閉じた瞼で待ち合わせ

手入れ部屋の扉がすっと音を立てずに開く。どんな扉も音を立てずに開くことができるのは鶴丸国永、彼の得技の一つである。

「やれやれ、予想通りでため息がでるなぁ。」
扉の隙間からするりと入り込んだ涼やかな昼下がりの風が、三日月と名前の髪をふわりと撫でた。

寝れるわけがない。
閉じ込められた腕の中、しばらく目をかっぴらいていた名前だったが、すやりすやりと落ちてくる規則正しい寝息や、暖かな体温にあっけなく眠りに落ちた。
初対面同然のカンストイケメンの腕枕で眠れるなど、名前にとっては驚きの事実だったことだろう。

「主まで眠っているのか。」
二人の頭の横にしゃがみこんで、鶴丸は何やら思案している。
長谷部から主の姿が見えないと聞いて、鶴丸はすぐさまここへ来た。おおかた三日月の我儘に主が付き合わされているのだろうと考えていたのだが、よほど疲れていたんだろう。

さて、どちらを起こす?
名前を起こして、三日月に悟られぬよう抜け出すのがいちばん手っ取り早いが、このじじいがそう一筋縄で行くはずがない。
というのは建前で、実際のところすやすやとあどけなく眠る主を起こすことは、あまり気が進まなかった。

鶴丸は三日月の肩を揺すった。名前には悟られぬよう、そっと。
小声で呼びかける。
「三日月、起きろ。」
「んん…?」
ぱたぱたりと開いた青い目と呆れた色の金の目が合う。
「起きろ。主を刀装部屋へ連れてくぜ。」
三日月はしばらくきょとんとしていたが、鶴丸と、腕の中の名前を見比べて、へらぁと笑った。
声に出さずに言う。
い、や、だ。

「…だよなぁ。」
さすがの鶴丸も苦笑いである。三日月はゆるゆると再び眠りに戻ろうとしている。彼のゆるんだ頬は、孫を見つめるおじいちゃんの眼差しそのものだ。
「きみが起きないなら、主を起こすまでだが。」

なんだと?
三日月の瞳が色を変える。
ふっと鶴丸は笑ってみせる。小憎たらしい笑顔である。
食えないもの同士のやりとりだ。

「なに、そう怒るな。少しでも休ませてやりたいのは分かるが、主命らしいからなぁ。きみが起きて、眠っている主を運んでやれば済むことだ。」

三日月は腑に落ちないといった顔である。
刀装作りなんていつでもできるのに、何故よりによって今でないといけないのか。少々生真面目がすぎるのではないか。

「ふむ、そうだなぁ。」

鶴丸の主命という口ぶりからして、名前を探しているのは長谷部だろう。奴は主命といったらなにがなんでも遂行させる男だ。
じきにやって来て、この時間を終わらせてしまうに違いない。

ならばどうするか?答えはひとつ。

三日月はおもむろに、名前の頬をぐにぐにとつついた。
「おいおい、起こしてやるなよ。」
鶴丸が声を荒げないようつとめて囁きかけるが、三日月は、ふ、と笑う。
「まあ見ていろ。」

名前が身じろぎをする。
気持ちよく寝ていたのに、うっとおしい。
「んん、」
眠りの淵からおぼろに意識がのぼる。しかし瞼は重く、ひらかない。
「…やめて…。」
三日月の指が払いのけられた。
「主、まだ寝るのか?」
「うん…。」
「あいわかった、おやすみ。」

すうすうと再び寝息を立て始めた名前。
「聞いただろう?鶴丸、新しい主命だ。主はまだ寝たい。」
「三日月、お前なぁ…。」
まったくずるいじいさんである。
「どうした?長谷部に伝えに行かなくていいのか?」
まったくもってずるいじいさんである!
「ははは、俺は主の言伝なら聞くが、きみに従う義理はないんでなぁ。」
言ってごろり、鶴丸もまた名前の隣に寝転んだ。ミイラ取りがミイラになった瞬間である。

鶴丸は、三日月に羽織を投げられたときのことを思い起こす。こんなおっかない謀略じいさんと主を二人っきりにしておけるものか。
そもそも自分で仕掛けた落とし穴だということは完全に棚に上げている。

「なんだ?お前も眠いのか?なら寝るか。」
三日月はまるで気にしていない様子だ。
腕の中眠る名前の前髪を払ってやる。おだやかに、凪いだ水面のようなその寝顔。

鶴丸もまた立て肘をついて、名前の顔を覗き込んだ。
すやりすやり、心のともったその寝顔は、心休まるものだった。
無防備な名前の左手を取って、握る。あたたかく、やわい手のひら。
ほんとうに眠くなってくるから驚きだ。

その様子を見ていた三日月もまた、逆の手を握る。
うたかたの命。あどけない、この器はいつまで保つのだろうと考えかけて、やめた。
せめて、得たこの身が、揺れる灯の風よけにでもなることが出来ればいい。

長い長い睫毛が伏せられて、二人もまた、眠りに落ちた。

***

なにか、暖かい。
暖かい、あつい…?

それもそうだ。閉め切った部屋で三人も眠っていたら暑い。
ぱちりと名前の瞼が開く。
首元にかいた寝汗がすごい。

「暑い…なにこれ。」
右に三日月、左に鶴丸。
腹の上の両手はしっかり握られており、さながら攫われた宇宙人である。やはり、長谷部に人事は向いてない。
あ、長谷部といえば、刀装。昨日の夜から近侍にしたそもそもの目的がまだ果たせてない。

昨日の夜か。名前は自分の部屋にいたことが遠い遠い昔のことのように思えた。これからどうなるんだろう。天井を見つめていると、取り留めのない思考が浮き沈みする。

考えても仕方がない。そもそも想像の域を超えている。
名前は繋がれた左手の先を見た。鶴丸のあどけない寝顔が目にはいる。
睫毛まで白く、雪のように儚い。
「想像を超える…なぁ。」
予想外だったか?と頭の中で鶴丸がいたずらに笑う声がよぎる。
時が来れば、いずれ。

どのくらい眠っていたのだろうか。
明かり取りの窓を見上げると外はほの暗く、オレンジ色をしている。
こうしてはいられない。
腹筋をフル活用して起き上がる。
二人を起こすとややこしそうなので、そっと立ち去ることにする。

起き上がった膝の上、握られた両手を、しみじみ見つめて名前は思う。
刀剣男士はみんな懐っこいんだな。
それとも寂しがりなのだろうか。
「…手を解いてしまうのは、かわいそうかな。」
なにを考えたか名前、握られた両手を絡ませる。自分よりも大きい指と指の間、するりと器用に両手を引き抜いた。
「ふう。」
膝の上、繋がれた手と手。
これで晴れて自由の身である。

しゅるりと立ち上がる。
腹の見えない朗らかおじいちゃんと愉快な驚きの伝道師が仲良く手を繋いで眠っている。
こどもみたいな幼い寝顔は、微笑ましい。
「驚くかな。」
ふふ、とひとつ笑って扉へ向かう。

なるべく音を立てないように。
かた、かたん。
廊下へ出て、歩きだすのだった。

***

扉が閉まるやいなや、繋がれた手がどちらともなくするっと解けた。
「…行ったか?」
「はっはっは!よもやお前と手を繋ぐことになろうとは、夢にも思わなんだ。」
「…まったくだ。とんだ驚きだったぜ。」
なにか面白い展開は無いかと期待して寝たふりをしていたが、なにが楽しくてじじい同士で手を握らにゃならんのか。

よっこらせ、と鶴丸が起き上がって問いかける。
「よっ…と。そうだ三日月、俺が来るまで、主となにを話してたんだ?」

「そうさなぁ…。」
三日月もまた静かに身を起こした。
名前が去った扉を見やって、言葉を選んでいる。
「…うさぎの話をしていた。」
「やはりきみは訳の解らない奴だな。」

ちろり、目を細めた三日月と目が合った。勝気な流し目で鶴丸を見据える。
「なに、そう心配せずともお前が思っているようなことは言わんさ。お前にもお前の都合があるのだろう。」

やはり侮れないじじいだぜ。と鶴丸は内心ひとりごちる。
「…悪いな。種明かしは自分でするつもりだ。もっとも、きみのように察してる奴もそこそこ居そうだが。…主を驚かせるならまだしも、怖がらせたくは無いんだ。」

「鶴丸、ひとつ言っておこう。主はああ見えて、聡い子だ。少々情に弱いが、確かな観察眼も持っている。ひょっとすると、すでに見透かされているやもしれんぞ。」
「はは、それであの様子なら、肝も相当据わってるな。」

はっくしょい、と廊下を歩く名前がくしゃみをした。

もういいかい?
まーだだよ。
知らないふりで戯れて、もっときみを教えて。

きみを見つけてしまったことが、いつかの未来までずっと、喜びのままであるように。

主。
俺がきみを連れ去ったと知っても、きみは俺を畏れずに居てくれるかい?
それを問えるほどの勇気を、自信を、持てる時までのあともう少しだけ。


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