クラスメートのナツキくんは、メガネの向こうに真っ黒な瞳を、そして少し長い真っ黒な髪を伸ばした男の子。 パッと目をひく格好よさでは、なくって。 でも不思議と、目で追ってしまうような魅力を持った、男の子。 「なぁ」 「ひいっ!」 目で追っていた人物がこちらへ歩いてきて、さらにまさか、私に話しかけてきたことに冷静に対応しきれず、声が上ずってしまった。しかも私、本当は『はい』って、言いたかったんだけど。 一番後ろの席は特等席だから。教室中が、見渡せるから。ナツキくんのことだって、見放題だから。 だから、見てしまってるの。いつも。いつもいつも、目で追ってしまってるの。 ばれては、いないと思うんだけれど。 「あいつらが、一緒に釣りしないかって」 「あいつら?釣り?」 ナツキくんが目線を向けたほうを追うと、最近転校してきたユキくんとハルくんが二人でこちらを見ていた。正しくは、ユキくんはちらちらとこちらを見るだけで、ハルくんは両手を騒がしく振りながら笑顔を振りまいていた。 ユキくんとハルくんが、釣り?私を?どうして?ちゃんとお話したこともないのに?それに、どうしてナツキくんまで?どうして、釣り?どうして、どうして? 私がぽかんとしていると、ナツキくんが付け加えるようにして言ってくれる。 「俺もよくわかんねーんだけど。ハルが、お前と一緒に釣りしたいってうるせーの」 「ハルくん、が」 その言葉を聞いたあとにハルくんをもう一度見ると、さっきよりも大きく両手をこちらへ振ってきた。わけもわからずへらりと笑うしか、なくて。釣りなんて私、したことないよ?小さく言うと、ナツキくんがなるようになるんじゃねーの、なんて適当な物言いで言ってくれた。 「釣れないねー」 「うーん」 学校が終わって、何故か私はナツキくんたちと釣りをしている。まだまだ日の高い海岸沿いはとても暑くって、日焼け止めなんて意味をなさない。ユキくんもハルくんもナツキくんも、夢中になって釣竿を投げていて。 どうして私が呼ばれたのか、さっぱりわからない。 するとどうやらユキくんの竿に魚がひっかかったらしく、ナツキくんがいつもの何十倍も明るい表情でそのヘルプをしていた。そーんな笑顔、初めて見た、よ。 じっと見つめていた私の視界が、突然自称・宇宙人のハルくんのドアップなお顔によって遮られる。 「ま〜た見ぃ〜てたっ」 「へっ!?」 「きみ、ナツキのこと、いっつも見てる!いっつも、い〜〜っつも!!!」 「きゃあ!ちょっ、ハルくん!?」 そんな大きな声で言わないで!!! 反射的にナツキくんを見ると、ナツキくんはまだユキくんのほうにかかりっきりでこちらの会話は聞いていないようだった。ハルくんに向かって、人差し指を口元に当てて静かに!のポーズをとるけれど、その意味を理解してくれずにさらに大きな声で言う。 「ナツキのこと、好きなの?」 「なっ」 「え?」 ナツキくんが、くるりとこちらを振り向くと、その拍子にユキくんが釣り上げようとしていた魚が逃げてしまったらしく、ユキくんの落胆の声が聞こえてきた。申し訳ないけれど私はそれどころではなく、ナツキくんの視線が痛くてしょうがなくて、じわりじわりと、汗と涙が押し寄せる。 「えっと、ちっちがうの!私、そのナツキくんのこと───」 ナツキくんの、こと。 しまった、私、ナツキくんなんて、呼んだことないじゃない。いつもいつも、脳内で勝手に下の名前で呼んでたから、咄嗟にナツキくんなんて、呼んじゃった!どうしよう、すっごい馴れ馴れしいやつ。どうしよう、私、どうしたらいいのか、わからな─── 「きみは、ナツキのこと好きでしょ?ナツキもきみのこと好きだから、一緒に釣りすれば、仲良くなるー!」 「なっ」 「え?」 ハルくんの突拍子もない発言に、さっきの私とナツキくんの声が入れ替わったみたいに飛び出した。 ナツキくんを見ると、見たことない、赤い顔。 「おまっ、何言ってんだ…!」 「えー?だってナツキ、いっつもこの子のこと見てるしー、この子はナツキのこと見てるしー、仲良くしたいならそう言えばいいのにぃ〜。じれったいから僕が誘っちゃった!」 いつもいつも、目で追っていたのは、 「ハル…お前、後で覚えてろよ」 「ええ〜?僕別に忘れないよ?」 「そういう意味じゃねぇんだよアホ」 見ているだけで幸せで、話せたらとことん幸せで、目が合うだけでもミラクル幸せで、 「…あー…の、さ」 「は、は、はい」 「…釣り、しよーぜ」 「、はい、う、宇佐美くん」 「…、ナツキでいい」 「…ナ、ナツキくん」 汗びっしょり、真っ赤な顔。どちらもおそろいで視線を逸らした。 自惚れてしまいそうな夏の午後。 見ているだけで幸せな毎日だったはずなのに。 今日は特別素敵な一日だった。 生まれて初めて、釣りをした。 ナツキくんと、釣りをした。 ∴今日も素敵な一日でした 藤ノ瀬雪さん |