ふわりと笑う彼女が好きだ。 彼女と俺は、小さい頃からの付き合いで、所謂幼馴染みである。 彼女の両親が海外へ出張に行くことが増えたために、我が家に預けられ、そのまま家族のように育った。 そんな彼女への感情は、気がつかないうちに友情を通り越していて、それはきっと恋慕と呼ばれるものだと自覚したのは、何回目かの引っ越しを経て、ここ江ノ島に来てからだった。 高校生になるまで気が付かないなんて、我ながら情けないけれど。 江ノ島に来てから、俺に友達と呼べる人が出来て、彼女も彼らと仲良くなって、そして彼女と彼らが楽しそうにしていると、胸の奥が痛かった。 みんなと彼女が仲良くなるのは、嬉しいことのはずなのに、それを壊したいと願う自分がいて。 自分の醜いところを彼女に知られたくなくて、必死に隠した。 それでも多分、彼女は気づくかもしれないという不安が俺を襲うけれど、でも彼女に嫌われる方が何倍も怖いから、それだけは避けたくて。 「ユキ、どうしたの?」 いつも通り彼女が、ふわりと笑う。 静なその微笑みは、俺だけに向けられている。 それが堪らなく嬉しいと感じる俺は、そろそろ末期だろうか。 「ユキはね、ひとりで抱えすぎなんだよ」 俺の頬をぐにぐにと優しく摘まみながら、彼女の笑みは悲しげに揺れた。 「抱えすぎ…?」 彼女に俺の心が見透かされているような感覚に、少しの不安が過る。 思わず彼女の言葉を反芻するように繰り返せば、彼女は頷いてから俺の頬を掴んでいた手を離した。 「辛いこと全部一人で抱えて、私に見せてくれないんだもん」 ずるい。 彼女は小さくぽつりと呟くと、体ごとくるりと回って背を向けて、つん、と不機嫌そうな顔をした。 「辛いことなんて」 俺が口を開いて反論しようとすれば、彼女は突然俺の方に向き直った。 「夏樹くんに聞いたもん。ユキは私が大好きだから迷惑掛けないようにしてるって」 口を尖らせて言う彼女に、ポカンと呆気にとられる。 夏樹なに言ってんの…ていうか、いつ夏樹と…じゃなくて、ええと、 「…ふふ、いつものユキだ」 頭の中で考えが纏まらずにバラバラに絡まって、一言で言えばテンパって、般若みたいな顔をしそうになっているだろう俺の眉間を指で軽く押して笑う彼女。 彼女の指先が優しく俺に触れるだけで、ぐちゃぐちゃな思考の中で溺れそうだった俺は、大気の中へと帰って息が出来るようになる。 俺は、彼女のそういうところに惹かれたんだ。 「ユキが思い詰めてると私も苦しいからさ」 ふわりと笑う彼女に、つられるように微笑めば、彼女も更に嬉しそうに笑った。 「ユキが大好きだから、ずっと一緒にいたい」 幼い頃の約束を、無邪気に繰り返すように言う彼女に俺は少し考えてからこう答える。 「俺は絶対ずっと一緒にいるから、」 だから、いつか俺が君を幸せに出来るだけの自信を持てたら、君の左の薬指に指輪を嵌めてもいいですか。 何故か敬語になってしまったけれど、そんな俺に彼女はいつも通りふわりと笑う。 「じゃあ、それまでずっと、ユキの側で待ってるね」 ふわりと笑う彼女が好きだ。 彼女のその笑顔は、言葉に出来ないまま淀んでいく心に溺れそうな俺を、引っ張り出してくれるから。 (今更なんか恥ずかしくなってきた…) (夏樹くん夏樹くん!ユキがプロポーズしてくれたよ!) (よかったな) (っていうか、何言いふらしてるんだよ…!) (だって嬉しかったんだもん) そして彼女はふわりと笑った。 ∴僕のハートを結う指先 椛咲さん |