心を翳らす暇もない



障子を開いて、庭に面した廊下に出る。
眩しさに目がきゅうとなった瞬間。

「わっ!!!!」
「っうわあ!!!!」
左の陰から白いのが飛び出してきた。
「うわああ、つるまる…」
「よっ主!目覚めたようだな」
待ち伏せしていたのは驚きの伝道師、鶴丸国永だ。
面食らって動けない名前をかばうように、長谷部が割り込む。
「鶴丸貴様…主になんということを!」
「はっはっは!すまんすまん。だが俺だってずっと待ってたんだぞ!長谷部、せっかく起きた主を独り占めとはずるいじゃないか!」
なああるじ?と長谷部の肩越しに鶴丸は名前を覗き込む。
うわびっくりした…めっちゃ白い。これがこのときの名前の心情のすべてである。

鶴丸はにこやかに笑うと、長谷部の肩にぽんと手を置いた。
「というわけで選手交代だ長谷部!きみはこれから二度寝してる連中を起こしてきてやってくれ。」
「…はっ、なんでお前の言うことを聞いてやる必要がある?」
「きみがいちばん早いんだから適任だろう。主だって他の連中に早く会いたいんじゃないか?なあ主?」

「えっ、うん。」
名前はとっさに頷いてしまう。
「なっ…主!?」
がばっと長谷部が振り向く。
鶴丸はここぞとばかりに長谷部に耳打ちした。
「な?主がみんなを起こしてきてほしいと言っている。これはきみの手腕を主に認めてもらうチャンスなんじゃあないか?」

…なんだ?人を起こす手腕って?と名前は内心首を傾げつつも、鶴丸の勢いの裏に、なにか思惑を汲み取った。話したいことが、あるのかもしれない。

そう。多くの日本人にとって、空気は読むもの。名前とて例外ではない。
「うん…長谷部なら足早いし、要領も良いし、みんなをいちばんに呼んできてくれそう。頼んでもいい?」
「主…!はい!主命とあらば!!…おい鶴丸、お前は主を厨へお連れするんだ。くれぐれも丁寧にな!」
では、失礼いたします、と一礼して長谷部は長い廊下を去って行った。早い。
この廊下動く歩道になってんの?なんだあの歩いてんのに走ってるみたいなスピード感。

「…いや助かった。鶴のひと声とはまさにこのことだなぁ。いや鶴は俺だから、主のひと声とでもいうべきか。」
長谷部の背中を見送っていた鶴丸は、名前に向き直る。

「察してくれたんだな、ありがとう主。で、具合はどうだ?」
言って名前の頬を両手で包むと、金の瞳で顔色を伺うように見つめてくる。長谷部然り、鶴丸もまた近い。
息が触れ合いそうな至近距離だ。
名前は困ったように鶴丸を見返していたが、彼の表情に心配の色が滲んでいるのが見て取れた。この距離で話すのは、とても緊張するが、小さく口を開いた。
「…具合?特に何も。ちょっと足が痺れてるぐらいかな?あとは大丈夫。」
だから離してほしい。言外に込めて、笑って見せた。
「…そうか、それならいいんだ。いやあ、ようやく会えたな。主!」
頬を包んでいた手が離れたかと思うと、がばっと抱き着かれた。
まるで欧米か。スキンシップが激しい!

名前は狼狽しながらも、とりあえず落ち着けと白い背中をとんとん撫でることにする。
「あはは、歓迎してくれてありがとう。」
「あたりまえだろう!きみに会いたくない奴なんてこの本丸のどこを探したっていやしない。これから大変だぞ。みんな寄ってたかって主の取り合い合戦になる。」
抱き締める腕の力が強くなる。細いのに、その腕は思いのほか硬くがっしりとしている。

「そんなに?」
「そんなに、だ。そうなる前に、きみとちゃんと会って伝えておきたかったんだ。」

背中に回っていた腕が離されるように両肩にかけられる、そのままするり、首筋を通って、ふたたび両頬へ。

「いいか?…主。俺はきみの鶴丸国永だ。」

そっと顔を上げられて、目線がしっかりと合った。

「これから何があっても、きみを守るぜ。だから安心して、ここに居てくれ。」

眩しいような笑顔だ。

名前は面食らった。鶴丸はふざけているときと、真面目なときの落差がすごすぎる。こうも面と向かって好意を向けられて、たじろがずにいられない。

「俺をたくさん頼るといい。使われるのが刀の本望、それを差し置いても、俺はきみを気に入っているんだ。」
鶴丸の言葉は、あまりにも正確に名前の不安を和らげる。
ここに来て良かったのか?これからどうしたら良いのだろうか?他のみんなはどう思うだろうか?
……誰を頼れば良いのだろうか?

「何かあったら、俺に聞くといい。いろんな場所にいたからな、こう見えて物知りなんだぜ?」

鶴丸は、名前がここに来るまでの経緯を理解しているのだから、欲しい言葉がわかるのも当然である。
だが、これらが鶴丸の、心からの言葉であるのもまた事実。
俗に神隠しと言われる、自分がしたことのその弊害も考え抜いた。断じて軽はずみではない、覚悟ある行動だった。
彼は、名前が笑って過ごせるように尽くすと誓っている。敵がいるなら斬ってやるし、どんな退屈も埋めてやるつもりだ。

「鶴丸、ありがとう。」
名前は先ほど飲み下した不安の粒を溶かすような言葉に、じんわりと胸の奥が暖かくなるのを感じた。
鶴丸がこんなに主思いの刀とは知らなかった。

感動した。
しかしそれも束の間。
鶴丸がひとつ、手のひらをぱん!と叩いた。

「さて!じゃあこの驚きを皆に分け与えに行くとするか!」
言うが早いか鶴丸に抱き上げられる。かがんだ鶴丸に腰と膝裏をがっしり掴まれたと思ったときには、名前の体はすでに宙に浮いていた。
さっきまでのしっとりふんわかした空気をぶち壊す俵担ぎである。

「えっ、えっ!?」
名前の困惑など意に介さず。鶴丸はおもむろに、猛スピードで走り出す。名前はもちろん、こんな速さで尻から移動した経験などない。
「う、ちょっ、おわあああ!」
上体を起こすように鶴丸の肩に必死でしがみつく。ゆれるゆれるこっわいこわいこわい!
「こわいこわいこわいってば!!鶴丸!!止まって!!」
「はっはっは、いや悪いな。鶴は急には止まれないんだ。」
青ざめる名前を尻目に、鶴丸は至極愉快そうだ。

やはりこっちのほうがいい。
鶴丸は浮いた心で確信する。駆け出していたのは、心の方も同じだった。
主、きみの表情も、声も、こうころころと変わるんだ。
鶴丸にとって主がこうして生きているということは、想像していたよりも、ずっと好ましいことだった。

喜びのまま、廊下を駆ける。
白い衣が軽やかに、彼の心を表すように翻る。

一方わさわさと担がれている名前はもはやなされるがまま。しがみついているのも一苦労で、だんだん頭に血が上ってくる。本丸の構造も覚えておきたかったのだが、あきらめるしかないようだ。あとで誰かに案内してもらうとしよう。

しかし鶴丸。ほんとに見た目と中身のギャップが半端ない。会ってみてさらに実感した。いたずらっ子を絵に描いたような性格、そうかと思うと立ち居振る舞いは飄々としており、頭も切れるようだ。
頼りにしていい、と言われて安心したものの、いまいちどこか掴めない。信頼はしてよさそうだが、甘えられるかと言われると、それは少し違うような気がした。

やはり期待を裏切らない驚きじいさんだったと、すこし遠い目になる。
しかし、驚きといえば、
「鶴丸、私見て驚かなかったね。」
「うん?俺を驚かせたかったのか?…ははは!十年早いなあ。驚かされるよりも驚かすのが俺の本分なのさ。」
「馬当番で驚いてたのに?」
「ああ、あれには驚いたが…さて、着いたぞっと」

ようやく立ち止まった。
が、まだ担がれたままである。
「えっこのまま行くん?」
名前の声にかぶせ気味に、ガラガラとガラス戸を開ける音。

「よっ!おはよう!いい朝だな!今日の朝餉はなんだ?」
「このまま行くんかい!降ろして!」

背中越し、振り返ったところに、ぽかんと立ち尽くす光忠と歌仙。
そしてもくもくと、朝ごはんのいい匂いがする。

「えっ」「は?」
からーーーん。と光忠が持っていたお玉が落ちた。



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