小説 | ナノ




夏は昼間はとろけるくらいに暑いのに、夜になると涼しい風が吹き抜けて、少し寒いくらい。江ノ島に一人で引っ越してきてこっちの高校で普通にやってて、いきなり釣りに誘われてどんどんその世界に巻き込まれて行って。でもそれが楽しくて、みんなと一緒に釣りをしたり、しょうもないことで笑ったり。そんな事をしているうちに、わたしには好きな人ができた。

好きになった人は人前に出るとすぐ顔を赤くするような人で、たまに江ノ島踊りをいきなり始めるものだから、最初は興味本位で彼に近づいたのだ。彼はわたしと喋る時も顔を赤くして、なかなか会話が成り立たなかった。でもハルや王子たちと釣りをしている時の彼は本当に楽しそうで、輝いてみえた。

そんな彼を、わたしはいつのまにか好きになっていたのだ。伯父が運転する船の上で輝く彼を見て、わたしは好きになってしまったのだ。

「ユキくん」
「……」
「ユキくん?」
「…っは!…ごめん」
「どうしたの?」
「空、綺麗だから」

少し冷えるからとケイトさんに借りた手作りのひざ掛けを半分ユキくんにかけると嬉しそうに笑う彼。

見上げた空には数えきれないくらいの輝く星たちが真っ黒いキャンパスでキラキラしていた。今日は満月だ。
彼の隣に座って一緒に星を眺める。それだけでわたしの心は幸せで埋め尽くされていく。

彼にまだこの想いを伝えることが出来ていない。出来ないのだ。この関係が崩れてしまうと思うと怖くなる。

「ユキくんはさ、釣り好き?」
「好きだよ。楽しいし。自分で大物を釣った時はすごい嬉しいんだ」
「うん」
「君は?釣り、何で始めたの?」
「何でだろうなあ〜」

…ユキくんがいるからかな。そう小声で呟いた声は彼に届くはずもなく、彼は首を傾げてこちらを見る。

「俺さ、君が船に乗ってるから、
いいとこ見せたいって思って考えて、だからあんな一生懸命なんだと思う」
「え?」
「だ、だからっ俺っ、多分、じゃなくて、好きなんだと思う。君のこと」
「……」

嬉しくて、幸せすぎて涙が溢れてくる。隣でユキくんはわたわたと慌てて、わたしの頭にゆっくり触れてくれた。
優しく撫でられているうちに、わたしは我慢できなくなって、彼に思い切り抱きついた。彼は最初すごいびっくりしていたけど、わたしを抱きしめ返してくれた。

「付き合ってください」

わたしは大きく頷いた。

それから私たちはひざ掛けを半分こしながら、空を一緒に見た。
手を繋いで。



∴パッチワークにくるまる夜
きな子さん