幸せの味



長谷部に手を引かれて、席につく。

刀剣たちが広間と呼んでいたとおり、広い広い畳の部屋。襖で仕切ることができるらしい空間に、一列10人、一つの机に向かい合って20人ずつほど並べるような大きな机が三つ置かれている。

すすめられた席はど真ん中。
上座でもなんでもない、名前はそれが嬉しかった。
左右に所狭しと座する刀剣たちの背中の間を縫うように進んでゆく。

「たーいしょ、こっちに来ないのか?」
「ぬしさまあ!小狐はこちらでございます!」
「さて、飯はまだか?」
「粟田口のここ、空いてますよぉ!」
「こら鯰尾、行儀よくしなさい。」
「がっはっは!主が埋もれてしもうたなあ!」
「あるじさまー!あとであそんでくださいねー!」
「歌仙さん、お手伝いします!」
「ああ、助かるよ。」
「まっはっは、まっこと賑やかじゃのう。」

そう。本当に賑やかだ。
大家族みたいだな。名前は笑う。
向けられた言葉を拾っては、手を振り返して、またあとでねと視線を送った。

これからたくさん一緒にいられるんだ。その思いが心の帆を膨らませるように胸に吹いて、どきどきとなにかが動き出すのを感じた。

席につく。
そのまま右隣に長谷部が座る。
向かいに座っていた石切丸がにっこり微笑んでくれる。
「やあ、よく来たね。あとで君の無病息災を祈祷しようか。」
石切丸の祈祷はすごく時間がかかりそうだが大丈夫だろうかと思いながら名前は答える。
「うん。石切丸、ありがとう。」
「お前の祈祷に終わりはあるのか?」長谷部が突っ込んだ。起動理論からいくと約8倍速の二人なので長谷部から石切丸は止まって見えるのかもしれないと名前は考察する。

「ははは、いやまいったねぇ。さすがに終わりはちゃんとあるよ。」
朗らかに笑う石切丸の包容力はまさにその身の如し。

石切丸の右隣、名前から見て左斜め前には 大倶利伽羅が座っている。
伏せられた目、視線は合わない。
「 大倶利伽羅。」
とりあえず名前を呼んでみる。
ちらり、とあげられた目、視線を拾う。
「なんだ。」
「おはよう。眠いの?」
「…おはよう。別に眠くはない。」
とっつきにくい!分かってはいたけど、とっつきにくいぞ大倶利伽羅!しかもその席!歌仙の目の前じゃないか!大丈夫なのか大倶利伽羅!
名前は大倶利伽羅の瞳を覗き込むように問いかける。
「馴れ合うつもりは?」
「ない。」
「やんなー。」
側で見ている刀剣たちは思った。これは馴れ合ってるうちに入らないのだろうかと。

そうこうしているうちに左隣に歌仙が座って、配膳が終了したようだ。
ほこほこと湯気を立てる白米と、煮物、焼き魚に、菜っ葉のお浸し、小鉢にサラダ。豪華な純和風の食事が並ぶ。
「うわすごい、美味しそう!」
「ああ、そう言ってもらえて嬉しいよ。」
その向こうで光忠が立ち上がる。すらり。
「さあ、それじゃあ行くよ!」
いったい何が始まるのかと観察する名前に一つ目配せ、微笑んだ光忠が、パァンと手のひらを合わせる。間髪入れずにくっきりとした声が飛ぶ。
「いただきます!」
そういうことかぁ。名前はへなっとなりながら、飛び交う声に「いただきます。」優しく混ざった。

名前がいざお魚に箸をつけようとすると、右斜め前から鶴丸が身を乗り出す。
「主!まずサラダだぞ!俺の愛情がこもってるんだ。はやく食ってくれ。」

いやな予感しかしないのだけど、堀川は彼を止めてくれなかったのだろうか。
「えー。変なもの入れてない?」
名前は疑いをあらわに鶴丸の表情をうかがう。
鶴丸は楽しそうだが、こっちに来てから見た彼はいつも楽しそうなので真意は読めない。

「心外だなぁ。俺がそんなことするわけないだろう。いいから食べてみてくれ。加州だってサラダから食うのが良いと言ってる。」
突然の飛び火に、奥のテーブルから加州が参戦する。
「はあ!?ちょっと、勝手に人のこと巻き込むのやめてよね。」
「君はいつもサラダから食べるじゃないか。」
「それは食べ過ぎなくて済むから。って。あー、あるじ、その驚き厨の言うことなんて聞かなくていいんだからねー。」
「驚きちゅうとはなんだ!ふむ、本の虫って言葉もあるんだから、それでいうとたしかに俺は驚きの虫かもしれんがなぁ。」
サラダから食べるとは、やはり加州。美的意識高い。

名前は逡巡する。食べるべきか否か。彼女は嫌なことは早く済ませてしまいたいタチだ。
「俺のと交換しましょうか?」
隣から長谷部が申し出てくる。それはさすがに申し訳ない。が、返事をする前に、鶴丸がずいっと割り込む。
「だーめだだめだ!長谷部、前々から思っていたが、君は主にべったりすぎだ!可愛い子には旅をさせろと言うだろう?ほーら主、食べてくれ、はやく。まずかったら俺を殴ってもいいぞ。ほら。」

そこまで食べて欲しいのか。
名前の好奇心がくすぶり始める。おずおずとサラダの器を手に取り、お箸で葉っぱを摘んだ。見た目は至って普通。
「主、どうかご無理なさらず。」
心底心配そうな長谷部の顔を一つ見て、こくり、頷く。
「きみたちは俺をなんだと思ってるんだ。」

恐々とひとくち、サラダを口に運んだ。
しゃきり。パリパリとレタスがみずみずしく弾ける。和風のドレッシングがさっぱりと風味を引き立てて、爽やかな香りが鼻に抜ける。拍子抜けするぐらい至って普通の、美味しいサラダだ。

「あれ…?美味しい?」
長谷部が隣でほっと息をついた。変なものが入っていたら、主の口に手を突っ込んででも取り出すつもりだったので、ほんとうに何事もなくてよかった。いやほんとに。
鶴丸は名前の手元を覗き込みながら不満気に唇を尖らせている。
「だから大丈夫だと言ってるだろう。きみは警戒しすぎだぜ。ほら、もうひとくちだ。」
「うん。」
言われるがまま、もうひとくち食べようとお箸でサラダをすくったら、ひらり。

うすくスライスされた、ハート型のにんじんが現れた。

「…は?」
「はっはっは!どうだ驚いたか?俺の愛情だぜ?美味しく食べてくれよ。」

…これは。
名前はうつむく。新婚かよ。胸を鷲掴みにされるかと思った。じわじわと頬に、耳にと熱が集まるのを感じる。
すっかり警戒させておいて、こんなのはずるい。
眉間にしわをよせるように、感情を抑えようとするがだめだ。どうしても頬が緩んでしまう。微笑ましさに、愛しさに、笑いがこみ上げてくる。
やってくれたな鶴丸国永。

名前は熱い頬をごまかすように、ひとくちでぱくりとにんじんを口に運んだ。甘い。
「…もう。あははっ、鶴丸の愛情しゃきしゃきしてる。」
「ははは!そうだろう。なんてったって畑で育んだ愛だからな!」
名前の表情のひとつひとつを、しっかりとその胸に留めながら、鶴丸は軽妙に笑う。

「育てたのは光忠だろう。」
「それを言ってくれるな、俺も臭い思いをして頑張ったんだ!あれはひどかったぞ。」
「食事中に雅じゃないよ。」
「仲良きことは美しきかな、だねぇ。」

もう充分。もう充分好きだと思っていた彼らをどんどん好きになってゆく。

初めからこれじゃあ、先が思いやられるほどだ。
ぱりりと、残りのサラダを平らげながら名前は思う。
いつか元の世界に戻るかもしれないのに、それが嫌になったらどうしてくれよう。


こほん。そこで歌仙がひとつ咳払いをした。

「そうだ、僕の知っていることを、君に伝えなければいけないね。」



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