答え合わせのおもてうら


名前は歌仙に向きなおる。
「ああ、食事を進めながら聞いてくれて構わないよ。」
「いいん?ありがとう。」
名前はお言葉に甘えて魚をほぐしにかかる。その様子をふわり、優しい眼差しで見つめて、歌仙は口を開く。

「僕は初期刀としてこの本丸に顕現してから、いろいろと気になってしまってね、調べたんだ。」
名前だけでなく、周囲の刀剣たちもまた、歌仙に視線を送って話を聞いている。

「いまは西暦2206年、ここは時の政府が作った箱庭みたいなものだよ。」
「うわ、やっぱりここ未来なん?」
「ああ、君から見たらずっと先の未来だね。つまり、190年先の未来に君はやってきたということだ。」

190年先。
名前は記憶を辿る。あんまり気にしたことはなかったけれど、そういう設定がされていたような気がする。サービス開始時、こちらは2015年。歴史修正主義者の攻撃が始まったのが確か2205年。ゲームを始めて早一年とすこし経つ。
一緒に年越しをして、こちらも2206年になったということか。
考えながら魚の身を口に運ぶ。もぐり。ほろろとほぐれたはずの身は、じゅわり、口の中で旨味が広がる。お米が進む。

「…箱庭って言ってたけど、こっちでも時間はすすんでるん?」
「ああ、君のいたところと同じ早さで進んでいるよ。君の就任一周年だって祝ったくらいだからねぇ。」
「あー、あれは嬉しかった。」
全員の台詞を覚えてしまうくらい、何度も聞いた特別な言葉。
「おや、そちらでもなにかあったのかい。」
「えっ…となぁ。」
さて、どう答えたものだろうか、名前は思案する。ひょひょいと魚を運ぶ箸は止まらない。

ゲームだったなんて、言っていいものだろうか。自分たちが生きていた世界が、こちらでは作り物だと扱われていたなんて。
彼らを、傷つけてしまうと思うと、名前には言えなかった。

ちらり、歌仙に視線を向けて話す。歌仙はこちら側の世界のことを、どこまで知っているのだろう。
「…なんていうか、みんなが祝ってくれてるのが伝わってきてた。」
こくり、ごはんを飲み込んで発した言葉。少し、変な笑顔になっていたかもしれない。
「…ああ、そういうことか。」
歌仙は名前の気持ちを汲む。この優しい主は、事実を言えば自分たちのことを傷つけてしまうと考えているのだ。

こうして生きていることは紛れもない事実だと、自分たちが一番よく知っている。
だからどんな形であれ、主と繋がることができていたのならそれでいいのだけれど。
歌仙はそう考えている。それでも、主が言いたくないのなら、歌仙もまた言うつもりはなかった。

「200年かぁ。」
名前がしみじみとこぼした。
200年経ってもおひたしの味はいつもどこか懐かしい。
この本丸の外は、現実は、どうなっているんだろう。好奇心が芽生える。
だけど、それを知ってしまってはいけないということもまた、自然と感じられた。

「ははは。200年なんてあっという間に過ぎるぞー。」
究極マイペースの三日月が朗らかに笑う。さすがスケールが違う。しかし悠久の時を生きるスーパーおじいちゃんと名前では物の尺度が違うのだ。
「人生の3回分くらいある!」
名前がすかさず返すと。三日月はこてと首を傾げて、にっこり笑う。
「なあに、眠っていればすぐだ。」
どんだけ寝るねん。

「よくわからんけど、繋がってるんやんな?200年越しに、私がしてたことと、この体。こっちでみんながしてたことも。」
お味噌汁を飲んで、ほう。と息をつく。
歌仙が答える。
「そうだね。その体は僕が顕現したときからずっとここにあって、君は僕らの指揮をとっていた。あと君に関して言えることは、僕らにとって、君が良い主だったということくらいだよ。」
遠い目をしていた名前の頬をひと撫で。歌仙は笑うと、すごく優しい顔になる。空気までため息をついてとろけてしまいそうだ。

藪から棒に褒められて、名前はへにゃりと頬を緩めた。
「ふふ、歌仙に面と向かって褒められると嬉しいなあ。」

「僕はね、いや、ここにいる僕たちは、君の存在をいつも感じていたんだ。置かれた体ではなく、その向こうに居る君の、こうして話している君のことをね。」

遠い過去。画面の前でひとり座っていた名前の意思を、想いを。

目を伏せて、つい昨日までの記憶を辿る。
「「大切に。」」
「思ってたよ。」
「思ってくれていたんだろう?」
声が重なった。

二人が顔を見合わせて、目を見開く一瞬の後。

「もちろん!」
名前は自信有り気に笑う。みんなのことが大切だ。彼らがゲームの中にいた時から、ずっと。こうして会った今はそのときよりも、もっと。
「ふふ、嬉しいねぇ。」

かちゃり、お箸を置いた。立派な朝ごはんは、いつの間にか空になっている。
「ご馳走さまでした。」
「お粗末様。」

「美味しかったかい?」
光忠が顔を覗かせる。
「うん!全部めっちゃ美味しかった!ありがとう。」
「ふふ、君に喜んでもらえると、作り甲斐があるなぁ。なにか食べたいものがあれば、なんでも言ってね。」
「なんでも?」
「ああ、知らないレシピは君が教えてくれるんだろう?」
「いいよ!じゃあ今度一緒に料理しよっか。」

デジャビュだ。
鶴丸と歌仙が顔を見合わせて神妙に頷きあっている。さすが伊達男。俺たちにできないことを簡単にやってのけるぜ!
名前の頭をひと撫でし、食器を持ち去った光忠を見送って、名前は歌仙に投げかける。

「…どうやってこっちに来たんやと思う?」
名前にとってはごく自然な質問。
歌仙はひとつ、ふむ。と唸ると。
眉尻を下げて苦く笑った。
「それが僕にもわからないんだ。」

嘘だった。

歌仙が知っていたはずの、彼女の名前。それが根こそぎ消えていることに、彼は気づいている。
歌仙自身の記憶からも、密かに書きしたためたあらゆる文面からも。
この本丸の誰かが彼女を連れてきた。おおよそ人には出来ないすべでもって。

果たして誰が?
歌仙がだいたいの目星をつけているのは小狐丸か、三日月宗近、もしくは鶴丸国永。石切丸は…おそらく違うだろう。まず本人に言わせないことには、名前を不安にしてしまうだけだ。
歌仙にとって、気遣いゆえの嘘だった。

「僕に君を連れてくる力があれば、君を不安にさせずに済んだのにねぇ。」
これは本心。この広間にいるであろう当事者に対する皮肉をたっぷり込めて、言ってのける。
名前は一瞬目を丸くして、吹き出した。
「あはは、愛が重い!」

意識のシンクロ、もしくは転送?
名前ははじめ、未来の技術でこちらに来たのだろうと検討をつけていた。タイムマシンの派生系かなにかがあるのかと。
けれど、今のでなんとなく気づいてしまった。神隠しなんて本の読みすぎかと思っていた。でも、時渡り、という言葉もあるくらいだから、可能性はゼロではないはずだ。
それだけ会いたいと思ってくれていたなんて、可愛いものだと彼女は思う。

もしも連れ去って良いかと訪ねられたとしても。自分なら一度来てみたいと願うに違いない。帰れるかどうかによって、即断は出来ないかも知れないが。

こちらに連れて来れられる時のこと。眠りのなか、その最中で、誰かが自分を呼んだ気がする。

…あれ?呼ぶ…?どうやって?
思考が発展しかけたところで、右隣にずずい。

「ぬしさま。」
小狐丸が上品にも厚かましく、長谷部との間に大きな図体を割り込ませてきた。
「狭い。戻れ。」長谷部がぐいぐいと肘で小狐丸を突く。
「いやじゃ。」名前からは見えないのをいい事に、小狐丸は持ち前の強面を存分に活かした悪人ずらで抵抗する。

覗き込むように垣間見た長谷部はギン、と冷えた鬼の形相だ。射殺すような視線は、小鳥ぐらいなら軽く撃ち落とせそうである。前田に謝らないと。これを受けて小狐丸よく怯まないな、と名前は感心した。
顔の怖さでいえば、負けず劣らずの勝負をしているのだが、名前の視界を占めている小狐丸のもふもふ後頭部からは、みじんもその様子は伺えない。

小狐丸はくるり、振り向いて、名前に向かってしょげてみせた。
着物の袖をちょこんと握ることも忘れない。さすがは狐、あざといぞ。
「小狐丸もぬしさまに構ってもらいとうございます。こんなに焦がれておりますのに、先ほどからそちらでばかり話をして、小狐は寂しいです。」
大きい体をしゅんと丸めてしょんぼりしている。ひょこっと跳ねた髪も、ぺたんと垂れて、そこにも神経が通っているかのように、感情を如実に表している。
さすがあざとい。

「離れろ狐。主はいま大切な話をしている。見て分からんのか。」
粛々と言い放つ長谷部。彼は主に対してと、その他大勢に対しての態度に差がありすぎる。主贔屓なのは知っていたが、目の当たりにするとすごい。
さっきの怖い顔も相まって、名前は若干小狐丸が不憫に思えてきた。

もちろん、小狐丸にとって、この冷たい長谷部は慣れっこである。…しかしここは名前の手前。ちらり名前の表情を盗み見て、もう一押しだと判断した。
がばあ、と黄色の着物が翻る。
「ぬしさまぁ。長谷部が小狐を邪険にいたします。」
そのときには名前はすでに小狐丸の腕のなかに抱き込まれていた。
右頬に、すりすりと擦り寄られる。跳ねた毛先がくすぐったい。

呆れ顔の歌仙。青筋を立てる長谷部。真顔の大倶利伽羅。柔和な表情の石切丸。愉快そうな鶴丸。…鶴丸、お前はほんとにいつでも愉快そうでいいなぁ。 大倶利伽羅と足して2で割ってもまだまだ愉快さが勝ることだろう。

抱き寄せられる腕の中、名前はあほな子ほど可愛い、という言葉を思い出していた。そういうことじゃない!いや、しかし、でも、悪い気はしないのだ。それが困る。

歌仙がはあ、とため息をつく。
小狐丸は主に関することとなると頑固だ。構ってスイッチが入った今、彼を名前から引き離すことはもはや不可能。
「これ以上ここで話を続けるのは雅じゃないねぇ。…主、聞きたいことが出てきたら、いつでも僕を呼んでくれ。」
掛かる言葉に、「わかった、ありがとう。」くぐもった声が答える。

なにか大きなことを見落としているような気がするが、思い出せない。
浮上しかけた違和感の小石は、思考の水のなかに沈み、簡単にその気配を消してしまった。




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