を払う。
「はぁ…馬にねえ。誰かが付き添うのだろう?いいかい?大丈夫だとは思うけれど、落馬には十分注意を払うんだ。」
なんだ、馬当番を根に持ってるわけじゃないのか!やっぱりみんな良い子やなぁ。名前は彼らの存じぬところで胸をなでおろし、頷く。
「うん!しっかりしがみついとくから大丈夫!」

光忠がくすくすと笑ってぽんと手を打った。
「じゃあ袴も選ばなきゃね!馬に乗るなら….泥が跳ねるかも知れないし、濃い色のがいいと思うんだけど。…うーん。歌仙くん、君は何色がいいと思う?」
さりげなく軌道修正をしてくれる光忠のオブザーバー力。歌仙が嬉しそうに袴を引っ張ってくる。
「それなら、この藍褐色のものがいいな。主の肌によく映える。君もそう思うだろう?」
藍色だけで5枚ぐらいあるんだけれど、正直あまり見分けがつかない。深い青に、ほんの少し紫を溶いたような色だ。似合うのだろうか?目利きの人である歌仙がいうのならきっと大丈夫なのだろう。
「うん、綺麗な色やな。」
名前はもはや全幅の信頼で、身なりを任せる気でいる。

「いいね。じゃあ上は栗梅色なんてどうだい。」
光忠がばばん!と取り出したのは白地に紅色の矢柄の着物。大正ロマン味がある。
「この柄可愛いな!」
名前もやはり女子なので、服を選ぶうちにだんだん気持ちが乗ってくる。
「多少暗めな色合わせだけれど、髪留めに金装飾のものを使えばちょうど良くまとまりそうだね。」

見た目は全てではないけれど、君の一部だからね。手を抜くわけには行かないな。歌仙がふふんと胸を張る。

せっかく錦を掲げるならば、心の内だけじゃあ勿体無いでしょ?と光忠が笑う。

あれよあれよという間に着付けが進んで行く。袴なんて大学の卒業式以来だ。普段着ないものを着ると、なんだか嬉しい。
ごくナチュラルに着付けが進んでいるのは、彼らのルンルン具合による目くらましだと受け入れて欲しい。名前の名誉のために、長襦袢は自分で着たということを記しておく。

注釈で内二名は男性と入れておかなくては、事実を忘れそうな盛り上がりだった。BGMにperfumeが流れていても違和感が無い。

今日をどんな日にするかなんてことは、案外簡単に、手にとって選べるものなのかもしれない。
身に纏う新しい色に、胸の中まで眩しく染まっていくのだ。


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