歪んだ光であやとりを


「ありゃ、また戻ってきてしまったねえ。」にこにこと楽しそうに笑う髭切に、手を引かれて立ち尽くす。

どうしてこうなったのか。

名前が長谷部に頼んだこと、すなわち下した主命は以下の通り。

今日中に本丸の構造を把握したい。手入れの仕方と刀装の作り方を知りたい。

さらに、まだきちんと話したことのない刀剣とコミュニケーションをとりたいので、なるべくみんなと会えるように計らってほしいと伝えた。

二つ返事に主命とあらば!と答えた長谷部は、
「いやあ、本当に生きていたんだねぇ。」と名前の二の腕をつついていた髭切を見据えた。
読める展開にちょっとまて大丈夫か?と名前は一抹の不安を抱いたが、それもつかの間。不安を口にするより先に、長谷部は堂々と髭切に告げる。
「髭切、主命だ。主に本丸を案内して差し上げろ。」
「うん、わかったよ。だけど本丸って、どこまで案内したらいいんだい?裏山も、見るのかい?」
「裏山!?」
「裏山もご覧になられますか、主?」

名前の予想が正しければ確実に遭難する。ヘリはない。頼りになるのはお供の狐と小狐丸の鼻だけだ。
『あはは、千年も刀やってるけど、火を起こすのはさすがに初めてだよ。』
…裏山ほんわかサバイバルまで予想されて、手に取るように未来が見えた。正確な予測は、時に予知のようだ。気が遠くなる。

「裏山は見なくていい!」
「では屋敷内を巡り、手入れ部屋へご案内致します。」
「そうしよう。それがいい。」
「では俺は手入れ部屋の準備をして参ります。」
「ああ、よろしく頼むよ。じゃあ主、ゆっくりいこうか。」

ゆっくり歩いてどのくらい経ったか。広間に戻ってくるのはもはや3度目である。長谷部に人事は向いてない。

「うーん。ねえ主、道は覚えたかい?」
「広間から広間に戻ってくる道は三種類覚えた。」
「あはは、三通りも覚えたのかい、偉い偉い。」
「そろそろ他のとこ行きたいな。」
「そうだねぇ、僕もさっきからそう思ってるんだけど、よくわからないんだよねぇ。」
よく分からない!?よく分からないまま裏山とか言ってたのか!?
名前は驚きを隠しきれない。髭切、なんてアグレッシブな方向音痴なんだ。

「いつも迷子になってるん?」
「いつもは迷子にはならないよ、弟が居るからね。ああそうか、彼を呼べばいいんだね。」

呼ぼう。そうしよう。このままでは広間から広間への無限ループに取り込まれて一向に場面が展開しない。
「呼ぼっか。」
「うん。…えーっと。…弟…なんだったかなぁ。弟の…うーん。…もう見えてるんだけど、名前が出てこないなぁ。困ったねぇ。」

…もう見えてるってなんだ?と名前が振り返ると、そこに居たのは
「「膝丸だ!」」
知らずユニゾンした声、名前の後ろから姿を現したのは紛れもない膝丸。
「そんな名前だったかなぁ?」
「「兄者ぁぁー!!」」
初対面にして、息ぴったりである。
名前からは、膝丸に後光が射して見えた。このふわふわ兄者をなんとかしてくれ弟者!

「主よ、兄者が世話になったな。本丸の案内ならば、俺も手伝おう。」
「ありがとう肘丸。」
「膝丸だ。」
「そうだね膝小僧。」
「…膝丸だ。」
「頼りにしてるよ、弟丸。」
「ひ!ざ!ま!る!だ!」
「ごめん膝丸。」
「ひざ……ああ、気にするな。」

なんだこれ楽しい。冴え渡るテンポの良さ。名前は感動さえ覚えた。やっと会えた、貴重なツッコミ要員である。

「主、わかってて言っているだろう。」
「うん。楽しくなっちゃった。」
「あはは。弟と主が仲良しで、僕も嬉しいよ。」

よかった、これで一安心である。髭切のふわふわを補う膝丸のきっちり感。
順調に広間から離れていく。
「主、まず刀剣たちの部屋の場所を教えよう。」
先をいく膝丸の後ろを、髭切と手を繋いで歩く。
名前が「離す?」と手を緩めても「このままがいいなぁ。」と楽しそうに繋いだ手を振るものだから、流されるままになっている。別に繋いでいなくともはぐれはしないのだけど。

こちらに来て思ったが、刀剣男士たちは短刀はともかく、見た目こそ名前と同じかそれ以上に見えるのに、どこか幼く可愛らしい。無邪気で純粋なその心に、名前はどうしようもなく絆される。

「おや?黙り込んでどうしたんだい?君は話しているほうが可愛いよ。」
「なにそれ初めて言われた!」
黙ってれば可愛い。とは聞き慣れた言葉だ。しかし話してるほうが可愛いとは、これいかに。

「兄者は初めて主を見たとき、身ぐるみを剥がしかけたのだ。」
「え…?」
なんだそれこわい。
「だって気になったんだもの。動かない君は、人には到底、見えなかったからね。」
「あぁ、なるほど。」
名前は左手の甲を見やる。白い皮膚は、陽の光を受けてほんのりと発光しているようにみえる。うすら血管が透けている、新しい体。

「まるで、モノみたいだったよ。人はなんでも作ってしまうねぇ。」
遠い眼差しで、髭切が言う。その横顔はどこか切なそうに見えた。

名前は繋がれた右手に力を入れて握った。
ここに居ること、その尊さと、いびつさ。それがきゅうと胸に沁みた。

気付いた髭切が目を合わせてにっこりと笑む。
「だーいじょうぶ大丈夫。いまは君の心が入っているから、脱がせたりしないって。」
「あはは、ありがとう。」
「兄者…そういうことでは、ないだろう。」

そういうことではないが。笑えた。

人とモノの境界線。それはこの本丸で、水の中にさす光のようにぐにゃりと曲がり交差する。

体なき心が得た体。
心なき体に宿った心。

握った右手が歩幅に合わせて揺れる、ゆれる。ゆるり、前を行く膝丸のえりあしだって、いまは触れられるようにここにある。

この箱庭の中で、正解のない心だけが本物。
心に触れる。体も言葉も、そのためだけに、ここにあるような気がした。




前のページ/次のページ


表紙に戻る
一番最初に戻る
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -