愛されるということ



刀剣たちの部屋を猛スピードで駆け回っている長谷部。もちろん実際は歩いているのだが、その速さは望月に乗った石切丸をゆうに超える。ように見える。

そして、とある一つの部屋。
ふわわ、と欠伸をする大和守安定。
くわっ、と欠伸をする加州清光。
「おい、人前で欠伸するなら手くらいそえろよな。」と安定。
「はあ?なんでお前の前で装わなきゃいけないわけ?めんどーなんだけど。」と加州。

「っにしても、今日は非番かー。暇だよなー。」
「それは同感。」

だらり。

審神者のログイン記録や出陣履歴は時の政府管理のもと、前日までに本丸へと配信される。200年の時を超えて。刀剣たちの生活に支障をきたさないように。

審神者であるユーザーの動きは、最初から最後まで時の政府に記録され、管理される。たとえばそう。旅道具さえなければ、大阪城を50階以上掘らないことも、政府にはがっつり記録されている。
なにせ、ささやかな記念品がささやかすぎるのがいけない。

最初から最後まで記録されてはいるが、ユーザーの、最後のログインの日時が明かされることはない。もちろん刀剣たちのモチベーションを損ねないためだ。
最後のログイン後の本丸がどうなるかも知らない。それは私たちが、死後どうなるかを想像でしか知れないこととよく似ている。消えるのだから、消えたあとのことなんて、残った者の想像でしか知りえないのだ。

対して、ユーザー側にはログイン時に必要な情報を提供する。
寝る前に出した遠征部隊が、ふつうに二時間で帰ってきていても、朝帰りに見えるのはそのためだ。
おおよその出陣時刻と部隊メンバーが前もって伝えられるので、刀剣たちはそれに合わせて武装し、出陣の準備をしておく。少しのタイムラグは時の政府が調節してくれるようだが、審神者の部屋の盤上の板が動き出す頃にはすでに、刀剣たちは控えていると考えてよい。

今日は、加州清光と大和守安定に出陣記録はない。それゆえ、だらっとした朝を過ごしている。
過ごしていたのだが。
ザッと襖が開け放たれた。
二人の視線が向けられたとき、ひらり、長谷部のカソックは慣性の法則により腰あたりまで舞い上がっている。

「いつまで寝ている。主がお目覚めだ。40秒で支度して広間に来い。」
「「ラピュタかよ。」」

「ラピュタとはなんだ。」
「長谷部ラピュタ見てないの?」
「見てないのに40秒ってシンクロしてんのすごくない?」

お前たちのシンクロ率のがすごいと思うが、長くなりそうなので長谷部は言葉にしなかった。

「…ただでさえ準備に時間がかかるだろう。無駄口を叩いている暇があるなら着がえろ。話はそれからだ。主を待たせるなんて許さんぞ。」

言いながら、引きっぱなしの布団を上げてくれる長谷部は、その口調と相反して、案外面倒見が良いんだと安定は思う。立ち上がって、押入れに布団をしまうのを手伝う。

その様子をぼーっと眺めつつ、加州は首を傾げた。ついた寝癖がひょこりと揺れる。
「てか、長谷部いま、主がお目覚めって言った?」
「最初からそう言っているが。」
「どういう意味?今日出陣、俺らじゃなかったと思うけど。」
支度、するにはするが、いつにも増して随分と急だ。

「ああ。主が、目覚めたんだ。話して、立って歩いている。いまは鶴丸と厨にいるはずだ。」
「「はあ?」」
加州と大和守は揃って、何言ってんだこいつ。という眼差しを長谷部に送る。

「なに言ってんの?顔洗った?」
「長谷部のほうがまだ寝てんじゃない?」
可愛い顔をしてどぎつい。
この毒を受けてなお、長谷部の表情は涼やかだ。

「まあそうだろう。信じないのも勝手だが、事実は事実だ。俺は伝えたからな、好きにすると良い。寝癖頭。」
「えっなにそのドヤ顔うっざ。」
「ほんとに?主がこっちに来たってこと?どうやってさ?」
てきぱきと布団を片づけ終えて、長谷部は枕カバーを取っている。洗濯してくれるらしい。

加州と大和守もまた、おもむろに立ち上がり着替えを始めている。内番の着物ではなく、出陣用の正装を手に取っているあたり、長谷部の言うことをまったく信じていないわけでもなさそうだ。

「詳しいことは俺にも分からない。今朝、主のところに控えていたら、主が目を開けて、俺を呼んだ。」
「いつものエア主じゃなくて?」
…エア主。

エア主とは。
長谷部は近侍のとき、主命だなんだとなんでもかんでもエア主的に伝えるので、どこまでがほんとに主命でどこからが長谷部の主フィルターなのか分からないときがあるのだ。加州と大和守はこれをエア主と呼んでいる。

先ほど厨で歌仙が名前に説明した、声が聞こえるというやつとよく似ている。が、少し違う。
声が聞こえると言えど、主の言葉は会話になるほどのものではない。そう、エア主は長谷部の心の中にいる。

馬当番でも手を抜こうものなら、主が悲しむだろうと諭してくる。それは長谷部の中のエア主なのか、ほんとに主がどこかで悲しんでいるのが聞こえるのか、果たして区別がつかない。

もちろん二人も、ありがとう、やら聞こえた日には、主!と1日嬉しく過ごしてしまうのだが、それとこれとはやはり別である。

いつものエア主が、ついに長谷部の脳内で動き出したのか?と二人は訝しんでいる。
「はあ…。もう見ればわかるだろう。俺は他の連中も集めに行く。準備が出来次第広間で待機していろ。主が来る。」

枕カバー片手に長谷部が去って、二人は顔を見合わせた。
「お前は信じる?」
「嘘みたいだよなー。でもさ、長谷部が嘘吐く意味ないよね?」
「…それは同感だけどさ。」

加州清光は、ふっと思考に沈む。
主、主が目覚めたなら。愛されたいと願い続けた、この思いは叶うのだろうか。

顕現してからこれまでも、愛されていなかったか?と問われれば、彼は首を横に振る。彼は確かに愛を感じていた。
それは持ち主がモノに対して向ける愛着、と呼ばれるようなものだ。

彼は、本丸の外の様子にも人一倍興味を持ってきた刀だ、外の様子、といってももちろん2205年現在ではなく、主の生きる2016年の世界。
流行、トレンド、もはや刀が使われなくなった世の中で、斬れ味より他に己の価値を磨くための知識を、彼は欲した。
主の好きなものは何だろう?
いつだって考えては、それに触れたいと、近付きたいと思っていた。

さらに言うと、彼は自分を客観的に見て評価することに長けている。
この世界で、加州清光は珍しい存在ではない。鍛刀でも、ドロップと呼ばれる刀剣収集でも、いくつもの依り代を手に入れることができる。実際に名前は手に入れてきた。加州ももちろん、そのことは知っている。

そんな中で、どうして自分だけが顕現され、折れること無くこうして生きていられるのだろうか?
代替え品に取って代わられることなく、今日までずっと、使われてきたという事実。

きっとそこには愛があるからだろう。
…そう信じて、良かったんだよね?

もし主がこちらに来たなら、もし主と話せる日が来たなら。
聞けるのか。
何が好き?何が嫌い?

……俺のことは、好き?嫌い?

好きだとしたら、俺のどこがいいんだろう?他の加州清光ではなく、俺にしかないものも、いずれ見抜いてもらえるだろうか。
広げた手のひらに視線を落とした。物に対する愛着ではなく、こうして生きている自分自身を、心を、愛してくれるだろうか?

それは不安で、それでいて胸が高鳴るものだった。主に愛されているという自信、これまで磨いてきた誇り、ひとつの分霊でしかないという自覚と、彼が胸の中で己に下してきた自己評価。

物の本当の価値を決めるのは世の中の流れでも、専門家の鑑定でもない。
加州清光とっては殊更のこと。たったひとり、自分を持つ主の答えがすべてである。

着飾ることは、自分を守ることに似ている。可愛い顔をした自分の奥、計算高く冷静な自分がいる。
愛されたいのは、可愛い顔をした自分ではなく、その向こうで不安に眉を寄せる彼自身であると加州はまだ気付いていない。

突然静かに考え込んだ加州を見やって、安定は、ははん、と事情を察した。
「なに?考えごとしてんの?めんどくさいこと拗らせて、主を困らせるなよ。」
「はっ、拗れてねーし。」
「どーだか。その辛気臭い顔やめれば。少しはマシになるんじゃない?」
「ふん。余計なお世話。」
「あっそ。」じゃあ顔洗ってくる、と大和守は立ち上がって行ってしまった。

「お前だって愛されたいくせに。」
加州はひとりごちて、髪を梳かし始めた。いつもより念入りに、丁寧なその指先には、名前を思って塗った爪紅が今日も可愛く咲いている。


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