優しい神さまの住むところ


一期一振は柔和に笑むと、ふわり、重さを感じさせない優美な動作で片膝を付いて、名前と視線を合わせる。

「主、申し遅れました。一期一振と申します。弟たち共々、これからも何卒よろしくお願い申し上げる。」
父兄参観のような丁寧さと物腰の柔らかさで、語りかけられる。右手を胸に当てて恭しくこうべを垂れる様は、おとぎ話の王子のようだ。

小狐丸の膝の上、心ここにあらずだった名前のもとに、社会人たるものの心得が戻ってくる。こんなロイヤルを目の当たりにして、まだ膝抱っこを続けられる小狐丸は心臓までもふもふなのではないか。
跪いてもらっているのが、ひどく申し訳ない。
「いち兄!いえいえとんでもございません。こちらこそ、これからもよろしくお願いいたします!…こんな格好のまま、大変申し訳ございません…。」
一期一振から醸し出される気品レベルがものすごく高いので、つられて敬語になってしまう。空気を満たすロイヤル感。

「恐縮です。主、もう少し砕けた口調で話していただいて構いません。」
名前が、と言われましても…と戸惑っていると。
「たーいしょ、いち兄はちと堅苦しいが、これでも大将のことを慕ってんだぜ?慕う相手にそう固くなられると、寂しいってもんだ。俺っちからも、よろしく頼むよ。」
こんどはみんなの兄貴、薬研藤四郎の登場である。

「薬研…!」と赤面する一期一振もどこ吹く風。堂々たる佇まいでもって、にっと笑った。
「俺は薬研藤四郎だ。主は生でやる戦の経験がないんだろう?頼りにしてくれていいぜ?」
一期一振をお兄ちゃんと称するならば、薬研藤四郎は兄貴というのが妥当だろう。
短刀の概念を覆す、これすなわち薬研藤四郎。男前と書いて薬研と読む。

本人は主を切らないということに関して並々ならぬ自負があるが、多くの審神者から柄まで通されたという報告が上がっている。
むしろ柄まで通してと思ったときには、すでに柄まで通されたあとである。なんという矛盾。

「薬研もいち兄もずるーい!あるじさん、乱藤四郎だよ。ボクともこれからいっぱい乱れてね。」
乱藤四郎の声は、語尾全てにハートが飛んでいるように感じる。にしても、文面だけ見るといかがわしい。
くりくりとした青い瞳。さらりと溢れる夕日を煮詰めたような色の髪からは、ふわふわりといい香りがする。
いざ目の当たりにしても、女の子である。

「うん。薬研、乱、いち兄も。こちらこそ…って、ちょっと、小狐降ろして。」
「いやでございます。」
「いま降ろしてくれたらあとでお稲荷さんあげるから。」
「…小狐は食べ物にはつられませぬ。」
「じゃあ何がいい?」
「ぬしさまがあーんしてください。」

結局食べるんかい。
やってきたのは沈黙。
名前は戸惑いを隠せない。
でかい男の人があーんって言った。乱ちゃんとかじゃなくて!
いちばんでかいのがあーんとか言う。現世なら事案になりかねない。しかしここは本丸。更に言うと、彼は小狐丸。
名前の刀で、神様で、狐なので、まあペットみたいなものか。そう結論付くと、ようやく気が楽になった。なんとなく、小狐丸の扱い方がわかってきたような気がする。…気がする。

「…わかった。」
「お膝であーんですよ。」
「え。」
「小狐は心待ちにしております。」
そう言って、ようやく腕が解かれた。
悪徳商法だ。名前は解せぬ思いも多少あったが、致し方あるまい。アニマルセラピーしかり、すこし癒されてしまったので目を瞑ることにする。

ようやく自由になった。
名前は立ち上がると、きちんと一期たちに向き直った。
「こうして話せるのは、初めまして。薬研、乱、いっつも夜戦ありがとう。一期一振はやっぱりお兄ちゃんやってるんやな。頼りにしてるよ!これからも、よろしく。」
名前がぺこりと頭をさげると、あわあわと慌てる一期が面白い。
「主…!そう畏まらないでください!」
「じゃあ一期も。畏まらんでいいから、なんかあったらいつでも言って。」
「はっはい!かしこまりました!」
言ったそばからもうかしこまってるところに育ちの良さが滲み出ている。ついからかいたくなるのは、きっと彼の優しさのせいだ。気高く、寛容。さすが長兄代表。

名前が微笑ましく思っていると、しゅるり、足元にくるんと何かが巻きついた。
「主どのォ!鳴狐もお忘れなく!」
お供の狐だ。
どうしようほんとにしゃべってる…。しゃがんで抱きあげると、とくとくとくと小さな体が息づいているのが手に伝わる。みょん、と伸びた体をそっと胸に抱きよせると、まあるく腕の中に収まった。名前は頬がほころぶのを感じる。可愛い。

「主どの!わたくしを抱き上げてどうするおつもりでございますかぁ!」
「こうする。」
こしょこしょと首まわりや耳のそばをくすぐるように撫でる。手入れの行き届いたふわふわの毛並みは、撫で心地がとてもいい。
「わあわあ、おやめ下さい主どのぉ!こそばゆう、ございますゆえぇ!」
そう言いつつも、されるがままになっている。可愛い。
「…楽しそうだね。」
本体がすっ…と隣に現れた。
はた、と目があう。止まった指の間をすり抜けて、お供の狐はとこぴょんと、鳴狐の肩へ移る。
「はあ、危うくあられもない姿を晒すところでございました!」
鳴狐は、肩の上ふるふると首をふるお供の狐をひと撫で。
…怒らせてしまっただろうか。名前は沈黙にすこし不安になる。

「…良かったね。」
なんだ良かったのか。
目をすこし細めて、鳴狐が面の下で笑ったように見えた。
「鳴狐、よろしくね。」
「もちろんでございます主どのォ!この鳴狐、必ずや主殿のご期待にお応えしてみせます故、なんなりとお申し付け頂いて結構でございますよぅ!」
「……よろしく。」
わかっていたけど、お供めっちゃしゃべる。このサイズ感でめっちゃしゃべる。

そこでぽすり、誰かがお腹にくっついてくる。
「大将、懐入っていい?って、ふふ。もう入っちゃうよ。」
言いながら抱き付いてきたのは信濃藤四郎だった。
懐というだけあって、顔の位置が少し際どい。なんならもはや胸に顔を埋めているが、どうしたものか、短刀だから、まあいいのか。
「信濃はほんっと懐好きだよなあ。大将、いやなら言えよ。」厚藤四郎が呆れ顔でのたまう。
「やっぱり人の懐って落ち着くん?」
「俺は秘蔵っ子だからね!」
「それ関係あんのかぁ?」
厚と信濃、見た目年齢は同じぐらいに見えるが信濃のほうは甘えたなのか。

さっと一期の前にならんだ、二対のシルエット。
「これからも、末長くお仕えいたします。」と前田藤四郎。
「主君を支え、これからも共に歩ませていただきます。」と平野藤四郎。
二人揃って、恭しく礼をする。
さらさらと流れる栗色の髪は、ふるんと行儀よく落ちる。
「前田、平野。ありがとう。こちらこそ、これからもよろしく。」
名前が言うと、ふたり顔を見合わせて、はにかむ。物腰こそ大人びているが、表情はあどけなく子どもらしいそれだ。

「ちびども達も、まとめてよろしくな!」「改めて、よ、よろしくお願いします…。」
後藤藤四郎が五虎退の虎を半分抱えてお兄ちゃんしている。
「うん。後藤、五虎退もよろしく。」

「主、ようきよったね!資金運用は俺に任せんしゃい!」
資金運用する予定は今のところないが、とても頼もしい博多藤四郎。
「ありがとう、博多。お年玉は順調に増えた?」
「それは企業秘密ばい!」
これは相当増えていそうだ。

「主君!僕のことを忘れたりしてませんよね!」左手を引いて見上げてきたのは秋田藤四郎。わたあめのようなもふもふの髪に、青空を写したような、底抜けに青い瞳。
「忘れてないよ、秋田、よろしく。今度一緒にかくれんぼしよう。」
「はい!かくれんぼは得意です!主君相手といえど、負けませんよ!」

「にぎやかですよね!」
「…ああ。」
鯰尾が骨喰を引き連れて顔を覗かせる。
「主さん、俺たちのこともよろしくお願いしますよ?ほら骨喰も!」
「…頼む。」
溌剌として快活にものを言う鯰尾と、思慮深く物静かな骨喰。夏と冬、昼と夜、鯰尾と骨喰。対比が良く映える。
「うん、鯰尾、骨喰も、よろしく。」
名前が答えると鯰尾がふにふにと頬をつついてくる。
骨喰は静かにこちらを凝視している。
「ん、なに?」
「いやこうしてると、触り返してくれるかなって思いまして!骨喰も触る?」
「俺はいい。」
スキンシップというやつか?小首を傾げた名前だったが、それならば受けて立とうと、両手で鯰尾の頬を挟んでうりうりと揉む。
柔らかくみずみずしい頬はさらりと掌に吸い付く。すべすべで、気持ちいい。
「はい、倍返し。」
「あはは!主さんってば意外と大胆なんですね!」

多い。多いぞ。粟田口。
抜け漏れがないかとても不安である。
とにかく、本当に大家族のようだ。

可愛いな、まとめて撫でよう、粟田口。
名前の心に歌仙が降り立ったところで、薬研が引っ付いていた信濃をひっぺがした。

「見ての通りの大所帯だが、俺たちは大将を守るために人の身を得たようなもんだ。初めは心細いこともあるだろう、なんせその細腕で、男所帯の大将だ。何でも言いな、力になるぜ。」
兄貴…!
力強く言ってのける薬研に続いて、皆任せろと思い思いの言葉を口にする。

名前は頼もしさに、胸がきゅうとなった。
「ありがとう。」
目に映る笑顔が、きらきらと音を立てて瞬く。
こんなにも人に恵まれて、いいのだろうか。

大事にしよう。大事にされている以上に。小さな胸にそっと決意を結ぶ。お互いに、見えないところで。

さあ、お腹も膨れて準備万端。
新しい今日を始めましょう。




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