野生の狐と忠犬

がやがやと思い思いに話す者、くつろぐ者、食器の片付けに席を立つ者、茶を飲む鶯丸。

これにてお開きの模様。

名前は閉じ込められた腕の中、呼吸がこもって息苦しい。ぎゅうぎゅうと抱き寄せられて、腰がねじれているので体重を支えられず、小狐丸にしがみつく格好になっているがこれは不可抗力である。

「主、大丈夫ですか。」
長谷部の声がする。名前はちょっと大丈夫じゃないかもしれない。
「んーん!」精いっぱい伝える。たんたんと小狐丸の腕を叩く。限界だ!

「ではこういたしましょう。」
するりと腕が解けたと思ったら、そのまま脇下に手を差し込まれて、ひょいと猫のように膝の上に乗せられる。
小狐丸は自分の欲望に忠実である。野生ゆえ。

名前は気が気じゃない。公衆の目前で、どんな羞恥プレイだ。
鶴丸なんかは頬杖をついてにやにやと観察している。
「ははは!微笑ましいじゃないか!」

なんたる…。無様な…。

「降ろして小狐。」
「それはできませぬ。ああ、お姫様だっこのほうがよろしいですか?」
なぜそうなるのか。
きらきらと、いや、ぎらぎらとまなこを輝かせて、小狐丸が名前に問いかける。
「いやお姫様だっこはいらん。」
「遠慮なさらずともよいのですよ。」
「遠慮もしてない。」
お姫様だっこをしてほしいなんて、生まれてこのかた思ったことない。むしろ小狐丸はもう少し遠慮してほしい。

そこへ助け舟がやってくる。
「主が降ろせと言ったら降ろせ。無礼だぞ。」長谷部だ。
長谷部にとって、『主命は?』『ぜったーい!』なので、彼は小狐丸の神経を疑っている。それはできませぬ?なにを普通にお断りしているんだ!

しぶしぶといった様子で、名前の背中に回っていた腕が解かれたと思ったら、そのまま両頬を挟むように顔を持たれる。
どっかで、誰かにもされたやつだ。その時の記憶もフラッシュバックして、名前はやはり動けない。

続きはお察しの通り、こつん。小狐丸が顔を覗き込むように額を合わせてくる。
名前はせめて唇がくっつかないようにと、小狐丸の肩に手を付いて、体を支えるのがやっとだ。
大きくて、少し乾いた厚みのある手のひらが頬を這う。熱いのは小狐丸の手なのか、名前の頬なのかは、もうわからない。

「ぬしさま、小狐は無礼者なのでしょうか?」
揺れるような不安げな声が、ゆっくりと、流し込まれる。もちろん、泣き出しそうな表情も忘れない。

恥ずかしさで煮えそうな頭。羞恥にこれ以上心が晒されないようにと、目に自然と涙の膜が張る。泣きそうだ。
「ぶ、無礼、ではないけど…。」
まんまと名前は言ってしまう。
小狐丸がじりじりと揺らしていた赤い瞳が凪いでゆく。
「それはようございました。」
小狐丸はにっこり笑って、名前の頬を解放した。してやったり。

…今なら羞恥でしねる。名前はもはや白目だ。

小狐丸は長谷部の方に顔を向けて、ニタァと笑った。わーっるい笑顔で言ってのける。
「ぬしさまの許可をいただきました。」
「長谷部ごめん。」
「主がそうおっしゃるならば。」
せっかくくれた助け舟を無碍にしてしまった。名前はもはや恥ずかしさで誰とも目を合わせられない。

小狐丸は膝の上で名前を横抱きにして、るんるんと揺れている。

対する長谷部の膝の上にはわなわなと震える両手が置かれていた。彼にとってなにより不快なのは、自分の胸に蔓延る感情が嫉妬だという事だ。

嫉妬するなんて、おこがましい。
長谷部は主のいちばんになりたい。最も近くで頼られる存在に。小狐丸のようなスキンシップや鶴丸のような心の触れ合いは、余計なものだとさえ思っていた。忠誠を誓い主命を果たして、役に立つことを証明し続けることこそが、彼のやり方だったのだ。

自分には到底あのような真似は出来ない。そんなこと分かりきっているのに、いざ目前にすると、羨ましいなんて。

長谷部は、小狐丸より誰より、羨ましいと思う自分自身を諌めたかった。

いたたまれない空気。

それをロイヤルゥに霧散させる、凛々しい声が降ってきた。

「ちょっとよろしいですかな?」
にこやかに笑む。
ふわりと障子を抜けて入ってきた風は、彼のマントを揺らすためだけに寄り道をしたようだ。
みんなのお兄ちゃん、一期一振である。




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