自分の脚で立って見せてよ


傍らには、ステータスに桜が満開の長谷部。

どういう経緯でこうなったのだとか、気になる点はいくつもあるが、ひとまず保留だ。考えてもわからないことは、そのときが来るまで取っておこう。名前はすでに軽くキャパオーバー状態である。
疑問は知恵の輪、解けるときに解ければいい。

しかしこれからどうすればいい?
とりあえず状況を飲み込もう。と名前は気を取り直して、ひとつ深呼吸をした。
身じろぐと体が痛い。気付いた時には座ったまま寝ていたのだから当然だ。
んーっとめいいっぱい伸びをする。ぱきっと、骨の鳴る音を聞いて長谷部は、主が壊れないかとはらはらしている。

ひとしきり伸びを終えて、名前は、よしと立ち上がった。が、がくん、と膝が体重を支えずによろめく、前のめりになって、転ぶと悟ったときには主!と駆け寄った長谷部に支えられていた。

「主!大丈夫ですか?痛いところはないですか?」
「びっ、くりした…大丈夫。ありがとう。」
応えながら、長谷部の敬語はやっぱりフランクだな、と思った。フランク長谷部。長谷部の語呂の良さときたらすごい。
このとき名前はすでに通常運転に戻りつつあった。さっきまでの混乱もなんのその。社会の荒波に揉まれて養われた、瑣末なことは気にしない。楽しいことを探して、面白がって生きるのだ精神は、ことのほか土地柄も相まって、名前の精神をしなやかにずぶとくしていた。

抱き留められた腕に捕まって、体制を立て直す。名前の感謝を受けて、長谷部はさっと頬を染める。いえ…と俯いてしまったが、名前からはその表情が丸見えだ。眉間にしわを寄せて、緩む頬を抑えようとしているが、上気した頬にふるふると口角が上がっていてなんら隠せていない。
長谷部は顔に出やすいタイプのようだ。ほんとうに主のことが好きなんだな…とどこか他人事のようにその表情を観察しながらも、名前は言葉を探す。

「長谷部、いろいろ教えてもらっていい?」
「…は、はい!主の思うままに。俺に分かることならなんでも答えますよ。」

長谷部は嬉しい。早起きは三文の得というが、これは彼にとって三文どころの騒ぎではない。まさにプライスレス。主がこうして、話し、立ち上がり、己に触れて、さらには俺のことを頼ってくださっている!
なんで?さっきまで傀儡やったやん?だなんて疑問は長谷部にとって些細なことだった。いまこの状況こそが、長谷部にとっての、なによりの真実。

名前はふみふみと長谷部に掴まりながら足踏みをして、膝を慣らしていた。まるでギプスを付けていたあとのように、関節に力がはいらなかったが、もう大丈夫そうだ。
「立てそう。」と長谷部の手を離すと、すごく寂しそうな顔をされた。
「えっ、なにその顔可愛い。」
声に出ている。

「可愛い、ですか?…主がそうおっしゃるのであれば。」
それでいいんかい。
長谷部の、『主のことは?全肯定!!』の構えに対して、名前は早くも一抹の不安を感じていた。さすがは長谷部。主厨の代表格であるその性格は歪みない。
長谷部はボケ殺しの部類に入りそうだ。私がしっかりしないと…間違った道を選んでも、名前がこちらへ行きたいと言えば、長谷部は粛々と着いてくるだろうし、行き止まりであろうと圧し切って、道という概念さえ捻じ曲げてしまいそうである。

さっきまで座っていた椅子の肘置きに軽く腰掛けて、名前は問い掛ける。

私はいつからここにいたの?
そもそもここはどこ?
いままでなにをしてたの?
他に誰が居るの?

名前の言葉は全部嬉しい。
意気揚々と、淀みなく長谷部は答える。
名前はこちらの世界での時の流れを感じた。
おおよそ想像しうる答えだった。

昨日までこの体はからっぽで、でも主として扱われていて、役職は審神者で、私が指揮を執っていた…執っていた本丸?

何故そんなことが判るのか?と首を傾げるもつかの間。
長谷部がすっと指し示めした、背後に控える馬鹿でかい桐の盤に、ふわりと全てを理解した。

なるほど。
百聞は一見に如かず。
第一部隊から第四部隊。それぞれの部隊構成に、刀剣たちの練度、遠征先。
そのすべてを名前はよく知っていた。

ああ、ここは私の本丸で、ゲームの向こうって、こうなってたんや。と納得する他なかった。

「そっか…。なんとなく分かった。」
事実は小説よりも奇なり。ときにそんなこともある。まあ大丈夫。来てしまったものは仕方ない。心に言い聞かせるように思った。
ここがこれまで築いてきた自分の本丸ならば、ひとまず身の危険はなさそうだ。名前にはそんな自信があった。

「これからどうしよう。」
元の体は?元の生活は?と考えかけて、やめた。不毛だ。人知の及ばぬ力で、有無を言わせず連れてこられたんだろう。未来の技術か、はたまた…。だったらもう、なるようにしかならない。帰れるときに、帰ろう。それまでは、自分に出来ることだけすればいい。

「そうですね…他の刀剣たちにも主の状態を伝えておいた方が良いかもしれません。」

軽く考えていないと、あらゆる不安に押し潰されそうだ。
「うん。他のみんなにも、挨拶しに行きたい。長谷部、ついてきてくれる?」
「はい、かしこまりました!そろそろ朝餉をとる頃ですので、広間へご案内いたします。そこで顔合わせを致しましょう。」

「朝ごはん?そういえばお腹空いてきた。」
この体って、ごはん食べても大丈夫なんかな?お腹空くってことは、大丈夫なんかな!腹が減っては戦はできぬを地でゆく名前である。たとえこの世の終わりだろうが、朝ごはんは抜けない。
湯気を立てる白米を想像して、名前の思考は完全に切り替わったようだ。

「では主の分も準備するように、伝えて参ります!」
「んじゃ台所?から一緒に行こう。誰が作ってくれてるん?」
「歌仙兼定と、燭台切光忠、堀川国広です。あとは、手が空いている者が手伝っているかと。」

初期刀と初太刀と初脇差。
刀剣乱舞を始めて間もないころ、短刀たちが集まりだした本丸に家事得意そうメンバーが来て、とりあえずひもじい思いはしてないかな、ひと安心。と思っていた。
ほんとうに家事をしてたのかと思うと、微笑ましくってつい笑いがこぼれた。

生活、があるのかこっちにも。
生きてたんだから当然か。

「ふふ、なんかちょっと楽しくなってきた。」
ようやく笑った名前に、長谷部もまた、ほう、と表情を緩めた。
「ではお手をどうぞ、主。また転ばれては、俺は心臓がいくつあっても足りません。」
「えー、もう転ばんけどなぁ。」
いいながら、名前は差し出された手に、右手を重ねた。

きゅっとやわく握られた掌。手袋越しの長谷部の体温は、やはりとても優しい。


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