油揚げの布団でお昼寝致しましょう


ところ変わって大広間。
そわそわと落ち着かないのは小狐丸。
こんなに落ち着かないのは、墨俣でぽつねんと依り代を置かれて、ぬしさまエンカウント待ちをして以来である。

長谷部がやってきたときには、小狐丸はすでに身支度を終えていた。
主が起きたと知らされて、沸き立つ心。自慢の毛並みがぶわりと震えるように、体じゅうが喜びに湧きたった。

話を聞いてすぐさま厨に向かったが、名前はすでに光忠に連れられたあとだった。
狐の耳のような毛が、心なしかしゅーんと垂れ下がったのを見て、鶴丸に笑われた。ぐぬぬと下唇を噛んで、小狐丸は広間で待機することにしたのだった。

ぬしさま。
小狐丸にとって、初めての持ち主。
幾多の主の手を伝い、長い時を渡ってきた刀剣たちとはすこし違って、小狐丸は物語の中で、人の思いの中で生まれた刀だ。
あやふやな自分の存在に、形をくれたのが彼にとっての名前である。

他の刀剣たちが動かぬ主について様々に戸惑うさなかでも、小狐丸の心が揺らいだことはない。

名前は小狐丸にとって初めての主で、そしておそらく、最後の主でもある。

ぬしさまがいるから、自分がいる。戦って、戦っては治されて。刀として身を得た自分を必要としてくれる、この生涯においてたった一人の存在。その思いは強く、彼を立たせる支えとなった。
どんな形で使われようが、名前がどこかで生きている。その事実はぶれることなく、小狐丸に前を向かせた。

小狐丸はぬしさまが好きだ。

動かぬ指先をつまびいて、整えた毛並みを滑らせると、「綺麗な髪」どこかで彼女が褒めてくれたような気がする。
猛スピードで長谷部が迫りこようが、「して欲しいとか言ってない」お姫様抱っこはやめられない。
ぬしさまぬしさま、と部屋を訪ねては、「なあに?」その髪に花を飾る。
鶴丸の土産話を隣で一緒に聞いて、「お腹いたい」名前の笑顔を想った。

ぬしさまが居る。どこかに居る。
それだけで良い。
それなのにどうして、こんなにも切ないのか?
赤い眼を苦しげに細めて、小狐丸は自分の感情の正体を探った。
行き着いたのは、刀として抱く当然の答えだった。

彼は主が欲しかった。
ほんとうの意味で。

ぬしさまのそばで一緒に過ごせたなら。
生き様、魂や、その心の移ろい。暮らしぶりやその身体の仕草、おかしな癖だってそばで見ていたい。

いつかまた、形を失ってしまったときも、そっと取り出して思わず顔がほころぶような、名前との思い出が欲しかった。

決して口に出さなかった願いが、叶うとは。これがどうして落ち着いてられようか。
もともとそんなに辛抱強いほうではないのだ、野生ゆえ。
夜ごはんにいなり寿司が並ぶと聞いた日でさえ、そわそわとしてしまうのに。名前と会えるとなって、平常心を保つなどとてもじゃないが出来そうにない。

そわ、そわわ。

はてさて、浮きたつ小狐丸に対して、朝の散歩と朝風呂と二度寝という充実の朝活を終えた三日月宗近は余裕の笑みである。

「小狐丸、今日の朝餉はなんだ?」
「…。」
無視である。聞こえていないのか。
三日月はしゃらり、小首を傾げて小狐丸の顔を覗き込む。にまにまと口元が緩んでいる。

なにかよからぬことでも考えているようだ。三日月はそう結論付けて、ため息を吐いた。

小狐丸の名誉のために言っておくなら、彼は脳内で名前と一緒にしたいことランキングを製作中だった。
さらに具体的にいうと、ランキング暫定第三位のシャンプーをしてもらうところを想像している。
浴衣を着て、きゃっきゃうふふしている。
ぬしさまあ、耳の後ろがかゆうございます。ええ、ここ?いえもう少し上です。このへん?そこは、耳です、ふふくすぐったい、ぬしさまはいたずらっ子でございますねぇ。だって小狐丸が可愛いんだもん。あはははは。うふふふふ。

誤解を生まないように念を押しておこう、断じてやましい妄想ではない。

小狐丸はこの強面でありながら、構ってもらうのが好きなのだ。構ってもらうの程度はもちろん個人差があるので、始めは名前の様子に合わせつつ、徐々にハードルを上げていく心積もりである。

ふむ、シャンプーは少し、ハードルが高いか…。
「洗髪は先発できませぬな。」
突如発せられた駄洒落。

三日月は小狐丸を一瞥した。涼やかな眼差しは、慣れていないものならすくみ上がることだろう。
目線を交わしたと思いきや、三日月はふいと前に向き直ってしまった。さっきの仕返しか、無視である。

ひんやりと空気が冷えた。にもかかわらず。

馬に続き三日月まで無視を覚えたのか、と小狐丸はさほど気にしない様子で、名前としたいことランキングの脳内製作に戻った。

マイペースなやつめ。と互いにブーメランを投げ合う二人。

そうこうしている間にも、広間には着々と刀剣たちが集まってくる。
障子が開くたび、小狐丸はぴょこんとその耳にも似た毛並みを跳ねさせるのだった。



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