おはようございます?

今日はどんな主命が下るのだろう。刀装作りならば、主のご期待に添えられるように腕の筋肉を解しておいたほうがよいだろうか。思考に沈み、膝の上の掌をにぎにぎしている長谷部だったが、ふと違和感を覚えて顔を上げた。

「…なんだ。」

なにかがいつもと違っている。神経を研ぎ澄ませて、本体の刀剣に手を伸ばす。片膝をそっと立てる。目線を走らせてこの部屋ににわかに漂う違和感の正体を追う。
まもなく、ぴたり、長谷部の視線は主の体に留まった。その身を覆うような絢爛な椅子の上、じっと腰掛けているはずの主が、わずかに身じろいだように見えたのだ。

動かないはずの体が傾いでいる。

…恐らく小狐丸あたりがまたお姫さま抱っこなどと言って主を持ち上げたに違いない。まったく、あいつは何度言えばわかるんだ。ひとつため息をはいて、主の体を戻すべく、刀を置いて長谷部はすらりと立ち上がった。

「主、失礼いたします。」
傀儡といえど主の移し身。ひと声掛けて、その脇下に手をやったところ。
「…んう」
聞こえるはずのない声がした。

ぴきっと長谷部は硬直し、ぎょっとした表情で主の顔をつぶさに見つめる。なにが起きているのかまるでわからない。すう、と、長谷部の手が添えられたその体が、呼吸している。

その身はまさしく傀儡、呼吸はおろか心臓の音さえ聞こえない、はず、だった。それが、なんだ、すうすうと寝息を立てて、これじゃあまるで、ただ眠っているだけではないか。

…はァ?眠っている?…つまり、主、あるじ!?主が生きている!?生きていたのか!?いつから!?何故!?
長谷部は中腰で主の脇下に手を差し入れたままの妙な格好でもって、ひたすら静かに混乱していた。
ぴたりと固まったその身のなかで、表情だけが面白いように饒舌だ。寄せた眉根に瞳が揺れ、口があんぐりとひらく、そのひらくまま、声がこぼれた。
「あ、主…?」

…。

……額の上に落ちてきた声に、名前の意識はふわりと浮上した。

閉じられたまぶたがゆるりと開くのを、長谷部は息を飲んで見つめた。その瞳に驚いた自分の顔が映り込んで、長谷部はいよいよ狼狽する。
「…え、長谷部…?」
光を宿した瞳と視線がかち合う。その距離およそ20cm。近いな。
長谷部は己の心臓が音を立てて駆け出すのを聞いた。鞭打つ感情は、歓喜、歓喜、歓喜!

長谷部は名前の肩をがしっと掴むと、そのまま勢い任せに呼び掛けた。
「あるじ!あるじ!?俺がわかるのですか!?」
さっきより近い。いまにも唇がくっつきそうな距離で、通りのよい声が飛んでくる。

名前は、迷惑そうな顔でされるがままになっていた。いやわかるもなにも…長谷部うるさいなぁ、どんな夢やねん。
起き抜けの頭はよくまわらない。
ぼんやりと思考するが、その間も長谷部は必死の形相で目を覗き込んでくる。主!と呼びかけるのに必死である。
「はいはい、なになに…?」
げんなりと答えながら、名前は考察するが、どうも夢のあらすじが掴めない。夢に長谷部がでてくるとは、そういえば、昨日に近侍にしたからかなぁ、そこではたと違和感。

「え、夢…?」


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