息の仕方


「おー、あんたも飯食うのか?まあ、しっかり食ってでかくなれよー。」
のほんと御手杵が優しく笑う。ぐいんと曲げられた上半身が彼の大きさを如実に現している。
「この体って成長するんかなぁ?」

「主殿!この蜻蛉切、必ずや貴方のお側でその身をお守りすることを誓いましょう!!」
この隆々とした胸板といい声量といい、とても頼もしい蜻蛉切。
「ありがとう、頼もしい。」

「初出陣はいつすんだあ?そんときは俺を使ってくれよ、後悔はさせねぇ。」
切り込み隊長のたぬきはさすがの質実剛健っぷりだ。
「うーん。出陣についてはこんのすけに話聞いてみたいな、って思ってる。明日あたりに確認してみるから、そのときはよろしく!」

「じっ…あーるじ!俺も使ってくれよな!じっちゃんの名にかけて、活躍すっからよ!」
いまじっちゃんと呼びかけたのか?おじいちゃん子の獅子王は孫力がすごい。
「ありがとう。じゃあこっちでの初出陣はたぬきと獅子王と…あとは練度近い子で考えよっかな。」

「カッカッカッ、数多刀剣を束ねる、これもまた修行!!主よ、山籠りのときは拙僧がお供いたそう!」
「あはは、山籠りは当分するつもりないから、またしたくなったらお願いする。」
…とは言ったものの、些か不安が拭いきれない。滝に打たれたり、するのだろうか?

掛けられる言葉ひとつひとつに受け応えしながら、名前はふとどうにも男臭いところへ来てしまったな、と考えた。
いや、そう言えばみんな男の子だった。考え至って急に心細くなる。
先ほどまで一緒に居た加州然り、どことなく可愛い子が多いのでいままで意識しなかったが、こうもたくさん集まると、さすがに迫力がある。漂う部室感。

そうして周りを見渡すと、乱藤四郎がひらりと手を振ってにこりと笑ってくれた。
きゅん。
乱藤四郎ももちろん男の子なのだが、どう見ても女の子なので、安心してしまうのは致し方あるまい。

広間には数多刀剣。
これまで共に出陣してきた名前の刀たちが一堂に会そうとしている。
御手杵、蜻蛉切はやはりでかい。開け放した障子からの風が涼しく感じられるほど、部屋が暖かい。これもまた、彼らの存在を名前の肌に知らせていた。
当たり前だが、改めて、皆がここにいるんだな、と感じさせられるような空気だ。人の放つ熱気。

「どうも、明石国行いいます。挨拶遅れてえろうすんません。蛍丸、国俊ともども、どうぞよろしゅう。」
名前は京都弁のことをあまり知らないが、かなりこてこての京都弁だと見受けられる。
明石国行、ピンで抑えられた髪が不自然に跳ねている。明らかに寝癖である。

「うん、よろしく。明石いま起きたん?」
「いやあ、主はんの目ぇは鋭いなぁ。さすがにいま起きたわけやありません。蛍丸らに言われて、主はん来たゆうんは知っとったけど、どーにも体が動かんかったんですわ。」
「つまり?」
「…いま起きました。あ〜いや、勘違いせんといてくださいよ。主はんを軽んじてるとかそういうんちゃいます。やる気ないんが自分の売りなんですわ。まあ、ゆっくり行きましょ。」
ないものを売るという新しい発想である。
博多あたりがうまいこと商売にしてくれそうだ。

そうだ。これまでは、出陣したいなんて言われることもなかった。出陣したくないとも。
いや、出陣したいと言われようが、戦いは嫌いだと言われようが、自分のやり方を通せたのだった。

大切に、していた。でもそれは、名前にとってのフィクションの世界だった。

こうして会ってみると、彼らの心を無視して戦うなんてこと、とてもできそうにない、と名前は思慮する。
戦いたくない。と言われて戦わせるのは残酷なことのように思えた。

なによりまず自分自身が、これまでゲームの中にあったこの戦争のことをはっきりと理解していない。
歴史改変。そんなことがほんとうに起きているのか。時間遡行軍、時の政府、検非違使。そんなSFじみた出来事が名前の生きてきた世界の未来で、実際に起こっているのか。

刀剣たちが事実こうしてここに居て、戦ってきた事実を否定するつもりはもちろん無い。否、彼らの存在を認めている名前には、もうそれはできない。
こうしてこちらへきた今、大きく状況は変わった。フィクションから現実へ。物語に参加することと、実際に生きることは、やはり少し違う。
命を預かるのだ。一緒に戦うと心に決めて居なければ、きっと、彼らを率いるに値しないだろう。

「おやおや、ずいぶん辛気くさい顔をしていますね。これだけの刀を侍らせて、まだなにか憂いがあるのですか?」
「宗三…!え、顔に出てた!?」
宗三左文字が、ゆるり伸びやかに名前の傍らへやってきた。江雪左文字と小夜左文字も共に。昼間、畑で会って以来だ。
「復讐のこと考えてたの…?」
「復讐は考えてないよ。そんなにひどい顔してた?」
「致し方ありません。この世は悲しみに満ちています…。」
「悲しみというか…。」
江雪左文字、戦うことが嫌いな刀代表と言っても差し支えない。当人の憂いとは裏腹にその打撃力は全刀剣の中でも有数のものなので、つい使ってしまう元祖レア4。名前は悩みの種の張本人を前にすると、なにも言えなくなる。

「なんです?僕たちには言えない考えごとですか?」
「ううん…。」
左文字兄弟は、名前の言葉選びを静かに待っている。彼らの沈黙には重さがない。その静けさは、波紋のように広がりそっと広間を満たす。名前はゆっくりと口を開く。
「変なこと聞いていい?」
「変なこと…?」
小夜左文字が名前を見上げる。無造作に束ねられた髪が重力に倣ってもしゃりと動いた。
宗三左文字がしゃなりと先を促す。
「ええ、言ってご覧なさい。」

「みんなが、今まで戦ってきてくれたのは、なんで?」

この本丸、時の政府の管理体制がどのようなものだったのか知らないが、ゲームの向こうの審神者の命令に、強制的に従わせるような仕組みがあったのだろうか。
あったのだとしたら、名前はそれを使いたくなかった。働かざる者食うべからずの概念には則るがそれでも、彼らに嫌な思いをさせたくないと思ってしまう。
戦いたくないものたちは、戦い以外のことで助けてくれればいい。

「はあ。」
宗三左文字がため息を吐いた。
「何を考え込んでいるのかと思えば、そんなことですか。」
宗三左文字の呆れたような表情に、名前の胸が少し痛んだ、それもつかの間。瞬きのひとつ後には、ふわりと優しい笑顔になった。
「まあ、刀によってそれぞれ理由はあるんでしょうけど、共通して挙げられる理由があるとすれば…そうですねぇ。あなたがいるから、でしょうか。」

同じ世界にあなたがいるから。
歴史の先にあなたがいるから。
戦う理由は正義や大義ではない、もっともっと血の通った暖かいもの。

「私のせいかあ…。」
言葉だけをとって、名前はしゅんとなってしまう。戦いたくない子たちにも戦いを強いてしまっていたのは他ならぬ自分だった。
今後はできる限りは個々の希望に沿うようにしていこうと思いかけたとき、
「…はぁぁ。」
今度はさらに盛大なため息がはかれる。
「…勘違いしてるね。」
小夜左文字がぽそりと呟いて、名前はまた首をかしげた。

「どういうこと?」
「…皆あなたの存在を、なかったことにしたくないんですよ。」
「え。」
「まったく。僕にここまで言わせるなんて…なかなかにいい性格をしていらっしゃいますねぇ。」
はんっとした笑みを向けられて、名前は少したじろぐ。
「僕たちにこうしてこの身を与えたのは誰です?」
「…私?」
「ええ。あなたが居なければ、僕たちもまた居ないでしょう。」
「うーん…うん。」
身を与えた…自分が身を、与えたのだろうか。そのところも名前にはあまり自覚がなかった。
「はあ、わからない人ですねぇ。」
宗三がやれやれと首を振る。

「戦いは…嫌いですが、あなたを守るためならば、この身を振るうことも厭いません。」
戦うことに意味は見出せなくとも、ここに居ることの意義を、江雪はしっかりと自覚している。

「あなたの刀なんだから、あなたを守るのは当然でしょ。」
小夜左文字が平然と言ってのけた。

人の手を渡って、ときを超えてずっと在った。幾年経とうが幾千年経とうが、彼らの本質は永遠に変わらない。

主を守るために在る。
善でも悪でもなく、それが刀剣の存在意義だ。

「そう、なん?」
「…なぜ戦うのか、なんて、あなたを守るため以外にどんな理由がいるんです?刀である僕たちにそんなことを尋ねるのは野暮というものですよ。…まあ、籠の鳥だった僕が言っても説得力はありませんけど。」

あなたが居る、あなたが要る。

「…あなたはその身を守るために、私たちを振るうことを躊躇ってはなりません。」
江雪の厳かな物言いが、名前の胸にしんと溶ける。

名前が居て、彼らが居る。
彼らに守られて、ここにいる。
まるで輪のようだな、と彼女は思った。
同時に、歴史改変が同じ世界の出来事であることを静かに受け入れた。

彼らが消えてしまうのは嫌だ。ならば自分が消える訳にはいかない。歴史改変の阻止だなんて大それた理由よりも、よほどしっくりとその想いは心に馴染んだ。

「…うん。なかったことにしたくないな。」
こぼれた名前の声に、刀剣たちはそれぞれに頷く。彼女のために戦うならば、不思議と負ける気がしない。

皆が踏みしめてすこしささくれ立った畳も、すくすくと育つ庭の作物も、こうして交わした言葉も、すべてが尊くここに在る。

湯気の立つ暖かな光景。
見慣れた当たり前こそが、守られてきた未来だった。

刀剣たちの顔を見渡すと、ひとつひとつの瞳に強い光が見つけられる。
意思を持った魂。
刀に宿った神々の、なんと頼もしいこと。

「さあ、主。ごはんの準備ができたよ。」

在るために戦う。
シンプルなそれは、生きることと、とてもよく似ている。


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