可愛さの完全勝利S



後ろに気が取られている名前。
部屋の障子が開け放たれると同時。
「虎ー!確保ーー!!っぷ!」
ぼすっと腰あたりに衝撃。
「待ってよ、国俊!っわわ!」
さらにもうひと衝撃。

赤い短髪と銀色の髪が、腰のところでふわり、揺れている。

愛染国俊と蛍丸だ。

二人はぶつけたらしい鼻をひと撫で、虎を探していたはずが、名前を見つけて目をまん丸にしている。

長谷部が言いに来たのってこれだったんだ、と蛍丸はそう遠くない記憶を取り出していた。来派のふたり。広間に行く途中、虎を見失って半べその五虎退と会って本丸内を駆けていたのだった。
無論、明石国行は三度寝中である。

二人がぽやんと名前のことを見上げていると、名前がしゃがんで、まっすぐ視線が交差する。
「おはよう、愛染、蛍丸。」
呆気にとられていた二人だったが、名前の目を見て、表情を緩めた。

愛染は快活に、蛍丸はほんわりと。
「主さん!長谷部から聞いたぜ、おっはよう!」
「じゃーん。ここでいちばん強い刀、蛍丸だよ。なーんて。目が覚めたんだね、おはよう。これからも、よろしくお願いしまーす。」

名前を見つめる二対の瞳は朝の光を受けて、きらきらと浅瀬の砂浜のように光っている。
「おはよう、こちらこそよろしく。」
つまり何が言いたいかというと、二人ともとても可愛い。
撫でたい!!抗いがたい衝動が名前の右手を襲う。いやしかし、ひとたびの葛藤。背が縮んじゃう!って手を払われたりしたらどうしよう。そもそも、愛染は撫でられるのとか嫌がりそうなタイプに見える。

どうする?どうする名前??

しばしの沈黙、逡巡。
「えい。」
蛍丸が名前の頬をつついた。
「なになに?俺たちと会ったのに、考えごと?」
傾げた首にならって、くりくりの目の中、翡翠の瞳が転がる。
きゅるん。
それはもう、心の内のもだもだを全て晴らすような豪速球だった。
演練の悪魔?天性の小悪魔?
小さな体で大太刀を振り回す彼は、自分の強さを知っている。テコの原理のように、指先ひとつで大きなものを投げ飛ばしてしまうような才覚。それは戦においての才能だと思われていた。今日このときまでは。

名前の心のメーターはぎゅいんと音を立てて振り切れた。一撃だ。戦線崩壊である。
「むり!可愛すぎる!!」と頭を抱えたつもりが、体は正直なもので愛染と蛍丸をぎゅうと抱きしめていた。
はい、理性の敗北。

「おっと。はは、主さん、どうしたんだ?」
愛染の小さな手が背中に回る。ぽんぽん、と背中を撫でられる。朝つゆのような晴れ晴れとした緑の香りがした。
「わ。へへ、ぎゅー。」
蛍丸の両腕は首に回って、名前の頭を抱えるように抱きつかれる。やわらかに、ミルク石鹸の香りがする。

言葉に、出来ない。
現在の名前の脳内BGMは小田和正。
両頬をふにっと柔らかにすり寄せられた。小さな体でこの包容力。さすがニートを一人養うだけのことはある。

…これは、どうしたものか。
名前は心中穏やかでいられない。可愛すぎるんだけど、どうしたらいいんだろう。これまでの人生で、こんなに可愛すぎてつらい思いをしたことが無い。
自我が崩壊しそうな勢いで可愛い。
…これは、危ない。
二人を抱きしめていなければ、畳を転がりまわってしまいそうだ。
耐えろ耐えろと目を瞑る。
…ああ、幸せ。

「ふふ、仲良しだね。微笑ましいなぁ。」
背後から声が掛かって、名前ははっと我に返った。

危なかった、ありがとう燭台切。このまま意識をそらせなければ、名前は可愛さで溺れ死んでいたことだろう。
凪いだ心でするり、腕を解いて振り向くと、光忠が虎を抱いて微笑んでいる。
「虎くん、捕まえたよ。」
虎は、がう、と満足そうにひと鳴きして、光忠の腕におさまっている。

「そうだった!ありがとな!光忠さん!」
「とら、とーらっ。…お、五虎退きたきた。」
「ん?」
名前が振り向くと、開けっ放しの障子の端っこから、ふわふわの白銀が覗いている。五虎退だ。おずおずと金の目がこちらを伺っている。入って良いものかと戸惑っているらしい。

「五虎退!おはよう。」
名前が声を掛けると、もじもじと、虎を抱えながらこちらへ歩いてくる。
「…あ、あの、すみません。虎くん、見つけていただいて、ありがとう、ございます。…そっ、その、それから、主さま。おはよう、ございます。」
言いながら抱いた虎に顔を半分埋めてしまった。鼻のあたりまで虎の背中に押し当てて、上目遣いでこちらを伺っている。
桃色の頬、散ったそばかす、潤んだ瞳。
名前は、母性がくすぐったいという感覚をいま身をもって知る。なんでしょうか、この可愛いもふもふの塊は。

愛染がにっと笑って答える。
「ああ、いーぜ!」
蛍丸もにっこり笑って続く。
「とーら、見つかってよかったね。」
和む。
光忠が隣で屈んだ。
「どういたしまして。…って、僕は何にもしてないんだけどね。虎くん、もうはぐれちゃ駄目だよ?」
和む、和む。
鈴を転がすような五虎退の声。
「う、あ、ありがとう…ございます。」
和む、和む、和む。

この部屋はマイナスイオンの発生源が多すぎる。
マイナスイオンを過剰摂取すると、どうなるんだろう。と名前が考えを巡らせていると、「がうがう」虎が前足をこちらに伸ばして何かを訴えかけてくる。

「…あ、虎くん、主さまに抱っこしてほしいみたいです。ごっごめんなさい。」
「抱っこしていいん?するする!」
名前は光忠から虎を受け取る。
「はい、大丈夫かな?」

腕の中に柔らかくて暖かいもふもふの塊が、そっと収まる。思いのほかずっしりしている。額をぐりぐりと胸に押し当てて、大きなあくびをした。
アニマルセラピー、かくあるべし。名前はもうこれ以上癒されようが無いほど癒されている。言葉にするなら、癒しのオーバーキルといったところか。

「うわあ、可愛い。」
これはさすがに声にも出るというものです。
「あ、ありがとうございます。…ふふ、虎くん、よかったね。」
名前は片方の手を伸ばして、嬉しそうにはにかんだ五虎退を撫でる。
両目を閉じて、「んうう。」とくしゃくしゃに笑った顔。くるりとおどる毛先の柔らかさ。撫でずにいられない。

あー、可愛いな。この十数分の間に、もう一生分ぐらい可愛いと思ったのではないだろうか。
虎はひとしきり名前の胸もとに擦り寄り、満足したのか腕を抜け出して五虎退の元へ。小さな膝小僧にじゃれついている。

「よっし、じゃあ主さん、広間に行くんだろ?俺たちもそろそろ行こうぜ。」
「へへ、お披露目、だね。みんなにはもう会ったの?」
「何人かには会ったよ。けどまだ全員には会ってないから緊張する…。ちゃんと喋れるかな…。」
名前は、刀剣たちが一同に会する絵面を思い浮かべて緊張が高まるのを感じた。
人見知りというわけではないが、大人数の前でする自己紹介やスピーチが得意なほうでもない。
少しずつみんなと会っていきたいような、それもそれでまどろっこしいような、複雑な気持ちだ。

「朝餉はみんな思い思いの時間に摂るから、いきなり50人に囲まれるってことはないよ。長谷部くん次第じゃないかなぁ。」
「ううううん。でもやっぱりどきどきする…!」
「なーにいってるのさ、俺たちがついてるんだから、平気でしょっ?」
蛍丸に手を握られた。名前よりひとまわりも小さな手。柔いとばかり思っていたその手のひらは、しっかりと硬い。戦うことの惨烈さを、名前はまだ知らなかった。
刀剣たちの優しさは陽を遮る淡い木漏れ日のように、目を焼くようなその光景から名前を守ろうとしていた。

「そうそう、どーんといきゃいーって!な、主さん!」

この優しい神さまたちが人を斬る道具だったという事実も、遠く、遠くなる。

「あ、主さまなら、大丈夫です…きっと。僕の兄弟たちも、長谷部さんから話を聞いて、すごく喜んでました。だっ、だから、頑張ってくださいっ。」

守り、守られるということ。それを人は無意識にやってのける。

名前はひとつ息をはく。
みんなの言葉を聞いて、愛しさと切なさと心強さがすごい。決意新たに、がんばるしかあるまい。
そうだ。いつだって生むが易し。やってみれば案外なんとかなるもの、ひとつ心でうなずいて、二つはっきり頷いた。
もう大丈夫だ。自然に笑える。
「ふふ、ありがとう!じゃあ行こっか!」
愛染と五虎退を先頭に、蛍丸と手を繋いで歩く。

一歩後ろを歩く光忠は、名前のすっきりと伸びた背筋を、密かに頼もしく思ったのだった。


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