伊達男と風流人の対人スキル


からーーーん。という音が響く中、間抜けに立ち尽くしている二人。
なす術なく担がれている名前。
ひとりで楽しい鶴丸国永。

「どうだ驚いたか?まあその様子じゃあ聞くまでもないか。というわけで光忠、一人前追加だ!」

呆気にとられた二人だったが、光忠が先に意識を取り直したようだ。

「えっ、鶴さん!ちょっと待ってそれ主だよね!?どうなってるの!?動いてるように見えるんだけど!!」
「ああ、正真正銘俺たちの主だぜ。ほら主、光忠と歌仙だ。って知っているよな、きみの刀だ。」

…もはや言葉も出まい。そんななか、ぬらりと歌仙が動いた。がしっと鶴丸の腕を掴む。額にも腕にも、血管が浮いている。
「鶴丸国永。どういうことだい。説明してもらおうか。」
おう、ぜんぜん疑問文の発音じゃない。

「おっと、捕まってしまったか。俺としてはこのまま新たな驚きを提供しにいくつもりだったんだが、そう睨まれちゃあ、俺の朝餉が危うい。もはやここまでだなぁ。」

すとん、とようやく地に足が着いた。
はあ、と息をつく。
目の前に歌仙と光忠。名前は、なんというか、有名人に会ったような気分だった。
こちらが一方的に知っている感覚。こういうときは、なんて言うのがいいんだろう。二人は言葉を待つように、こちらを見つめている。隣にいる鶴丸は、なぜか誇らしげで、いけ!主!と言わんばかりの態度だ。

「…ええっと、歌仙、光忠。おはよう…?起きたらここに居って、その、状況がまだ掴めてないねんけど、これから、よろしくお願いします。」
言い終えて、ぎこちなく笑いかけた。
二人はやはり、ぽかん。という音が聞こえそうな表情をしている。

名前が沈黙に逡巡していると、光忠がすっと中腰になって目線を合わせてくれた。これが伊達男たるものの、余裕溢るる優しさである。イケメェンオーラがとても眩しい。
「こちらこそ、よろしく。僕は燭台切光忠…って、あはは、もう知ってるよね。うーん、そうだな。逢いたかったよ、主。着物も、君によく似合ってる。…ああ、すこし着崩れちゃってるね。直そうか、手を上げてくれるかい?」
「あっ、はい。」
無駄のない動きで脇下に手を入れられて合わせを直される。きゅっきゅっと襟元が締まる。あまりにも手つきがこなれすぎていて、おばあちゃんを思い出した。
これは、意識ない間、着せ替えられてたのか?と一瞬頭をよぎったが、考えないようにした。いやだって、これ、厳密にはたぶん私の体じゃないし、大丈夫!
「着物…これ光忠が選んでくれたん?」
「ああ、そうだよ。…気に入ってくれるといいんだけど。」
「綺麗な色ーって思ってた。光忠は見立てがうまいなあ!」
「ふふ、嬉しいよ。じゃあ、今度一緒に呉服屋にいこうか!」
「え!行ってみたい!髪もまとめられるやつ欲しいな。」
「ああ、それなら、君に合いそうなのがいくつかあるよ。見かけるとつい買っちゃうんだ。あとで結ってあげるね。」
「長いのうっとおしかったから助かる!ありがとう。」

鶴丸と歌仙はこっそり顔を見合わせた。
すごいな光忠。なんというコミュニケーション能力の高さ。女子の心を掴むばかりか、さらには先の約束までごく自然と取付けてしまった。それも二つ。この伊達男の力量たるや。あなどれん。
同じ伊達男でも、力技でぶんまわすようなコミュニケーションをとる鶴丸とは雲泥の差である。これいかに。
歌仙に至っては、自分の守備範囲外での会話に著しく気を使うきらいがあるので、これまた舌をまいているのであった。つまり雅縛りである。

「うん!…っと、僕ばかり話してちゃだめだよね。歌仙くん、さっきから固まってるけど、大丈夫かい?」

歌仙はいまだに、信じられない。という顔をしていた。
もちろん。これだけ動いて話している名前を見て、おおよその状況は飲み込みつつあったが、それでもなお、夢のようだった。
どれだけ会いたいと願ったことか。200年の時の隔たりを越えて、いま目の前に、主が居る。
先ほど名前が疑ったように、歌仙もまた、これはほんとうに現実なのだろうかと自問していた。
さらに光忠の溢れんばかりのコミュニケーションスキルに感心していたからというのもある。

しかし、名前からすれば、それは不安な沈黙だった。
この体はここにずっとあったらしいけれど、中身が名前だったと証明できるものは何一つないのだ。

「なんで、みんな私が主ってわかったん?いままで指示してたのは別の人やったかもしらん、やんな?」

「……それは、声だよ。」
答えたのは、歌仙兼定そのひとだった。

「僕は君と話したことはないけれど、その声を知っていたようだ。…おかしな話だけれど。届かないとわかっていながら君に、ただいまと言うだろう?そうすると、聞こえるはずもないのに、君がおかえり、と返してくれたような気がしていたんだ。胸の中に直接湧いてくるような、その声でね。主、君の声を、僕は、僕たちは知っていたんだよ。」

パソコンの前で、ひとりきり、届かず落ちていたとばかり思っていた声が、どうやら届いていたらしい。
「声か。私もむこうで話してたよ、おかえりとかいってらっしゃいとか!聞こえてたんかな?不思議なこともあるなぁ。」
名前がしみじみと話すと、唐突に歌仙はぐっと距離を詰めて、名前の両手を握りしめた。
名前は少したじろいで、一歩下がる。踏み込みが剣道部っぽい!面を割られそうな勢いだった。

「主…ああ、ほんとうに、君なんだね。…逢える日がくるなんて夢のようだ…。君が僕を選んだあの日からずっと、叶わないと思っていた…。そうか、君が、僕の主なんだね。」
力が強い。握られた手が熱い。すごく。ぐいぐい顔を寄せてくる。刀剣男士にパーソナルスペースという概念はないのか、とこれまで疑っていたが、その疑問は名前の中でいよいよ確信に変わりつつあった。歌仙はほとんど前かがみで、対する名前は背筋を活用してほとんど仰け反る格好だ。
歌仙は急にスイッチが入るなあ。と、一体なにが歌仙の琴線を刺激したのかわからぬまま、名前は歌仙の言葉を受けとめている。

歌仙兼定は普段こそ冷静沈着、はしゃぐ者や騒ぐ者を諌める立場だが、好きなものを前にすると、それに一直線になる。
買い出しへと一緒に行った鶯丸がこぼしていた、「目が茶碗しか受け付けていないようだった。」という言葉を借りるなら、いま歌仙の目は名前しか受け付けていないことだろう。

あまりある歓迎を受けて、あまりにも歌仙が必死なものだから、名前はつい、笑えてきた。
「はは、うん。歌仙が初期刀。チュートリアルの初出陣びっくりしたよな、けどあんときの真剣必殺、めっちゃかっこよかった!」

先ほど見せた鶴丸へのドスはどこへやら。歌仙は綺麗な顔を苦しげに歪めて、溢れそうな涙を堪えている。泣きそうだ。もういよいよ感激の域に達している。風流人は感情の起伏が激しいな。

「主、僕は…こんなときなんといったらよいのだろう。ずっと逢いたかった。言葉にするととても陳腐だけれど、ほんとうに君に逢いたかったんだ。どんな言葉を使っても、この気持ちは言い尽くせそうにない。」
言って、歌仙はふう、と息を吐く。
前傾姿勢がようやく解かれた。
「…ありがとう。ちゃんと伝わってるよ。私もたぶん同じぐらい、逢いたかった。」
名前が、握られた手を握手するようにぶんぶんと楽しげに振る。
歌仙の涙腺はいよいよぶわりと決壊して、ほろほろと大粒の涙がこぼれてきた。

そこで鶴丸が歌仙の顔を覗き込む。
「おっと歌仙、嬉し泣きかい?これは驚きだな、しおらしいきみなんてそうそう見れたもんじゃないぞ。」
おどけた言葉とはうらはらに、金の瞳は優しく細められている。よかったなぁ、鶴丸の眼差しは、そう言っているようだった。
「……うるさいよ、鶴丸国永。」
「もう、鶴さん、茶化しちゃいけないよ。ちょっとそこのお鍋を焦がさないように見ててくれるかな。」
調理に戻っていた光忠が声をかけると、鶴丸はなお愉快そうに声に倣う。

そばに立った名前が、そっと歌仙の背中を撫でてやると、うううっと、下唇を噛んで、はぁ、と息をついた。
袖で涙を拭って顔を上げる、まぶたが赤くなっている。
「赤くなってる。大丈夫?」
歌仙は鼻声になって、やっと答えた。
「……ああ、すまないね、少し顔を洗ってくるよ。主、あとでまた話せるかい?僕の知っていることを、君に伝えておきたいからね。」
「うん!もちろん、いっぱい話そう。いってらっしゃい。」

和風で古風な家やけど、洗面所とかがあるのだろうか?
そんなことを考えつつ歌仙を見送ったところで、いままで意識から外れていた、朝餉のいい匂いが名前を振り返らせる。

光忠と鶴丸が並んで調理している。
旅館の台所みたいな調理場。さすがに釜戸じゃなく、コンロで安心した。

「なんか手伝うことある?」
名前がそばに寄ると、光忠がぱあと顔を輝かせた。
「いいのかい?助かるよ!じゃあそこの戸棚から…」
「おお、これはなかなか美味いな。」
「ちょっと鶴さん、つまみ食いはだめだよ。」
「味見も立派な料理のうちだぜ?ほら、主も食うかい?」
ほくほくと湯気をたてる小芋の煮付けを摘んだ鶴丸がやってくる。これは…こんなのは…とても美味しそうだ!
誘惑に耐えることもなく名前があんぐりと口を開けると、そっと舌の上に小芋が転がされた。
こふり、と中から割れるように口の中でくずれた小芋の甘辛い味付け。優しくもってりと広がる食感。

「どうだ?美味いだろう?」
「…めっひゃおひひい。」
美味しすぎる。自分で作っても、こんなに自分好みの味にはならない。
「もう、主まで食べちゃったのかい。美味しいならよかった、かな。もう少しで出来上がるからね。」

そこで唐突にがらり。
ガラス戸がひらく。

「おまたせしました!サラダ用のレタスです!ほら兼さんもはやく持ってき…」
「わーってるよ!、ったく朝っぱらから人使いの荒い…」
堀川国広と和泉守兼定だ。

言葉の途中で名前と目が合うや、二人の腕から盛大にレタスが転がり落ちた。
どんがらごろごろ、葉の詰まった、重みのあるとても良いレタスだ。
落ちる音に合わせて、野太い悲鳴があがる。


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