重役と同僚

33.

ちーん。と倒れこんだ某二振りを横目に、これって手入れ必要なんだろうかと名前が思案していると、すっとお茶が差し出される。

「疲れただろう。まあこれでも飲んでゆっくりするといい。」
第一声からお茶を勧められるとは、イメージ通りで笑いそうになる。
「ありがとう、鶯丸。」
「鶯丸、俺も飲むぞー。」
いつの間にやら隣には三日月。
「ああ、いま淹れてやる。」
瞬く間に、名前はおじいちゃんに挟まれた。

「あの二人って、手入れいる?」
「んー?はっはっは、いらんな。」
「自業自得というものだ。気にするな。」
正座に湯呑み。二人はその佇まいと相反して、しれっとクールである。
…ずずっ。
ふわあ、と湯気となり広がるあまいあまいお茶の香り。ああ、日本に生まれてよかった。あったかくなった吐息で、ほう、と宙にそんなことばが浮かんだ。

心地の良い無言。
しかし狭い。飲んだお茶の温かさが体のなかを廻りはじめて、寄り添われた両肩が、あつい。
「三日月、暑いからもうちょっとそっちいって。」
「んん?」
三日月がゆるり、首を傾げて名前の顔を覗き込む。真顔で一秒。微笑んでもう二秒。
「いやすまんな、足が痺れて動けん。」
もちろん足など一ミリも痺れていない。絶対うそやん。と名前は思ったが、三日月の笑顔。その奥の圧力に屈する。
ゆったりとした物言いの語感に滲む重み。この三日月はテコでも動かんぞ。と頬に書いてある。

「…はあ。鶯丸は、そっちいける?」
「ああ。」
すす、問いかけはひとまず放置して、鶯丸は何食わぬ顔でお茶をひとくち飲む。この二人は間の取り方に貫禄があるというか、すごくマイペースというか。いや相当マイペースである。
お茶をすすり、口の中を転がし、喉を流れて、こくん。ほう、と息をつくところまで観察させられる。
そして、ようやく顔を上げた鶯丸と目があった。
「ん…?どうした、俺の顔に何かついているか。」
…さっきの「ああ。」は、果たしてなんだったのか。ため息を飲み込んで、名前が再度問いかける。
「暑いから、もうちょっとそっちに寄って欲しいなーって。」
「そうか。」
言ったあとに、鶯丸と三日月が目線を交わしたのを名前は見逃さなかった。
うわ、いまなんか目で合図飛ばした!
そうしてちらり、逆となりを一瞥し、名前にまた向き直る。
「俺がずれると、小狐丸の膝の上に乗ることになる。悪いが、男の膝を止まり木にする趣味は無いんでな。まあ、寒いよりいいんじゃないか。主、我慢しろ。」

なんてこった。
厄介なのに両脇を固められ、状況としては八方塞がりである。
なんのための大広間なんだ。ここだけやたらめったら狭い。密度の偏りがすごい。
主の近くに寄ると落ち着く。それは人に佩刀されていた名残なのだろうか。

ことん。と湯呑みを置いて、三日月がおもむろに口を開いた。
「して主よ、明日の近侍は誰にするつもりだ?」
「あ。そっか。」
決めないといけないのか、近侍。名前はすっかり失念していた。

明日は鍛刀や練結の方法を知りたい。こんのすけに会えたらいいのだけど、いや、しかしこの状況は果たして公にして大丈夫なのだろうか。
あかん気がするなぁ。イレギュラー中のイレギュラーではなかろうか。

時の政府の管理下において、自分がこちらに呼ばれたとすれば、きっと真っ先にコンタクトを取ってくるはず。それが無いということは、きっとなにも知らないんだろう。
見つかったらどうなるんだろうか。拘束されたり、しやんよな?少しこわい。
政府、そう名のつくものにどれほどの権利があるのだろう。現代日本の延長で、きちんと市民権が生きていることを祈ろう。いやしかし、そもそも作り物であるこの体に人権はあるのだろうか…。倫理観の絡むややこしい判例になりそうである。

「ふむ。何かを危惧しているようだな。」
「そう考えこむな、なるようになるさ。」
アメトークでマイペース刀剣ってテーマをやるならこの二人は間違いなく最前列だな。と名前は考えた。

「うーん、時の政府って、どんなとこなんかなぁと思って。知ってる?」
「はっはっは。政府か、俺にはよくわからん。」
「言うと思った。」
「…だが其奴らが主と俺たちを引き合わせた、この戦の立役者なのだろう。ならば、ものはやりようだ。」
「やりよう?」
「同じところへ向かうとて、選んだ道ひとつで、その旅の景色はずいぶん変わる。そうだろう?」
「うん。」
「ならば、それを教えてやればいいだけのこと。」
「別のやり方を示すってこと?」
名前は三日月の横顔を見上げる。
ふ、とまなじりを緩めて、三日月はにこりと笑う。
「ああ。人はいつの世も、知らぬことを知りたいと願ってきただろう。」
…その心が、人の姿の見えぬこの組織にも、なお息づいているのなら。口には出さずに付け足して、三日月は名前を見遣る。
「なぁに、そう案ずるな。主はゆるりと構えておれば良い。」
「ああ、そうだな。茶でも飲んでいろ。」
「ふふ。」
さすがに有事の際、茶を飲むような胆力は無い。しかしこの二人に言われると、ほんとうに何もかも大丈夫な気がしてくる。

「して、誰を選ぶんだ?」
なにか含みのあるような視線だが、名前は今日一日をすごしながら、刀剣たちを観察していた。
指示を出す者、率先して動く者、手助けをする者、周りをよく見ている者。…いたずらを仕掛ける者。
それぞれの関係性や距離感。
「そうやなぁ。近侍って言っていいんか分からんけど、いろいろ慣れるまでは歌仙と長谷部に補佐してもらおかな、と思ってる。」

歌仙兼定。人見知りだと思っていたが、やはり初期刀。この本丸のペースメーカー的存在であるようだ。名前がなにも言わずとも、それぞれが歌仙へと確認し、入れっぱなしの内番をこなしてくれていた。
初期刀としての矜持か、他の刀たちを知ろうとして来たことが彼の言動の端々に見受けられた。人見知りとは人をよく見ているからこそだと聞くが、彼もきっとそうだ。
相手の反応を先回りして想像したうえで話す。予想外のことが返ってくると、焦って腕力に訴えるが、ここの刀たちは歌仙のそういう部分を知ってなお面白がっている節がある。 結果オーライである。
歌仙の補佐として、燭台切と小夜左文字がさりげなく周りを動かす軸となってくれているように見えた。

それから長谷部。うえから長谷部。
長谷部はなんでも頼みやすい。
いやそれはさておき、彼は意外と気遣いの出来る子だ。朝に伝えた、なるべく多くの刀剣とコミュニケーションを取りたいということを踏まえて、さりげなく名前のことを誘導してくれている。
また、主…名前以外には、誰に対しても嫌味なほど平等公平であり、物怖じしないので全員に気兼ねなくいかにも長谷部的な言動を取っていた。主命のなんたるか。明石が名前に声を掛けにきたのはおそらく彼が促したからである。
補佐に博多でもつけて、資材管理やら経理やらのお仕事を引き受けてもらいたい。

また、この二人は既にカンスト済みである。出陣するにしても、レベリングを兼ねたいのでよっぽどのことが無い限り彼らは本丸待機だ。

「ほう。これはまた面白い組み合わせだなぁ。」
三日月があごに手をやってふむと頷く。

「そうか。いい茶葉が入ったのだが、残念だ。」
鶯丸が湯呑みに視線を落として、睫毛を伏せた。
「お茶するのも近侍だけなん?」
「そういうわけではないが。比較的、主と茶を共にすることの多い立場だろう。」
「あはは、お茶ぐらいいつでも一緒に飲もう。」
「…!そうか!では、俺が主の茶の世話をしてやろうじゃないか。」

…果たして、茶の世話とは??
深く掘るのはやめよう。ニュアンスで受け止めることも大切なコミュニケーションスキルだ。
名前はありがとうと言うに留めた。
この一瞬の怠慢が後日茶畑となって返ってくるとは夢にも思うまい。

「部隊長はまた別に決めるよ。」
そう言った直後だ。
後ろから脇の下に手が入ってきて、ぐいんと引き上げられた。
誰!?何!?と状況の掴めない名前が振り返ると、件の二振りが立っている。
歌仙と長谷部。
ご多聞に漏れず、二人ともにんまりつやつやとした誇らしげな表情である。

「さすがは僕の主だ。近侍に僕を指名するとは、風流だねぇ。」
歌仙の言う風流は若者言葉のヤバイ的なものだと受け止めておく。

「主、この長谷部に全てお任せください。起床から就寝まで、必ずや主の期待に応えて見せましょう!」
起床と就寝あたりは適当でいいのだが、それも主命にしなきゃだめだろうか。

いかにも右脳と左脳的な二振りである。
しかし知らぬことの多い現在の状況を、この二人とならなんだか楽しめそうだなとも思えた。

ツッコミの不在。それが名前に背筋をしゃんと伸ばさせて、主たらしめることとなる。



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