台本は捨ててしまえ



「へっ?あっ、主さん!?」
「っはああぁぁああ!?主じゃねーか!!」
「こら兼さん、指を差さない!」
「ああ、悪りぃ。…って国広!んなこと言ってる場合か!?主が生きてやがるんだぞ!しかもなんか食わせてる!大丈夫なのかよ、おい!」
「やがるって言い方はよくないよ兼さん。主さんごめんなさい、兼さんは悪気があるわけじゃなくて、その…相手によって言葉を使い分けるということがあまり得意ではないんです。」
「お前それ馬鹿にしてんだろ!?」
「うるさいよ、兼さん。」

さすがは無礼講最年少兼さん。
そしてフォロー力がすごすぎて兼さん以外を空気にしがちな堀川国広は早くも通常運転である。

驚いたかと愉快に笑っている鶴丸。…鶴丸、お前はいつも愉快そうで良いなぁ。
クールな動作でレタスを拾ってゆく光忠。こんなにも野菜と調和するイケメンを他に知らない。レタスも心なしか嬉しそうにさえ見える。

小芋の煮付けを味わう名前は、怒涛の刀剣エンカウントに少し疲れてきている。

「…いや、大丈夫。兼さんって敬語似合わんし、というかみんなそんなに敬語ちゃうから、話しやすいように話してくれていいよ。」

名前の言葉に堀川国広は目を輝かせた。

「さすが主さん!兼さんのこと分かってくれているんですね、よかった!ありがとうございます!あっ、光忠さんすみません。お手伝いします!」

「…いやなんでふつーにしゃべってんだ!おい説明しやが…」
この間、堀川から無言の視線が和泉守に送られる。名前から堀川の顔は見えないが、彼の握ったレタスにきゅうと指が食い込むのが視界に入る。そして、和泉守のばつが悪そうな表情により、教育的指導が入ったことを直感する。

しっかり者でありながら、兼さんを立てたい堀川国広と、その期待を一身に背負い…投げする和泉守兼定のバランスたるや。見事である。

「…あ〜。主、説明してくれねぇか?」
二人の関係性が垣間見えたところで、和泉守兼定が名前に問いかけた。

かっこよくて強ーい!に、素直と付け加えてもいいぐらいの聞き分けの良さだ。これが兼さんのかっこよさをうまく中和してくれている。と、名前は密かに思った。

「ごめん。私も良くわかってなくて…昨日家で寝て、起きたらこっちに来てたというか、この体に入ってたというか…」
「ってーと、主が主に取り憑いてるってことかよ?」
「うーん、これは私の体っぽいねんけど、なんかちょっと違う感じやねんな。なんかわかったらまたみんなに話すね。」

「ふーん。よくわかんねーけど、せっかくこうして話せるようになったんだからよ、一人でやるこたぁねぇ。わかってもわかんなくても、俺らを頼りな。」
和泉守兼定は、にっと得意げに笑うと、名前の頭をわしわしと撫でた。
強く撫でつけられる頭の片隅で、堀川国広が和泉守兼定をあれだけ慕っている理由が分かった気がした。

和泉守兼定は言葉遣いこそ乱暴なものの、気風の良さは一流だ。やはり新撰組副長の刀といったところか、彼は根っからの兄貴分であるらしい。

「はは、ありがとう!兼さん!」

みんなのことを知っては居たが、いい子たちすぎるだろう!と名前は心底思った。初対面なのに、いつの間に好感度を積んでたんだ自分。

名前は彼らを知ってはいたが、それはほんの一部だったらしかった。
彼らは名前のことを、いったいどれだけ知っているというのだろう。

こうもみんなが優しくて、嬉しいことに変わりはないが、主だから慕ってくれているのかと考える自分も居り、心がすこし痛む。

名前には、ここにくるまでに過ごしてきた人生で、築いてきた繋がりがあったのだ。
それを好いているからこそ、名前は思う。こうして会って、話して、一緒に過ごして、それでもほんとうに慕いあっていられるといいんだけれど。
どうだろうな。
彼らにも心があるのだから、個性も相性もある。互いに100点満点で、好き合うのは難しいかもしれない。でも、だからきっと、育て合うように、ゆずり合うように、お互いに関わり合うのが面白いんだろう。

決められた台詞しか聞けなかったいままでとは違う。言葉の届かなかったいままでとは違う。

和泉守兼定の言葉を聞いて気付かされた。
彼らが困っていたら助けられるし、泣いていたら慰められるし、おかしなことで笑いあって、喧嘩だって出来るのだ。
名前がそう思うように、刀剣男士たちもまた、同じように思ってくれているのか。
口にせずともいずれはわかる。同じ世界を生きるというのは、きっとそういうことだ。

いままで意識したこともなかったけれど、どばんと開かれた新しい世界に飛び込むには、少なからずの覚悟が必要だ。それが好きな場所なら、なおさら。
私は私のままでいいのだろうか、名前は考えずにいられない。
良い人や、良い女、良い親、良い子、良い上司、良い部下、なんてのはよく耳にするけれど、良い主ってどんなだろう?
なれるだろうか?
彼らにとっての、よき主に。

手をしゃっと洗った光忠が名前に向き直り、微笑んだ。

「よし、じゃあ後のことは堀川くん、よろしくね。もうすぐ歌仙くんが戻ってくるだろうから、終わり次第広間で会おう!」

わしゃわしゃと撫でられる頭をそのままに、思考に沈んでいた名前を、ぐっと引き上げるような笑顔だ。

「主、他のみんなと会う前に、髪を整えなくっちゃね。初対面ではないけど、第一印象もかっこよくいこう!」

当然のように差し出された手。名前がその手を取ると、きゅっと強く握り返された。ゆるり繋がれた手を揺らして光忠は嬉しそうに笑っている。

「おいおい主、光坊!俺は置いてけぼりか?」
「鶴さんのことだから、髪を結ってる間もじっとしててはくれないでしょ。だからほら、堀川くんを手伝ってくれると助かるよ。ね?主?」

名前は俵担ぎで走り回られたことを、少し根に持っている。

「…うん。鶴丸、頑張って美味しいサラダ作って!また後で。」

よき主に、だなんて。自問したことも笑ってしまうくらい、彼らはまっすぐ名前を好いている。

「うーん、主に言われちゃあ従う他ないな。驚きのサラダにしてやるぜ!」

裏を考えるなんて、馬鹿らしくなるくらい、無邪気だ。

「ん?」
鶴丸に関しては、無邪気が過ぎる。
サラダに驚きは要らない。
名前が堀川に目配せすると、大丈夫ですよ。と口パクが帰ってきた。キラキラの目を片方ぱちり、と閉じてウインクが飛んでくる。きらり、目尻から流れ星が、飛んだように見えた。

その後ろでは和泉守が手をあげてこちらを見送っている。
「じゃーな。俺の主なんだから、とびきり可愛くしてもらってきな!」
…なんだそれは。
名前は普通に照れている。無礼講のくせに!と心の中で悪態をついてみたが、頬は勝手に熱くなった。

「はは、じゃあ和泉守くんの期待に応えなくっちゃね!」
張り切った光忠に手をひかれ、調理場をあとにした。

会って間もないのに、こんなにみんなを好きになるなんて。

好きになるには勇気が要る。
話して、笑って、ぶつかって、それでも好きでいてくれる?

いつかの終わりを、知っていても。



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