朝陽に目がくらむ


庭に面した廊下を歩く。
うららかな日差しが泳いでいる池の水面に、ひらひらと桜の花びらが降り注ぐ。
眩しさに、美しさに、目を細めた。
手を引く蛍丸が名前の視線を追って声をかける。

「桜だよ、きれいでしょ。」
この嘘みたいに美しい景色も、はっきりと触れられる現実なのかと名前は頷く。
「うん、綺麗。」
「へへ、また案内してあげる。」
「嬉しい、ありがとう。」

蛍丸。小さくも、頼もしい大太刀。
彼は、自分の強さを知っている。そして、その強さは、名前に貰ったものだと信じている。
名前のために刀を振るうこと、敵を倒すことは彼の存在意義だ。もっとも、彼自身はそんなに難しく考えていないのだが。
敵を倒せば名前が喜ぶ、褒めて、きっとまた自分を振るってくれる。単純明快。強い自分を好きでいられることこそがまた、彼の強さなのかも知れない。

しばらく歩くと広間の入り口にあたる襖が見えてくる。
立っているのは長谷部だ。
緊張からか、名前が無意識に蛍丸の手をきゅっと握る。
彼はころころとした瞳で、名前のことを見上げる。先程よりすこし固いその横顔を見やって、手を握り返した。安心させるように。ぎゅっと。
「大丈夫、大丈夫。みんな待ってるよ。」
「うん。大丈夫、やんな。うん。」
「俺も最初はどきどきしたけど、みんないい奴だよ。主さんの刀なんだから。」

私の刀。
名前はその言葉の重みをそっと噛み締めた。鶴丸も言っていた、君の鶴丸国永だと。歌仙も和泉守も、僕の、俺の主だと。

みんなが揃って口にする、主。
その言葉の重み。

いままでは、それこそ片手間にでもやってこられたのだ。クリック一つで、よくわらかない未来の技術で。
でも今は違う。ここに居るという実感が湧いてきた今、今度は別の不安が名前の胸中を渦巻いていた。

出陣も手入れも顕現の仕方も、よく分からないのだ。みんなに聞けば、きっと教えてくれるだろう。
でも、今までこの体が動かず話さずやってきたことを、説明されていざ実行するなんて、出来るのだろうか。
これまで趣味の範囲で果たしてきた審神者という役割を、自分はここに来て、まっとうすることが出来るのだろうか。

主と呼ばれること、慕ってもらえること、その嬉しさと引き換えに、同じだけ感じるのは寄せられる期待と、それに応えなければならないという責任。

名前は言いえぬ不安を押し隠して、蛍丸に笑い返してみせる。
「うん、初対面はどきどきするよなぁ。蛍丸も頑張ったんなら、私も頑張ろ。」
どこか上の空のような、名前の様子に蛍丸はすこし違和感を覚えつつも、
「うん、俺がついてるよ。」
心からの言葉でそう答えて、一緒に前へと向き直った。

さあ、いよいよ広間にやってくる。
前を歩いていた愛染と五虎退がくるりと振り返った。
待ち構えていた長谷部が恭しく一礼する。
「主、お待ちしておりました。起きてる連中を集めて参りましたので、ご確認ください。」
資料か何かみたいに言うなぁと長谷部の言葉のチョイスを不思議に思ったが今の名前に突っ込む余裕はない。
まだ寝てる子も居るんや…と、漂うリラックス感に強張っていた体の力がすこし抜ける。結果オーライだ。

「よっしゃ!じゃあ開けるぜ!祭だー!」
「へっ!?」
わかってはいたが愛染の行動は早い。起動に比例するのか。
スパアーンと景気良く襖が開け放たれた、目が点になっている名前。
続いて五虎退が、そっと反対側の襖を開ける。マイペースでありながら、彼に迷いはない。
「主さん、どうぞ。」

しゅるしゅると、開けた視界。
刀剣男士たちが一斉に振り向く。視線が降り注ぐ。どこを見ても目が合う、まるで転校生にでもなったみたいだ。

…だがなんだろう。
不思議といやな気分ではない。

名前は落ち着いて、それぞれの顔を見渡す。向けられる視線は優しく穏やかで、想像よりもずっと、心地が良いものだった。

それはまるで、古い友人との再会を喜ぶような、家族を懐かしむような眼差し。
暖かな刀剣たちの表情に、先ほどまでの緊張感はどこへやら。名前は幸せではにかんでしまう。

握られた右手の先、蛍丸がほら言ったでしょ?と得意げに微笑む。
一礼して名前の左手を取り、中に誘う長谷部の誇らしげな顔。
優しい顔で、背中をとん、光忠が押す。
見渡した視線の先で、嬉しそうに手を振る鶴丸の笑顔を見たとき、名前は自然に声が出た。

「おはよう。みんな。」
それはもう。いつものように。

ただこれまでと違うのは、ちゃあんと届いて返ってくるということだ。

「お、おはよう!主。」
背伸びをするように、飛んでくる加州の声。「おはよう。」ゆったり笑むような、安定の声。

「おはようございます。主。」丁寧で柔らかな一期一振の声に「おはようございます、主どのォ!」お供の声と「おはよう、主さん!」「おはよう、大将。」短刀たちの声が重なる。

「ぬしさま…!おはようございます、この小狐、お会いしとうござい」「はっはっは、ようやく起きたか、おはよう。」長々と話す小狐丸の声にゆるり被せるように通る三日月の声。

「おや、ようやくお目見えですか。おはようございます。」「…おはよう。」「おはよう、ございます。」ゆったり答える左文字兄弟。

「カッカッカッ、主どの!よくぞ目覚められた!」目を瞑っててもわかる山伏の声に、「…おはよう。」口の中で零すような山姥切の声。

「あるじさまー!おはようございまーす!」高らかに飛んでくる今剣の声と、「がっはっはっは!主よ、目覚めたのか!おはよう。」厳つくもどこか優しい岩融。

「おっはよう!主さん!待ってたよ!」朗らかで明るい浦島と「やあ、おはよう。」優美な蜂須賀。

「おはよう、こんなふうに立つんだねぇ。主のことだよ。」朝から青江。
「青江、変な言い方やめろよなー?おはよう主!よろしくな!」獅子王が手を振る。

「おや?起きたのかい?はじめて見たけど、起きられたんだねぇ、おはよう。」「兄者…いや、いいか。主よ、おはよう。」源氏兄弟は我が道を行く。

がやがやとした、大唱和だ。
おはようという言葉が、光るように広間を飛び交う。

名前は、くすぐったくて目を細めた。

こんなにも眩しい朝は、初めてかもしれない。


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